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2010年代アニメまとめ(8)

投稿日:2020年5月8日 更新日:

  • アニメまとめ(08)
  • 聖地巡礼と異世界もの
  • アニメソングについて
  • オススメ度:特になし

【聖地巡礼について】

いわゆる「アニメ聖地巡礼」なるものがあります。これは、「アニメの舞台をファンが探し出して訪ねる行動」と定義されます。『大学で学ぶゾンビ学』(岡本健、扶桑社新書)という本にそうあります。アニメの舞台を訪れる現象を「聖地巡礼」とよぶことには、個人的にはためらいがありますが(あまり使いたくない単語ですが)、まあそこは措いておきます。この記事を書くために、アニメコンテンツツーリズムについての本を読もうと思ったのですが、はっきりいうと、自分としては「聖地巡礼」には全く興味がない。このブログは基本自分に興味のないことは書かないので、「聖地巡礼」に関する本を読むのをやめて、「聖地巡礼」については簡単にまとめるだけにします。

「聖地巡礼」という行動は、ゼロ年代から本格的にみられるようになり、最近は『ガルパン』や『君の名は』の大ヒットを受けて、全国各地で盛り上がりをみせています。といっても、それは数多あるアニメ作品のごくごくわずかで、それら以外のほとんどは全く何の盛り上がりも見せていません。著者が取材を受けたという京アニ作品にしても、『らきすた』や『けいおん!』や『ハルヒ』といったヒット作品はともかく、『境界の彼方』のようなビミョーな作品で奈良県が盛り上がって困ったという話はほとんど聞きません。『君の名は』や『氷菓』や『聲の形』というヒット作で岐阜県はもりあがっていますが、では同じく岐阜県を舞台にした『のうりん』や『僕らはみんな河合荘』や『星空へ架かる橋』はどうなのでしょう。他には鳥取県でいうと、『ゲゲゲの鬼太郎』や『名探偵コナン』や『Free!』ではそれなりに盛り上がってますが、『琴浦さん』(2013)で地元が盛り上がっているとはなかなか言えません。

そうなんです。「聖地巡礼」を取り上げるときには、だいたいがヒット作品だけを取り上げて、「聖地巡礼ってなんかすごそう」と思ってるだけで、ヒット作以外のものについては、少数のファンがひっそりと行っていたり、あるいは全く誰も見向きもしていなかったりというものです。ありていにいうと「聖地巡礼」ビジネスやそれについての研究はほとんどヒット作しか取り上げていない(と思う)ので、そこには何の意味があるのやらさっぱりわからない。ですので、「聖地巡礼」についてはもう書くことがない。当該アニメを好きな人たちが、その舞台となった地を訪れて、その人数が多くなったとき、はじめて「聖地巡礼」に関するビジネスは意味を持つように思える。つまりは、アニメ作品がヒットして結果的に盛り上がっているだけで、どこかの自治体が主導して「聖地巡礼」を起こすことなど至難の業だと思われます。というか、ヒット作以外で「聖地巡礼」でチョー盛り上がったことはあるのだろうか(興味なし)。2010年代に関していうと、『たまゆら』(2010)や『花咲くいろは』(2011)や『あの花』などから聖地巡礼がはじまっていますが、それらが現在どのくらいの盛り上がりを見せているかで、「聖地巡礼」の人気の強度がわかるでしょう。ところで、『たまゆら』で現地が盛り上がりをみせはじめた時、学生時代の友人は「俺のふるさとがオタクどもに荒らされてる」という認識をもったそうです。現在ではそれほどの狭量さは地元の人は持っていないでしょうが、しかし、今では名作となった『ヨスガノソラ』(2010)というアニメではなかなか地元が表立って盛り上がりを推進できないと思われるように、作品次第だということです。

ちなみに、私個人がはじめて「聖地巡礼」を意識して行ったのは、『海がきこえる』(1993)の舞台となった高知県です。高知県にはその他にも、高知競馬場や四万十川や上林暁や、それから田宮虎彦「足摺岬」の舞台である足摺岬に行きたかったというのもあります。その足摺岬には田宮虎彦の石碑みたいなのがありましたが、そこを目指していかないと行きつけないほどの、かなり奥まった場所にありました。たぶんそこへ行ったという人はなかなかいないでしょうねぇ。

【異世界もの】

本来ならば、今回の記事は2016年アニメ『このすば』を中心に、「異世界もの」アニメについて書こうと思ったのですが、これまた「聖地巡礼」と同じく興味がない。というか、ここ最近の「異世界もの」というジャンルは、アニメではなく漫画・小説・ゲームなどに幅広くみられるので、それらに目を通さないと書くことができないように思える。こんな個人的ブログで、そのような労力を費やすのは無駄でしかない。それに加えて、「異世界もの」は昔からあったように思う。『聖戦士ダンバイン』や『ふしぎ遊戯』や『神秘の世界エルハザード』はもとより、『ぼくの地球を守って』なんかもそれに入れられるかもしれない。そう考えると、「異世界もの」については下手に手を出せないし、何よりここ最近の「なろう系」に属する「異世界もの」をどう捉えていいのか分からない。自分が中学生の頃、自分だけが読んで楽しむ歴史小説みたいなのを書いてたけど、なんか「なろう系」小説はその感じに似ているような気がする。

【アニメソングについて】

2010年代に入ってからも、アニメソング(オープニング・エンディング・挿入歌・キャラクターソングなど)の存在感は大きいと思います。いや、さらに大きくなったと思います。昔のアニメを思い出すとき、そこには何らかのかたちでアニソンが出てくるでしょう。自分がアニメを見始めた40年前にはすでにアニメ作品とアニソンは不即不離の関係であったように思う。後にタイアップなどでアニメの内容とは全く関係ない歌がアニソンとして使われ出した時にも、やはりそこにはアニメとのつながりはあった。たとえば『スラムダンク』のオープニングは内容とはあまり関係ないでしょうが、しかしそのイントロが聴こえてきた時点で、アニメの映像が浮かぶでしょう。その点では、アニメとアニソンとの関係は深かったわけです。

ところが、2010年代に入ってからあきらかにその関係が薄くなってしまったように思う。具体例は出さないですが、アニソンフェスなどを観ている限りでは、そこで歌われるアニソンで盛り上がっている観客がそのアニメ自体を観たことがないのではと思われる節がある。個人的には古い人間なもんで、アニメとアニソンは切り離せないすなわちアニメを観ないとそのアニソンは楽しめない性分なんですが、そんな私ですらたまに観たことないアニメのアニソンを好んで聴くことはある。何が言いたいのかというと、アニソンの持つ力は大きいし、業界的にアニソンというコンテンツは、アニメ映像ソフトそのものよりも儲けがそれなりにあることがあるように思える。ラジオやテレビ番組でアニソンが取り上げられることはよくありますが、ではそこで流されるアニメを実際に観たことがあるかというと、そういう人は少ないのではないかと思われます。

さて、TBSの番組で、カウントダウンTV(CDTV)というランキング番組があります。私はこの番組を始まったときからほぼ毎週観ています。2010年代に入ってからの印象として、この番組ではあきらかにアニメ・ゲームに関する曲がランキングを占めるようになった。その跳梁ぶりに業を煮やしたのかどうか、ここ数年から番組独自のランキングをとるようになり、そうするとびっくりするくらいアニソンとゲームソングの割合が減った。それほどアニソン(ゲームソング)は嫌がられているということなのでしょう。

というわけで、今回は個人的に購入したアニソンについて何か書きたいと思います。ほんで、自分で購入したもの限定で考えたら、実は、女性ボーカルのものしかないことに気付いた。というか、アニソンは購入せずにテレビやラジオなどだけで満足するので、ほとんど購入したことがない。では、以下に、このアニメまとめではまだ取り上げていないアニメ作品を中心に、備忘録として書きたいと思います。

【個人的アニソン】

・七咲逢(CV:ゆかな)「恋はみずいろ」(『アマガミSS』エンディング)
〔この曲はTBSアニメだけあって(?)、CDTVでもランキングされていたけど、その時に七咲の人気の高さを知った。歌はサビから始まるけど、そこからの曲調は静かな水面のようなんだけども、本サビに入ってからの盛り上がりがキャラの性格とあっているような気がした。歌声もいいけど、インストゥルメンタルがイイ。
ちなみに、七咲を越える後輩キャラはこの10年現れなかった。現在放送中の『イエスタデイをうたって』の晴ちゃんはそれに似ているけど、なんというか、好きな後輩キャラの性格付けとして「黒髪ショート・活発・積極的」ってのは、我ながら気持ち悪い〕

・Stylips「TSU・BA・SA」(『咲-Saki-阿知賀編』オープニング・エンディング)
〔『咲』のアニメシリーズはエンディングの劇中での入りがとても良い作品だった。その中でもこれが一番良かった。このスタイリップスというユニットは、将来的には人気声優を輩出したものとしてだけで記憶されるでしょう。個人的には、この曲がなければ、とうの昔に忘却の淵に沈んでいた。この一曲だけで遠く記憶されるでしょう〕

・2B-PENCILS「初めて恋をした記憶」(『神のみぞ知るセカイ女神篇』挿入歌)
〔ガールズバンド調の初恋の歌。これこそ、この作品をあらわした一曲。女神篇の一番のクライマックスで流れていた。メインヒロインたちが揃っていた場面で流れていた曲。この歌詞はふつうに読むと、単純にちひろの想いを歌っただけのように思えるけど、その後の展開をみるに、主人公の桂馬のことを歌ったものであるともわかる。ちひろ篇は、アニメでは唯一桂馬が攻略せずに結果的に攻略していたエピソードだった(と思う)。桂馬はギャルゲー感覚で落としたキャラを誰一人として(ハクアも含めて)実際には好きにならなかった。桂馬はちひろの恋を応援するという立場で彼女と関わっていた。そしてその結果としてちひろは攻略されていた。モブキャラ扱いで何の気にも留めなかったちひろが、もうすでに自分のことを好きになっていた。しかも気付いときにはすでに好きになっていたと告白された。これは青春時代でなくともあることだけど(なんかリアルな恋の落ち方)、桂馬にとっては攻略という過程をとらないで他人が自分を好きになるという事態は空前絶後だったに違いない。「初めて恋をした記憶」とは単にちひろ自身のものだけではなく、桂馬自身がそのちひろの想いを知り、彼女とその記憶を共有したという意味で、桂馬自身の「初めて恋をした記憶」でもあった〕

・ニケ・ルメルシエ(CV:前田玲奈)「アメフラシの歌」(『それでも世界は美しい』挿入歌)
〔このアニメは、この挿入歌と、エンディング「PROMISE」だけでもっていた作品。アニメ作品としてはとくに書くことがない。この挿入歌は、雨を降らす歌つまり雨乞いの歌だけど、なぜか舌足らずに聞こえるな発音と、のびやかなボーカルがよい。前田玲奈という声優はもうすこし評価されてもいいような気がする。雨乞いというと、現在の日本では水害などでピンとこないだろうけど、水害よりも干ばつの方がたぶん被害がでかいんじゃないかな。〕

・WakeUp、Girls!「少女交響曲」(『劇場版WUG!青春の影』主題歌)
〔CD音源よりも、ライブ映像で何百回も聴いた曲。シンプルなイントロで始まり、サビもそんなに盛り上がるわけではなく、どこか単調にも思えるのだけども、聴けば聴くほどにクセになるというか味が出てくるというか。おそらくこれのライブ映像を一日中観ていろと言われたら喜んでみるでしょう。個人的には、二番の歌詞に入る手前で入るベースラインが好きで、それが「ドミナントな響き」として「もどかしさに身をよじる」というフレーズに合うように思う。
この曲は一見(?)単純なようだけども、おそらくおそろしいほどに音程が取りにくいと思う。それとメンバーのユニゾンの力が試されるメロディでもあるように思う。実際のライブ映像をいくつか見ると、たまに音を外していたりユニゾン的にもビミョーな時もある。それだけにきっちりとそろった時にはダンスパフォーマンスとともにとても優美で魅力的なステージになっている。おそらく歌うメンツが変われば印象が変わってしまう曲でしょう(当たり前だけど)。もし、世間で人気のあるアイドルグループが、きちんとした歌唱(生歌)でこれを歌い、なおかつ完璧なダンスパフォーマンスを見せたら、たぶん絶賛されるでしょう。
ところで、個人的には、シンプルなイントロが好きなんですが、アニソン(アイドルソング)でいうと、「少女交響曲」に通じるものを遡ると、中川かのん「らぶこーる」とか、eufonius「比翼の羽根」とか、林原めぐみ「ShiningGirl」とか、CoCo「はんぶん不思議」とか、松田聖子「白いパラソル」とかを思い出した。あとなぜか、「Waltz-for-Debby」が書いていたら浮かんできた。ところで、「らぶこーる」と少年隊の「君だけに」のイントロの出だし部分が似ているように思う。〕

・織田かおり「ゼロトケイ」(『ノルン+ノネット』エンディング)
〔このエンディング曲は、なんとなくイイネ、くらいだった。アニメとしては、おとぎ話っぽくてまあまあよかった。購入する気はなかったのですが、11話のエンディング映像とともにこの曲が流れた時に、自然と目から汗がしみ出ていた。なぜかというと、ちょうどその回を視聴中に祖母が危篤だという連絡が入ったからです。それでなんとなく心に染みいる曲になった。ところで、アニメのメインヒロインとして藤村歩が久しぶりにかわいい役を演じていた。ほんで、その名前を最近アニメとかで見ないなと思って調べたら、無期限休養だそうだ。〕

・安野希世乃「ちいさなひとつぶ」(『異世界食堂』エンディング)
〔これの歌詞では、「どうして○○は××なの?」と問いかけるものが連発されていた。それに対して、「知らんわ」とか「図書館で調べろや」とか「グーグルさんにきけや」とかツッコミながら聴いていたら、知らぬ間に買わされていた。おそるべし加藤恵の問いかけ〕

というわけで、主に歌詞の内容が自分の心に刻みこまれた曲を選びました。基本的に自分は、歌詞には興味がありません。歌詞が「ラララ」でも「アアア」でも「ボエー」でも、メロディとアレンジが好きなら何でもよい。歌詞の無いヴァージョン、つまりアレンジだけを楽しんで聴くこともあります。でも、アニソンに関しては、ふつうの(?)曲よりも歌詞を重視しますが。それと、「7:3」くらいでエンディングの方が好きです。書いていて思ったけど、アニソンは、ギャンギャンとうるさいのはあまり聴かないなということです。

【この10年でアニメ認識はどうなったか】

2000年代(ゼロ年代)半ばから増え続けたテレビアニメ作品は、2010年前半にその数を減らしたものの、今ではゼロ年代よりもはるかに制作本数が増えてきているように思います(ウィキペディアの年代別アニメ放送本数を見たらあきらか)。その中には、一般的にヒットしたものも含まれますが、全体的には粗製乱造の感があることはいない面があります。そして、今ではそれらアニメ作品がお茶の間でふつうにCMなどで観られるようにもなっています。オタクであればそのことに対しては何とも思わないでしょうが、では一般の人とりわけ知識人はどう思っているのでしょうか。以下に、作家の諏訪哲史が2011年に書いたアニメ観をみて、世間の反応の一端を考えてみたいと思います。

「かつて漫画は動画(アニメ)を生んだ。しかし動画はやがて狭義のアニメとなり、漫画の豊饒な作画術を黙殺・均一化し、今ではアニメといえば誰もが想起する、巨大な瞳にぎざぎざ前髪の、あの類型(スレロタイプ)に堕した。吹き替え音声までが気味悪いほどに類型的なおさな声だ。どうして誰も不思議に思わないのだろうか。……(中略)類型の刷り込みが多くの子供から批評力を失わせ、消費傾向や思想まで容易に制御(コントロール)しうる脆弱な無菌児を培養するのである〔本文の傍点は削除した〕」(『偏愛蔵書室』、2014年)

まず以上の文章を読んでどう思ったでしょうか。「その通り」と思った人もいるだろうし、「いや、なんか違うぞ」と思った人もいるでしょう。私は、これを何度読んでも何が書いてあるのかが、全くわからない。これを読んで、この文章を書いた人には批評眼がないと一蹴するのも簡単ですが、それだけではなさそうなものがあるのも確か。なので、以下に何か考えてみたことを書きます。

まず「かつて」とはいつのことなのか。アニメの歴史に詳しくない私にはよく分からないし、どの時代のことを指しているのかもわからない。
「漫画は動画を生んだ」というのもよくわからない。私にこれがわからないのは不勉強のせいだけども、いつどのようなかたちで「動画」が生みだされたのかの、その具体例が書かれていないので、さっぱりわからない。漫画が動画を生むとは、いったどういうことなのか。技術的なことなのか、アメリカなどの外国から入ってきた動画のことを書きたいのか、日本にそれ以前ある「漫画」の歴史を踏まえてのことなのか。

「動画はやがて狭義のアニメとなり」とはなんのことか。「狭義のアニメ」の「アニメ」が指すものとは、おそらく続く文章から察することはできますが、よく分からない。おそらく芸術的なアニメ(?)とは違う商業アニメのことを指すのかとも思うけど、一向にはっきりしない。

「漫画の豊饒な作画術を黙殺・均一化し」とはいったいなんのことか。どのアニメを指しているのか。まずいえることは、アニメにおいて、漫画原作の持っている「作画術」などをそのまま適用することはできない。もしそれをするならば、おそろしいほどのリソーズが必要になる。むしろアニメというのは、漫画などの「作画術」(←これもよくわからん)をどれだけ省略化するかにかかっている。それこそどんなアニメーターでもキャラクターなりを描けるように「均一化」するものというか、アニメ化にあったてのリファインされたものが要求される。もしそれを「類型に堕した」というなら、それは商業テレビアニメの黎明期から見られることだと思うので、もはや著者のいうことに対して反論することはなくなってしまう。というか、そもそもそのアニメ観をアニメそのものに持ってくるのが大違い。多くのアニメには原作があるので、それら原作の持っている「作画」(漫画やイラストなど)におおもとの問題がある。なぜなら「作画」とは基本的には、人物などを、線をかたどって描くものだから。ほとんどのアニメーターは自分たちの描いている「作画」に対しては責を負っていない。ただたんに、指示されたものを描くだけだから。著者は「漫画から・・・強い個性が消えつつある」とも書いているんだから、やはり問題は漫画やイラストなどにあるのではないでしょうか。

「類型的なおさな声」もよくわからない。自分が見始めたのは50年前くらいから制作された作品だけども、その時の声の方が(録音技術の問題を措くとしても)よほど「おさな声」に聞こえる。それと、よく聴けば分かるけど「おさな声」なんて現在では一律ではない。というか、この「おさな声」とは、声質のことなのか、それとも精神の幼さなのか。もし精神的な幼さのことならそれはしょうがない、日本人自体が幼いんだから。日本のアニメというのは、アメリカ文化の畸形的な発展形だと思うし、そのローカルさがかえって世界に受けるときがあるし、そこで描かれる幼さが受け入れられない時もある。ということは、日本アニメでは、おさない(成長途上の)登場人物がよく描かれるが、そのことが「おさな声」と捉える発想を誘発しているのかもしれない。

最後の文章にある、子供たちから「批評力」を失わせる云々、というのは何とも言えない。子どもたちの中にはアニメなど観ない人もいたし、だいたいが中高生になるとアニメは観なくなる。では、そういう子供たちがきちんとした「作画術」を持った漫画を読んで、それで「批評力」を持っているかどうかは、現在の日本を見ればよくわかるでしょう。子供の時からアニメをそれなりに観ている私に「批評力」がないのだったら、私が書くものにたいして批評的価値がないのも頷ける。とはいえ、きちんとした「批評力」をもつ日本人がいないのだと考えると、私の親ですら小さい頃にアニメに触れているので、もうこの日本にはきちんとした「思想」をもった人物などいないのかもしれない。それと、日本の人口が今一億人として、アニメを好んで観ている人間はその中の1%もいないように思う。つまり、数十万人以下しか楽しんでいない類型的なアニメ作品のみにその「批評力」の減退の原因をおしつけるのはフェアではない。

結論を言うと、諏訪哲史ほどの具眼の士にすらあのような感想を抱かせる日本のアニメとは、やはりスゴイとしかいいようがない。このような文化をメジャーにすることはあかんなと思った次第。2010年代には、テレビアニメの中から色々と大ヒット作も出た。うちの親ですら『鬼滅の刃』をちょっと観てみたというし、ものによっては受け入れられる。それと、あのアニメはおそらく原作を越えて別物になっていると思う(たぶん)ので、諏訪の書く「作画術」の現在での最高峰になっていると思うけど。それでも、一般の人にはアニメというのはまだまだ受け入れられないものがあるでしょう。この自分ですら、『デ・ジ・キャラット』をはじめて見た時「うへぇ、こらあかんわ」と思った。もしかしたら、諏訪のいうのもこういう感覚なのかもしれない。

とまあ色々書いたけど、要は、ネタにマジレスしてしまうほど、GW中は暇だったということです。

【まとめ】

今回は色々と書いたけど、アニソンのことを書いていて思ったのは、こうして何回もアニメをまとめたのは、自分が『神のみ』と『WUG!』のことを書きたかったのだと気付いた。『神のみ』関係のアニソンは2010年代前半で一番聴いたし、ここ4年くらいは『WUG!』のものをよく聴いていた。もっというと、自分がこのブログを書いてきたのも、こうして2010年代のアニメを個人的なものとしてまとめてみたかったからだとも思った。こうして色々と思いだしながら書き終えて、もうこのブログ自体もやりきった感がある。

というわけで、今回でアニメまとめ記事のことは終了です。他にもネタはあるけど気が向いたら何か書くかもしれません。まあなんというか、2016年以降、あまりアニメを楽しめなくなった。もしかしたら「なろう系」とかソシャゲ原作アニメが自分に合わないからかもしれない。それと、最近は配信限定も多くなったけど、それらを観られなくても別に何とも思わないので、もしかしたらアニメに興味が薄れただけかもしれない。でもたぶん何らかのかたちで見続けはするでしょうが。これらアニメの記事は、基本的に自分のために書いたのですが、一応読者の役に立つかもしれないとも思って書きました。これを読んでくれた人がひとりでもいて、アニメ視聴になんらかの参考になっていたら、「こんなに嬉しいことはない」(アムロ)。

(成城比丘太郎)


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