★★★☆☆

百年の散歩(多和田葉子/新潮社) ~概要と感想、軽いネタバレ

投稿日:2017年5月8日 更新日:

  • ベルリン観察記のような体裁。
  • 次々と湧き起こる連想。
  • 街そのものの持っている記憶がメイン。
  • おススメ度:★★★☆☆

「わたし」は「あの人」を待ちながら、「あの人」との関わりを思い浮かべながら、ベルリンの町に実在する通りや広場を散策する、というのが主な流れ。多和田葉子がベルリン在住なので、「わたし」は作者の分身といえるかもしれない。ルソーの『孤独な散歩者の夢想』の多和田版といえるかもしれない。しかしそれほど暗い感じはない。多和田は『毎日新聞』(4/25付朝刊)のインタビューで、「目的地に着いてしまうのではなく、道に迷えばアートになる。私もメモ帳を持って外出し、見えるもの聞こえるものを全て記述する実験をして書いたのがこの小説です。」と語っている。これを素直に読むと、ベルリンの町を散歩して、ただ眼に見えるものをうつしとった観光案内風小説と思われるかもしれないが、そう単純なものではない。

「カント通り」から「マヤコフスキーリング」に至る10の場所を「わたし」は歩き回り、ベルリンの歴史や町の持つ記憶が「わたし」の前に立ち現れる。ナチスドイツ時代の傷跡や東西ドイツ時代の分断された痕跡(東ベルリンに入った時の緊張感を思い出す「わたし」)が現れ、過去から続く人種差別の問題、現代の資本主義への批判、移民問題へと「わたし」の連想はベルリンの町を背景にしたスライドショーのようにわきおこる。

また、「わたし」の連想は自在に時空を飛び越え、町にかかわる人間の姿や、町の光景(時には日本のことも思い浮かべる)などが眼前に現れ、次々と映像が切り替わるところは、最近の古井由吉作品でいえば、過去と現在の「往還」といった感じだろうか。古井の場合は実体験に基づくものだが、「わたし」の場合は町の呼び声にひたすら応えるかのように、町の息遣いに身を任せていく感じ。

タイトルの「百年」とは前世紀のベルリンのことか、この百年のことか、今年はロシア革命から丁度百年だが、偶然にも最後の章はロシアの詩人マヤコフスキーに関する通りが舞台になっている。ここでは「わたし」はマヤコフスキーその人になりかわっていて、ラストは詩人が「リーリャ」と「オーシプ」と別れ外に追い出される。「あの人」への別れともいえる言葉とともに「わたし」はとうとう町に溶け込んでいく。

作者自身がドイツ語と日本語の両方で執筆活動しているせいか、「わたし」も街にあふれるさまざまな言語や、聞こえてくる音声に身を浸し色んな連想がはたらく。「わたし」は言葉に躓くようなかんじで日本語とドイツ語両方の意味合いに戸惑う場面がある。言葉遊びの感もあるが、読んでいるこちらもこんがらがってきそう。例えば時間を潰すことをドイツ語では「時間を叩き殺す」というように、より「犯罪的」な響きに聞こえるのは少し物騒で怖い。「わたし」が「スグリ」に「酸塊」という漢字表記をあてがい、その字面がもっている「怨念」めいたものに恐がったり、アスパラガスから「死人の手の骨」を連想したりするのも、どこか怖い感じがする。言葉そのものの表面だけでなく、内実を抉り出すような感じだろうか。それは目をそむけたくなるような、肉の中の骨が暴き出される感じだろうか。この辺りは作者が言葉に敏感なせいだろう。

この作品ではいくつか日本への批判がみられる。「カント通り」の章で、食事中の「わたし」はグリーンピースから日本の捕鯨を連想し(ありきたりだが)、なぜかもどかしい思いをする。日本国外に住んでいるとこういった実感はもちやすいのかもしれないが、日本が「独裁国家に蝕まれ」たらという妄想や、日本人らしき憲兵が出てきたり、「プロペラ機に軍服を着た(胸の大きな)少女」といった日本アニメキャラのような表現は、なんだかなぁと思う(この辺りはいかにも『毎日新聞』が取り上げたがるネタだ)。まあ、これらは別にどうでもいいのだが、「戦闘機」への搭乗を拒否する「青年」が、「自分はアニメ君だからとても戦争の役にはたたないよ」という場面での「アニメ君」とは何だろうか、とても気になる。今まで「アニメ君」を自称する日本の若者など見たことも聞いたこともないんだが、もしかしたらドイツでは「アニメ君」というのが一般的な呼称なのだろうか。

本書は場面転換のようなものが頻発するためか、独特のリズムがあって、その流れに乗れないとなかなか読み辛いかもしれない。そのためおススメ度は高くないですが、ベルリンの町を散策する作家のエッセイ風の小説と割り切れば、おもしろく読めるかとは思います。

(成城比丘太郎)

百年の散歩 [ 多和田 葉子 ]

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