- 不条理を感じるSF要素もある現代(少し古いが)ホラー
- 筒井康隆ならではのアイロニー
- 正解を知っていて敢えて外すというテクニックはさすが
- おススメ度:★★★★☆
筒井康隆と言えば、知らない人はいないベテラン作家の一人だと思う。幾たびも蘇るSF「時をかける少女」や今敏監督で映画化されて今も人気のある「パプリカ」原作を始め、SFから純文学的作品まで幅広いジャンルで活躍している。一方、私などは「断筆宣言」や「最後の喫煙家」のエピソードから、気むずかしいおじさんという認識もあり、その作風と同じく、興味あるもののやや近寄り難い作家だと感じていた。実はパプリカの小説も買っているが、途中で挫折したまま放ってある。そんな中、短編集で読みやすそうだったので、本書を選んだ。
(あらまし)かつての住居で放置されていた一つの鍵から始まる幻想的な恐怖短編「鍵」を始め、2ページくらいの超短編から30ページくらい通常の短編まで16編を収めた筒井康隆の初期短編集。1994年発刊。本の裏表紙には「自らの現体験へと遡る表題作をはじめ、日常に潜む恐怖を独自の感性と手法で綴る著者初のホラー短編集」とある。
芸がないが、収録作品を並べてみるとこんな感じになる。鍵-佇むひと-無限効果-公共伏魔殿-池猫-死にかた-ながい話-都市盗掘団-衛星一号-未来都市-怪段-くさり-ふたりの印度人-魚-母子像-二度死んだ少年の記録で16編。
表題作なので、一応「鍵」の感想を最初に書いてみるが、これは自伝的要素もある結構トリッキーなホラーで、全体的に怖いというよりは、落ち周辺で急にうそ寒くなるというタイプ。ちょっとわかりにくいような気がするが、ラスト付近を再読すると中々不気味ではある。
純粋にSF要素が強いのは「佇むひと」「無限効果」の二編。「佇むひと」は、一種のディストピアもので、未来の言論統制に引っかかると生きたまま樹木にされるという世界の悲劇。ちょっと椎名誠の不条理小説も思い出した。「無限効果」はSFではあるが、どちらかというと現代社会を皮肉っている要素が強く、狂気的作風が特徴。
ほとんどの作品に不条理な要素があるため、狂気的な感じは作品全体から受ける。ただ、「公共伏魔殿」などは、まさにN〇Kの受信料金の集金を巡る攻防であり、ホラーと言えなくもないが、正確にはブラックユーモアの範疇だろう。
不条理要素が強い作品としては、「死に方」「ふたりの印度人」が印象深い。「死に方」は職場に突然鬼が現れて、社員を虐殺していくというもの。虐殺される社員の「死に方」を描いているもので、高見広春の「バトル・ロワイヤル」を想起させる内容だ。オチもなかなか切れがある。「ふたりの印度人」は意味不明度が高くて、これこそ「作者の独自の感性」と言われる所以だろう。
と、ここまで書いてきたが、正直、筒井康隆の作風は苦手で、その文章やオチなど、頭では分かっていても、どうもスッキリしないものがある。ただ、そんな私でも、後半の3編は傑作ホラー短編と呼んでいいと思う。
「くさり」は、ゴシック・ホラーと言えばいいのか、ある不気味な館と美少女、後ろ暗い秘密という正統派ホラーの要素を持った作品。細かな設定うんぬんより、後半で展開されるイメージが怖い。エロティックとは言えないが、性的メタファーも効いていてかなり不気味だ。
「母子像」は、SF要素の強いホラー短編。異次元物というべきか、あるアイテムをキーに妻子を奪われる男の悲劇を、不条理たっぷりに描く快作。ラストのイメージはどこかで感じたことがあると思ったら、楳図かずおの「漂流教室」だ。何を言っているか分からない方は、両方読んで頂いたら良く分かる。言うまでもなく「漂流教室」も素晴らしいSFホラー漫画だ。
そしてラストを飾る「二度死んだ少年の記録」は、文句なくこの小説群では一番グロい&怖い作品だ。「二度死んだ少年」の取材を作者が実際に行ったように書かれている疑似ノンフィクション形式となっており、詳細はぜひ読んで欲しいが、モダン・ホラーとしても読める傑作。この作品によって、評価を一つ上げたくらいインパクトがある。この作風で全編書かれていたら文句なく★5にしたい位だ。
読み進めていくと時にあまりに不条理に感じたり、良さが理解できない短編もあるが、総じてクオリティが高い。さすがベテランだけあって「こうやったら怖い話になる」という筋を知っているにも関わらず、敢えてそこを外して面白くしているように思える。そう思うと「長い話」や「衛星一号」などに感じる意味不明さも、キュビズムの絵を見て「幼稚園児でも書ける」と批評するように思えてくるから不思議だ。
好きな人はとことん好き、駄目な人は受け付けないであろう筒井康隆氏の作風だが、この作品集は比較的読みやすく、かつ正しくホラーしていると思う。
(きうら)