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生誕の災厄(E.M.シオラン/紀伊國屋書店)

投稿日:2017年4月25日 更新日:

  • シオランの精髄。
  • トゲのある、おそろしい箴言(しんげん)集。
  • 万人にお薦めしたいが、万人向けではありません(矛盾)。
  • おススメ度:★★★★★

ルーマニア出身の作家/思想家シオランのアフォリズム集。アフォリズムというと、「簡潔な表現で人生・社会などの機微をうまく言い表した言葉や文」(『大辞林』)です。耳に心地好い人生訓めいたもの、社会風刺を混ぜ込んだピリリと辛いもの、なるほどとうなったり、クスッと笑えるもの、痛快な人物評などなど、著者の経験・観察眼の力量次第で出来は違うものの、大抵はどれも似通ったものです。

シオランのアフォリズムもその域を越えるものではないですが、所々かなりの毒性を含んでおり(というか毒ばかりですが)、そこには社会や人間への単なる批判というより、この世に誕生した人間存在への疑義めいた文句ばかりです。と言っても、人間を憎むばかりでなく、視線をそらさず盛大な嫌味を述べている感じです。

その内容がどれほど陰性的なのかは、例えばエリック・ホッファー(wiki)と比べるとよく分かります。ホッファーの場合、私個人の印象だと、《宵の口にふらりと入った酒場で、知性的で経験豊富そうなオヤジが顎に手をやりながら、タメになることを語りきかせている》ような感じです。それを聞いている最初は、なるほどと感心するのですが、そのうち単調さに飽きて最後まで聞かずにその店を出てしまいます。(なので私はいまだホッファーのアフォリズム集を読み通せません)。

一方シオランのアフォリズムは、《真夜中の散歩中、教会前の階段に腰かけた人物が、ぼおっと白い顔だけを浮かび上がらせて、こちらを手招きし、とつとつとした語り口で、何か宇宙の神秘でも暴き出したかのように、人間の恥部を掘り出すかのように、痛みをこらえながら、休み休みに紡ぐ言葉》といった感じで、目が離せないのです。本書はどのページを開いても、何かしら胸に刺さるトゲのような一文があります。「アフォリズムだって? そいつは炎なき火だ。誰ひとりそこで暖を取ろうとしないのも無理はない。」(P201)というシオランですが、以下に実際いくつかのアフォリズムを書き出してみます。何か感じ取れるかもしれません。
「病気は、私たちが病名を告げられ、頸に縄をつけられる瞬間から、ようやく自分の病気となるにすぎない。」(P235)
「私の病弱は、私の生を駄目にしたけれども、私が生きており、生きていると思いこんでいられるのは、その病弱のおがげである。」(P254)

この2つは、私にとっておそろしいほどの的確さとなぐさめをもって、私の胸を抉ってきます。
「何もわざわざ自殺するには及ばない。人間はいつも遅きに失してから自殺するのだ。」(P46)
「苦痛を味わうのなら、その果てまで行かねばならない。苦痛をもはや信じることができなくなる瞬間まで。」(P108)
「孤独を守る唯一の道は、あらゆる人間を傷つけることにある。まず手始めに、自分の愛する人びとを。」(P134)
「時には食人種になりたくなる。ただし、誰彼(たれかれ)を貪り食らう楽しみより、食ったあとそいつを吐き出してやる楽しみのために。」(P218)
「人間は独特の匂いを立てる。あらゆる動物のなかで死骸の匂いがするのは人間だけだ。」(P271)

適当にページを開いて書き出しましたが、どうでしょう。こんなことを言う人間が周りにいたら、よくて中二病扱いか、最悪鼻持ちならない露悪(欠点や短所をことさら取り上げる)的な奴として敬遠されるだけかもしれません。しかし、もしこれらの文言に何らかの真実の欠片というか、何かひかれるものが少しでもあれば、読んでみる価値はあります。特に眠れない夜などに。
他にも、もっと長いものもありますし、読みやすいものもあります。また、日本人には完全に理解できないものもありますが、きっと幾つか気に入る文章があります。最後にまた引用ですが、当ブログにふさわしいものをあげて終わります。

「人は、どんな事についても、何ひとつ、言うすべを持たない。それゆえに、この世の書物の数には際限がないのだ。」(P109)
「未来への恐怖は、つねに、この恐怖を味わいたいという欲望の上に接木されている。」(P275)
「一冊の本は、延期された自殺だ。」(P134)

(成城比丘太郎)

(編者注)
個人的には「何もわざわざ自殺するには及ばない。人間はいつも遅きに失してから自殺するのだ。」がぐっと来た。自殺名所に貼っておいたら何人かは踏みとどまるのではないか? パタリロがもったいぶって引用するジャンコクトーの警句みいなものか? まあ、一冊手元にあると絶対に読んでしまうね。

(きうら)



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