★★☆☆☆

この世の春(上・中・下) (宮部みゆき/新潮文庫)※完全ネタバレありの感想

投稿日:2021年6月14日 更新日:

  

  • 時代劇ミステリ・サスペンス
  • 小さな世界で話が終始する
  • 書きたいものは分かるが……
  • おススメ度:★★☆☆☆

このところ「これは!」という作品との出会いがない。本作も期待して読んだのだが、どうしても乗れなかった。理由は単純で、美男美女と極端な善人・悪人しか活躍しないからだ。以下、完全ネタバレありの感想です。

(あらすじ・公式より転載)ざまをみろ。父を殺したとき、そして、刺客を討ち取ったとき、北見重興が発した言葉。元藩主とは思えぬその言動に、どんな因果が秘められていたのか……。名君と仰がれた今望侯の狂気。根絶やしにされた出土村。城下から相次いで失踪した子ども達。すべての謎は、重興の覚醒とともに真実へと導かれる。ミステリー。サスペンス。そして、歴史。あらゆる技巧が凝らされた「物語の到達点」。

本書の主人公は上記の元藩主・重興という美青年が、奇妙な忘我状態を発症することが多くなり、家老たちの計画で五香苑という美しい避暑地に強制隠居(押込み)させられる。実はそこは座敷牢になっていて、元藩主は半ば進んで監禁されたのだ。そこへ、ひょんなことから、藩内で父を失った多紀という女性が女中として働くことになる。彼女は出戻りだが、勇気と思いやりのある女性であった。そして、二人が出会ったことにより、重興の病の謎が解けていく……という流れなっている。

この美男美女が互いに癒し合うことが大きな焦点になっているが、いくら宮部みゆきの筆を持ってしても「ケッ」と思わないではいられなかった。どちらかが美しく無い容姿で同じ結末が描けるだろうか?

まあ重興は美青年たが、かなり重篤なトラウマから、多重人格者になっている。それは幼少時に父親(とその愛人)から性的虐待を受けたことが原因だ。それ自体は非常に辛いことであろう。同情される立場にはある。

しかし、結論から言えば、父親も隠密であったその愛人に精神を操られていたというオチなのだ。そして、その愛人と愛人の父親だけが極悪人として描かれる。

人間の心の闇や苦しみからの回復というテーマは分かるのだが、結局、美しい善人の重興が素晴らしい善人の多紀と出会って癒され、多重人格を克服し、最後に結ばれてめでたしめでたしでは、子供のお伽話ではないか。私はこの結末に大いに釈然としない。

その他の登場人物、重興のじい(元家老)、主治医、多紀のいとこ、五香苑の女中や下男、街の色街の隠居、実の母親、別れた嫁……これら全てが重興の味方である。それに対して、明確な悪としては先述の女隠密とその父だけである。微妙な立場として、重興に取り入った元家臣がいるのだが、この男は早々に退場させられる。つまり、ほとんど味方なのである。これではせっかくの光も、影が無いので輝いているのかどうか分からなくなる。

それでも文庫で言えば上巻は丁寧に世界が構築されており、それなりに楽しい。しかし、重興の病の原因が仄めかされた途端、善意のループがグルグル回り始める。その中で唯一、重興と悪の女隠密の父との戦闘シーンだけは楽しいというのは皮肉だ。

しかし、納得できない点は他にもある。

あらすじにあるように、多紀の出自となる出土村が何者かによって虐殺され、住人全員が消されるという大事件があったのだが、その謎が何となく仄めかすだけで明確に明かされない。というか、落ちなかった。私の読み込みが足りないのかも知れないが、そこがクライマックスでは無いのか。最後までひたすら引っ張って「あの親子(隠密)の影には更に巨大な悪が居るかも知れないが、重興様のために忘れよう!」という内容のことを取り巻きに言われた時は、別の意味で衝撃を受けた。自分達は散々暗い過去をさらっておいて、美青年が「理想の嫁」と結ばれたら、それで捜査は打ち切り、というのはあんまりだ。あんまりと言えば、当の虐待の張本人の女は遥か昔に死んでいるのである。つまりほとんど悪人不在でひたすら慰め合う人々の話なのだ。

前のクリーピーでも書いた気がするが、実父による同性のペドファリア(幼児性愛)という重いテーマを扱っておいて、その具体的描写は無いのである。全て終わった後に少しだけ触れられるだけだ。なるほど、そこは書きたく無い(今の時代書けない)のかも知れないが、ホラーとして読んでいたら恋愛小説ですと言われたようなもので辛い。そこは敢えて踏み込まないと、重興の復活が軽くなると思う。ただ、その予感は最初からあったのだ。とにかく、美青年、美人、忠臣、ポジティブ思考だらけ。世の中こんなに素晴らしかったのかと思うほど、悪は過去にしかない。

もう一つは、重興の元妻が、結果的に多紀に良人を寝取られる様な結末なのだが、その感想が「羨ましい」では無いと思った。女同士、そんな風に軽く許せるのか? そこもさらっと流れて終わり。私はせめてこの元妻と復縁し、それにあたたかい涙を流して静かに去る多紀という結末を予想……望んでいたのだが。病気が治った途端、春風のような美人妻を袖にして手の届く女に手を出す重興もちょっとどうかと思う。実はそこが真の心の闇でホラーなのか。正しい心を持っていれば、多少、人が傷つこうが、幸せになったもの勝ちなのか。その意識しない強欲さこそ本当の奈落なのか。前半、医師が多紀に男女としての好意を見せるシーンがあるが、彼の心情はどうなのだろう。悪意なき悪意。この圧倒的ハッピーエンドは、間違いなく、善意の持つ力を書きたかった内容だ。しかし、やはり私には嘘寒い感じが抜けない。

父親は本当に幼児性愛嗜好が無いといけない。これだけの悪意を持つものはもっと巨大で無いといけない。皆んなが何となくわかりあってしまってはいけないし、どんな人も醜さも備えている……それら全てを弾き返して、なお、愛を叫べればいい。しかし、この物語の「救い」は「特権」を使った紛い物に見える。もしくは内容に対して文章が長すぎる。

しかし、かつて「模倣犯」や「火車」で悪の極みを描いていた宮部みゆきだからこそ、本作にも期待するものがあった。この一連の酷い悪罵は、その反動と思ってもらいたい。もちろん、ラノベ作家としてな姿も知っているが、まさか、ここまで話が全部綺麗事で収まるとは思わなかった。

凡人でも普通に生きているだけで、それなりに辛いことはあるのだ。それに程度の差はあれ、邪な欲望も持っている。報われないこと、救われないことも余りに多い。そんな人々にとって、この作品の示す人間の善性は、美し過ぎて決して手の届かない美術品のようだ。ひねこびて生きるのは決して良くない。しかし、ラストシーンを過ぎて、私はまたも好きな誰かにきっちり振られたような、そんな疼痛を感じた。

(きうら)


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