★★★☆☆

とにかくうちに帰ります(津村記久子/新潮文庫)

投稿日:2017年9月29日 更新日:

  • (小さな)職場という狭い範囲での出来事。
  • あるフィギュア選手をめぐる話。
  • 豪雨の中で必死に歩く姿が、人生の謂を思わせる。
  • おススメ度:★★★☆☆

『職場の作法』……「私」こと、「鳥飼」の視点から職場の人間関係を描いた、短編連作。私は一見他人の行動を観察するだけかと思いきや、「ブラックホール」という話では、ある混乱から自らその関係の網の中に入り込んでしまいます。規模の大きくない職場なので、同僚たちの細かいマイルールや、ちょっとした嫌悪感といった、(ある意味)身近に感じられる出来事の数々です。最後の「小規模なパンデミック」というインフルエンザの蔓延を題材にした話は、その内容を考えるとあぶないものです。さらにいうと、「私」はインフルエンザと推測するだけで、体調不良の人に詳しく病名を聞くわけではないのがおそろしいところです。そういうラフさがこの一編にはあります。

『バリローチェのファン・カルロス・モリーナ』……ふと見かけたフィギュア選手に関心を持った「私」の話。職場の「浄之内」さんは、自分が関心を持ったスポーツ選手は必ずダメになるという、何らかの「厄」がつくといいます。私はその選手のことを「浄乃内」さんに話さないでおこうとするのですが……。津村作品にはスポーツ選手に関する話がよくありますが、だいたいはその人のパーソナルなこととか、(プレイとは関係のない)周辺情報からふくらました妄想などが描かれて面白いです。

『とにかくうちに帰ります』……大雨のため交通機関(バス等)に乗れなくなってしまい、「洲(埋立地)」にとり残される形になってしまった人たちが何とかして帰宅しようとする話。主に、三人の大人と一人の子供(この子供がこまっしゃくれていて面白い)とが、「本土」にたどり着こうと橋を目指して、協力しあいながら徒行するさまを描いています。彼らは雨に濡れながら、家にたどり着いた時の日常の光景をまるで「奇蹟」だと思います。この感覚はよく分かります。私も大雨の中歩いている時には、この苦難・苦行の果てにあるはずの明るい部屋には、汗を流すためのシャワー、自分を待つ人々、まるで《ネクタル》のごときビール、バカバカしいテレビのアホっぽい笑い声などが待っていると思い込んだものです。ちょっとした苦難の最中にふと浮かぶ何気ない日常が遠い空想のように思えてくることはあるでしょう。

(成城比丘太郎)


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