3行で探せる本当に怖い本

ホラーを中心に様々な作品を紹介します

★★★★☆

拷問の話(岡本綺堂/青空文庫)

投稿日:2017年4月22日 更新日:

  • 日本人の誇りを示す貴重な伝聞
  • 拷問とはサディズムにあらす
  • 読みやすい文。感じ入る結末
  • おススメ度:★★★★✩

(あらすじ)江戸時代、吉五郎という人間が窃盗の罪を犯した。しかし、彼は自白しない為、拷問に掛けられる。しかし、その時代の拷問とは、寧ろ拷問をする方が恥ずべき行為だった……。

「半七捕物帳」で著名な岡本綺堂の随筆の一編。タイトルは過激だが、内容は如何に日本人が「罪を憎んで人を憎まず」の人種であったかを示す美談だ。以下、著作権も切れたようなので引用する。

わが国にかぎらず 、どこの国でも昔は非常に惨酷な責道具を用いたのであるが 、わが徳川時代になってからは 、拷問の種類は笞打 、石抱き 、海老責 、釣し責の四種にかぎられていた 。かの切支丹宗徒に対する特殊の拷問や刑罰は別問題として 、普通の罪人に対しては右の四種のほかにその例を聞かない 。しかも普通に行われたのは笞打と石抱きとの二種で 、他の海老責と釣し責とは容易に行わないことになっていた 。

つまり、なるべく肉体的苦痛を与えずに罪人を裁くのが、捕り方の器量とされたのである。これは拷問の話としては全く百八十度逆の論旨であろう。何と誇り高いことか。しかし、罪人もどうせ死罪であれば、自らの誇りを守ろうと、その暴力による詰問に屈せず、周りの罪人も彼をヒーローとし、その器量を讃えるのだ。

もちろん、犯罪は犯罪だ。犯罪は憎もう。それは当たり前だ。だが、この随筆で描かれるのは人間の度量の話だ。責める方も責められる方も、プライドを賭けて戦うのだ。責める方は傷つけたく無い、傷つけられる方は力には屈服しない。真の男同士のやりとりだ。

翻って今の日本人はどうだろう? 罪を犯したものは保身を考え、罪を裁く者は冤罪と知っていても責め続ける。罪を犯してないかも知れない弱者を吊るし上げる。これこそ、今の日本のリアルな「恐怖」でなくて何であろうか。岡本綺堂の話がフィクションなのか? 今の日本人がフィクションなのか?
正義を語るつもりは毛頭無いが、誇りとは何かを学べる一編。大人の都合上、有料版にリンクを貼ったが、タイトルで検索すれば「青空文庫」で無料で誰でも読める。

金は無くなってもいい。健康を損なうのも仕方ない。人生は失敗の総体だ。だけど誇りを売り渡してどうする。それすら無いとすれば、己は、日本人は、いったい何者なのか?
獣、獣に違いない。

(きうら)

-★★★★☆
-, ,

執筆者:

関連記事

死の家の記録(ドストエフスキー[著]、望月哲男[訳]/光文社古典新訳文庫)

ドストエフスキーの体験を基にした記録的小説。 ロシアにおけるシベリア流刑(囚)の様子。 エピソードを連続的に描いていくので読みやすい。 おススメ度:★★★★☆ タイトルにある「死の家」とは、監獄のこと …

赤目四十八瀧心中未遂(車谷長吉/文藝春秋)

昭和の尼崎で臓物をさばく堕ちたインテリの悲哀 とにかく猥雑。あらゆる人間の醜さが描かれる 異様な文章力で一度囚われると離れられない おススメ度:★★★★☆ 久しぶりにとんでもないものを読んでしまったな …

夢見る少年の昼と夜(福永武彦/小学館P+D BOOKS)

暗さを彫琢したような短篇集。 寂しさ、死、不安、孤独。 とにかく、ただひたすら暗い。 おススメ度:★★★★☆(暗い雰囲気が好きなら) 福永は本書に載せられた「『世界の終り』後記」において、自らの作品の …

吉増剛造詩集 (吉増剛造/ハルキ文庫)

(異例の編者冒頭注)今回は詩集ということで、一般の読者の方には敷居が高いと思われるが、この紹介文を書いた私の盟友の文章も相当ぶっ飛んでいる。どこからどこまでが原典で、どこからが感想なのかが良くわからな …

野火(大岡昇平/新潮文庫)

極限のサバイバルを描く一級のサスペンス 洗練された読みやすい文章 哲学的な世界観に圧倒される おススメ度:★★★★☆ 敗戦間近のフィリピンの戦線で、肺病を患った下級兵卒・田村の厳しい逃走生活を描く。逃 …

アーカイブ