- 映画のスタントマンの事故死にまつわる怪異
- イマイチ、何のホラーなのか分からない
- 昭和映画界の裏側描写は面白い
- おススメ度:★★☆☆☆
「魔の聖域」と、抽象的なタイトルがついているが、内容は上記のような昭和の映画界を舞台にしたモダンホラー風の作品だ。ただ、イマイチ、焦点が定まっていないように感じた。
(あらすじ)かつて賞を取って栄光に輝いたが今は落ちぶれて10年間も仕事を干されていた映画監督・執行(しつぎょう)が、10年ぶりに映画を監督するチャンスを得た。その内容は、警察内部の不正を私刑という形で所長を射殺した警官の逃亡を描く悲劇だった。その映画のスタントマンである片岡は、自分の凋落に焦りの見える映画監督に無茶なスタントを強要される。それは、250ccバイクで10mジャンプをするというものだった。その結果は悲惨な結末に……。そして、不可解な現象が起こり始めた。
と、書くと、何やら怨霊やら因縁物のような感じがするのだが、実はこの小説はそういった完全な心霊物でもない。書かれている要素を挙げてみると、
- 映画界の現場の詳しい内情の様子
- 元モトクロスバイクの選手だった片岡がスタントマンとなった経緯
- 片岡とその同僚との友情のような描写
- 上記の撮影での悲劇と執行監督の執念
- 不可解な現象に対する科学的風アプローチ
と、見事にバラバラなのである。これにまだ途中に一か所だけ、幻想的且つ性的なシーンが挟まれるが、どうやらその部分が「魔の聖域」のようで、重要な部分なのだが、幻想怪奇ホラーというわけでもないので、余計に唐突感がある。これ以後、これに類似する幻想シーンや性的シーンは登場しない。
全部で四章あるが、章ごとに視点が変わったりして、最後まで読んでみても、何が主なテーマだったのか良く分からない。片岡の怨念がテーマ(本の帯にはそれらしいことが書いてある)なのだが、後半に登場する科学者が無駄に意味不明な科学的解説を加えるので、主人公の無念な意志が薄められている。
映画界の内情は結構詳しく描かれているので、そこは楽しく読めるし、ホラーとしては珍しい部類のテーマなので、興味深いのではあるが、それが主題かというとそうでもない。執行監督への復讐譚としても読みととれるが、それにしては、前半の主人公と同僚とのやり取りが引っかかる。
また、主人公と同僚は一人の女性を巡って(片岡の妻)恋の勝負をするのだが、その辺の経緯と結果が違う。恋の駆け引きの上では、片岡が同僚を出し抜いているのだが、描写としては親友ということになっている。この辺もチグハグで、違和感を感じる。複雑な人間関係を描こうとした形跡とも取れる。
結果、どうにも中途半端な印象が最後まで拭えなかった。何か特別な仕掛けがあるわけでもなく、ひどく真っ当に物語は進行するので、読みやすいと言えば読みやすいのだが、置いてけぼり感がすごい。さらに突っ込めば、作中劇となっている刑事の物語と本編の物語のリンクのして「いない」さが、虚しい。結局、映画の内容はあまり関係ないっぽい。
最後に多少フォローすると、初版が昭和54年となっている古い作品(角川ホラー文庫で発刊されたのも平成3年)なので、時代的には仕方ないのかも知れない。解説で触れられているが、当時はこういうモダンホラーはスティーブン・キング等を除けば珍しかった時代。作者が新しい分野に果敢にチャレンジした結果ということなのかも知れない。
蛇足だが、現代でこのシーンを撮るなら絶対にCGになっているはずだ。そういう昭和テイストも含めて、ホラーマニアの方にはちょっとだけおススメするようなそんな作品である。
(きうら)