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-★★★★★ コラム

あらゆるギャンブルはサイテーだ! が、確からしい。

投稿日:2021年12月4日 更新日:

  • あらゆるギャンブルに捧げる
  • 飲む「打つ」買う
  • 快楽という0.0001%の幻
  • おススメ度:-★★★★★

物事になんでも否定から入るのは良くない。タイトルと正反対で恐縮だが、ギャンブルには日常を逸脱できる可能性があり、誰でも楽しめる汎用性があり、人生を変えられるほどの富を手に入れられるチャンスもある。ある種のギャンブルは友達とのコミュニケーションツールとしても有効だ。なんだ、趣味としていいことずくめじゃないか。

嘘。のめり込めば理性を簡単に超えて、底の見えない地獄を見せてくれるのもギャンブル。「ご利用は計画的に。」というキャッチコピーが肯定と否定の間で破綻しているのと同様、真剣になればなるほど死に近づくのがギャンブル。もちろん、ほとんどの人間はそんなことにならない。「合法」な競馬・競輪・競艇・オートレース・宝くじ(サッカーくじなども含む)などの公営ギャンブル、パチンコ・パチスロという警視庁お墨付き公認「脱法」ギャンブル好きな人、裏社会のカジノに興じる人々=社会的破綻者とは言えない。実感的には7割以上の人間に対して人生を豊かにする要素として働いているんじゃないだろうか。ま、残りの人間を絶えず真の地獄に叩き落すシュレッダーのような装置でもある。

実は私は若いころパチンコ店で店員をやっていた。1年7か月と短かったが正社員だったので、いろいろ裏側を見た。当時はパチンコが大流行していたので集客で悩むこともなく、イケイケの世界だった。今の6号機でショボショボしたあたりを狙うなんて鼻で笑ってしまうくらい万札が乱舞し、そして散っていった。

パチンコ屋の店員なんてアホでもできるほど楽だったろうって? んなこたぁない。当時は出た玉が台に吸われてカウントされるようなお気楽システムじゃなかったので、いわゆるドル箱が積まれた。ひと箱2,000発20Kg換金すれば5,000円。私は3箱が限界だったが、5箱を一度に持ち上げる剛毅な先輩もいた。要するに下っ端のホール店員は単純な肉体労働だったのである。とにかく重いうえに、一回終わりだの連続オーケーだの謎のローカルルールのために、当たった客の後ろから判定カードを台に差すという不合理な仕組みだった。そのため、絶えずホールを走り回る。清算となれば合計100Kgの鉄の球を運ぶ。鉄を引きずる労働者。まさにドレイのイメージそのもの。

仕事は早番と遅番があって、早番は9時から18時、遅番は15時から24時。もちろん、清算時に金が合わなければすべての台と万札の流通する装置を攫う。遅番は2時3時も当たり前。そこから夕ご飯にコンビニなどで爆食いして正午まで寝る。辛いのはシフトが遅番から早番に切り替わる時で、この時はさすがに眠かった。5時に寝て8時台に出勤だ。とにかく体力的に辛い。精神的にも辛い。昼休みに泣きながら休憩室を飛び出したこともある。ただ、その時の私は食物に一切制限をかけていなかったが、最高に引き締まった体をしていた。アスリート並みだったと思う。

もちろん、あまりの苦行と無意味さに辞めた。ギャンブルの本質は、かのアカギ大先生が断言するように「無意味な死」である。それと心中するほど若き私の腹は座っていなかった。ちなみにお金の話をすると大学上がりで手取りで26万、ボーナスは90万くらい貰った。22歳で年収450万。社員寮が5万くらいだったので、その気になれば5年で1500万貯金というのも可能だったはずだ。もちろんお金は溜まっていないし、もう遠い追憶の彼方だ。当時の仲間は前略、元気でいますか? しかし、その散財の原因が仕事の研究と称して他店のパチンコ店で遊んで金をスっているいるという悲しい黒歴史。地産地消か?

その地域の教育委員長が血まみれの喧嘩をしたり、酔っ払いが2階からサイネージを叩き落したり、トイレに咳止め薬の空き瓶が散乱していたり(分かる人だけわかって下さい)若くしていろんな修羅場を体験させてもらいました。何も知らなかったから受け入れられた。

そして、今は宝くじという最低のギャンブルしかやっていない。これはあくどい。国が掛け金の5割余りを持って行く。ロト6の1等当選確率は600万分の1。毎週、火曜・木曜に抽選が行われているが、それぞれ1万円(500口)ずつ買ったとして月に8万円の出費、これを理論的当選値の600万にもっていくには62年かかる。その間の投資額は8万x12か月x62年=5,942万円。宝くじに当たらなくても豪邸が建つ。 しかし、1万円買ったとしても毎回の当選確率は1/12,000。平均的なパチンコ台が1/350として1/12,000の台に1個だけパチンコ玉を入れて当たると思います? 62年に渡って約6000万円かけても744個の玉で1/12,000の確率(6.2%)を狙うという話。じゃあ、600万という確率を超えて確実に当たるためには一回の勝負で2億4千万円分のロト6(120,000口)買わないといけない。それでも当たり金額はその時の当選者の数で前後するので下手すると1,000万円台ということもあるのだ。どうだ、不合理だろう?「貧乏人の自主納税」とは宝くじを表す至言で、私の周囲の大人で100万円以上の宝くじを当てた人間はいない。30年間に渡って年末ジャンボを5万円買い続けても当たらない。体験的証左である。ちなみに現在の年末ジャンボ10億円宝くじは1/2,000万という鬼畜仕様となってございます。今年も買いますか。あのテレビCM、いくらお金がかかっているだろうなぁ。全部、自主納税者による自主製作CMなんだけど。

他の「合法」ギャンブルも見てみよう。

「競馬で家は建たない」とはよく言ったもので、どんな競馬マニアが血道をあげて研究しても必ず負けるという意味だ。「感動を買った」のならいいだろう。でも、それ競馬でいいんですか。ほかにもっと人生に感動はありませんか。また、純粋なギャンブルとしては不確定要素が多すぎる。しかし、確率論を極めたある天才が、必ず儲かるプログラムを完成させたという大事件が過去に一度あった。これは政府から速攻で潰された。そんなアルゴリズムが存在しては不都合な真実すぎるからだ。脱税(アル・カポネも捕まえた)罪で有罪。プログラムは抹消。いち競馬ファンとして尊敬と憐憫の念を同時に感じた。

とはいえ、みんなが当たる法則が存在すれば、ギャンブルは成立せず、競馬の還元率約20-30%を引かれた金額が当たり金額になるわけで。必ず当たるけど、収支を考えると全員投資額の30%を国に寄付するということになります。「貧乏人の自主納税」が丸裸で見えてしまい、動物虐待ゲームを夢や希望の甘いクリームでデコレートしているのに、その努力が無駄になるのだから、規制されて当然だとは思う。どっちもどっちの狂気の世界だ。むろん、競馬を批判しているわけではない。A5ランクの牛肉をタレントが涎を垂らして噛り付く映像が流れる世の中、動物虐待なんて正直環境テロリストに任せておきたい。そのシステムを私なりに解釈しているだけだ。私はJRA IPATの会員ですよ。

「見るスポーツ」としての競馬は美しく、華やかで、楽しい。ただ、動物園ですら「人間のエゴの象徴で残酷だ」と叩かれるのに、そのほとんどが天命を全うできないサラブレット達のレースを、動物愛護団体が問題にしないのは不思議だな。「馬」鹿だから殺してもいいのかな。ギャンブルの本質的には実に正しい。負ける=死なのだ。勝たなければ生きていけない。これを人間がやっている競輪、競艇なども同じ。さすがにすぐに安楽死させられることはないが、仕事を簡単に失うというリスクを負っている。死刑か無期懲役かくらいの差だ。いろいろ黒い舞台裏もあるがここでは割愛する。

では「裏」があるカジノ系ギャンブルはどうか。海外などでは合法のスロットやルーレットも、人生を変えるほど大勝ちする確率は宝くじと変わらないだろう。確かに何十億円を一晩で得る人もいる。その裏で何億人もの負け犬が支えているのだ。これが日本の裏カジノなら、ある程度「お客さんを楽しませる」程度には勝てるだろうが、胴元が負ける訳はないわけで、お金儲けが目的ならほぼ破滅するだろう。ギャンブルを娯楽と捉えるか、生き死にの勝負と捉えるか。これは個々の価値観によって違うだろうが、結果は同じ。「だいたい、負ける」もしくは「払った努力に見合わない報酬しかない」「勝ったのはごく一時期だけ」あるいは「何の意味もないことに熱中した」ということになる。無意味だから簡単だし、分かりやすいし、とても虚しい。

賭け麻雀などはどうだろう? これは少々事情が違う。麻雀はその本人の能力によって「勝ち・負け」が決まる要素が強い。つまり、100%偶然頼りかつお金を払う以外何のアクションも必要ない宝くじとは違って明確に戦っていると言えるだろう。台選びという要素があるパチンコに比べてもよほど高貴だ。しかし、その勝負自体が生産的でないという点では、他のあらゆるギャンブルと同等だ。勝負に関係するステークホルダー以外には一切影響を与えないという非生産的行為である。そういう文脈で語るなら、私が今書いている文章も同列だ。人類の進歩と調和とは無縁の世界。華麗なる無駄な努力のオンパレードという訳だ。

ちなみに株やFXなどを投機目的で投資するのも同じ。数千万円の株券を持っていて、それで生活をしている人を知っているが、驚くほど虚無的であった。温厚な独身の中年男性。店員を相手に無駄話をしにやってくる。時々高い商品を買ってくれ、それが万一不良品であっても「いいよ、いいよ」と言って怒らない。むしろその時の方が楽しそうだった。しかし、話の切れ目にふと顔を見ると無表情になっている。働く必要はない。誰かを無理に助ける必要もない。あらゆる拘束から解き放たれて、なお誰よりも不幸に見えた。禅問答のようだが、何も義務がないというのは何も価値がないのと同義なのだ。ちなみに別の投資家も知っている。この人間は家に10枚ほどの大型液晶モニターを並べ、曜日は関係なく必ず真夜中に起きて外貨相場を見守っていた。駐車場に高いベンツがあったが、その人間と伴侶である妻は限りなく無彩色に近いオーラを漂わせていた。閉じた世界の王と王妃。いわゆるブラック企業に勤めることに比べればはるかにマシだろうが、これが理想の人生かと言われると、私は違うと思った。

ギャンブルはその精神的害悪に於いても、しばしば批判される。パチンコ店の横にカードローンの店があるとか、10年分の貯金でFXを始めて破産したとか、退職金を全て競馬に持って行かれるとか、当たり前の世界だ。射幸性という言葉がある。これは「ギャンブルで勝つ(当たる)」ことが行動目的になる人間の特性を意味する。つまり勝負に勝って豊かな生活を送りたいのに、いつしか、借金をしてでも勝ちたいという主客逆転現象が起こる。まずいことに実際に脳の生理構造と結びついているので、アルコールや麻薬と同じく本当に危険だ。ギャンブル中の苦難と勝った時の快楽は比例する。よって快楽のために破滅を選ぶ人間が大量生産される。一説には成人の約数パーセントがギャンブル依存症と言われ、統計的にはアルコール依存症と比べられるくらい危険なドラッグと言えるだろう。

ウダウダと書き連ねたが、あらゆるギャンブルはスマホゲームぐらい無意味で非生産的、人生を破滅させるほどのリスクがあり、誰でも簡単にできる行為だ。つまり、何の役にも立たないサイテーの活動である。たとえ勝っても元が無意味なのでその結果も必然的にほとんど、どうでもいいことばかり。ゼロにゼロを賭け続けてもやっぱりゼロだ。ただ、それをやっているときの人間はある種の快楽に溢れており、確かだ。生きてることを実感できる。一見素晴らしいことに思える。

しかし、人生の99.9999%が苦痛か無痛を元に成り立っていたとしたらどうだろう。あなたは今週何秒間「快楽」と呼べる時間を過ごしただろうか? そもそもそんな確率の低い儚いものを目標として生きる意味はあるのだろうか。人生に意味はない。それはその通り。しかし、意味のない人生に刹那的な愉悦に過ぎない快楽≒ギャンブルを重ねてみてもそこには暖かなネットワークとは無縁の冷たい世界が広がっているのではないだろうか。むしろ苦痛に意味を見出す努力こそ、実は本質的な確かさと直結しているように思えてならない。独りで確かであるということは、少なくとも不幸ではないということだ。

ロト6のアプリでマスコットキャラクターのクジラのクーちゃんが憐れんでくれる「はずれ」画面は、私に「お前はサイテーの人間だ」というメッセージを送り続けてくれている。馬より賢い鯨が人間を慮ってくれるのだ。大変ありがたく拝謁している。

ギャンブルはサイテーだとは思うが、じゃあ、MBAを取得したトリリンガルのコンサルが馬鹿な素人を騙すのがサイコーかと言われると答えに窮する。元野球界のスターが薬物依存になったり、某コンポ―サーが詐欺師に変身したり、最高学府の長が清志郎的オ〇ンコ野郎の代表的行為である脱税(笑)…だつぜいwwwwwをしていたり、この世は実に面白い。彼らも自分がサイテーとは思っていないと思う。いや、思ったことはあるが死ぬほどじゃない程度のヌルい反省があるだけだ。あっ私も色々反省してます。

もう分かったと思う。自分の価値を決めるのは自分なのだ。ギャンブルじゃない。だからあらゆる勝ち負けなんて気にするな。どんなに苦しくても、いまあなたが生きていることが100%確からしいあなた、わたしの価値なのだ。それだけでいい。そう思って「今」やることを考える。

(きうら)

※補足01
「なぜ当たったか」というキャッチコピーがこの本の帯に書かれているが、宝くじに不正がない前提では「偶然」しかなく、思想・人種・宗教・年齢その他あらゆる要素は関係ない。くじを買っただけである。本の説明文にある「自分が本当に欲しいものを買う」「安さだけで、買い物をしない」「服の数を減らす」「トイレ掃除を毎日の習慣にする」「テーブルの上を片付ける」「近所の神社にお参りをする」「自分の名前を丁寧に書く」「鏡を磨く」「普通預金口座の残高を一定額に保つ」「腹八分を心がける」「靴を揃える」って、ただの倹約が上手な綺麗好きで几帳面な人間であって「宝くじ」とは何の関係もない。「鏡を磨く」ことで、あのクルクル回る矢を操作できるとでも? そんな新しい能力者ですか。この手の宝くじ指南本とダイエット関連の本、あとネズミ講(マルチ商法)の本は、全部虚構あるいは幻想なので、こんなもの買うくらいならそのお金で宝くじを買った方がいいですよ(大草原)。国に投資額の5割も寄付できるんだから。何に使うかまでは分かりませんが、少なくとも与党政治家の皆さんは大歓迎です。はい、貧乏人の自主納税。これを繰り返しながら年末ジャンボ宝くじをいくら買うか目標を検討してください。スマイルと希望はもともと無料なので、それは除外してくださいね。たとえそれが一番欲しくても。

※補足2
ロト6が当たらないので、丁寧な罵倒を書いてみたが、宝くじの本質は「0.000001%」の望みであって、それが分かっているなら適度な精神安定剤として機能する。絶対当たらないと思いつつ「もしも」を想像する権利をたった数百円で買える。私は今、月に2,000円(1回1口/10口)ほど1年以上買っているが、一度、1,000円当たっただけだ。3%の確率で、理論値通りだ。本当に毎月100万円分買っても多分回収率は酷いだろう。

生きている人間にとって1/600万と1/1万は、当たらないという意味ではほとんど同じ。宝くじの当選確率(オッズ)を売り場で表示していないなんて、騙す気満々だと思う。競馬は少なくとも事前に当たる確率を予測できる。

あと、一等が出たという有名な売り場に並ぶのだけはやめましょう。あれは例えばサイコロを100回振ったか、1,000,000回振ったかの差であって、その「場」に「幸運」があるわけじゃありません。もちろんご存じでしょうが、朝から並ぶのはさすがに異常です。むしろそんなものに期待したくなる自分を見つめなおす機会かもしれません。いや見つめても直す必要はないです。それがあなたの現在の価値であり、否定も肯定もできないから。それでいいし、それで案外、それで良かったりするので。あくまでご参考のほど。


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