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★★☆☆☆

はじめの一歩(134) (森川ジョージ/講談社コミックス) ~ネタバレあり(という文句が意味を持つかどうかは別として)

投稿日:2022年3月19日 更新日:

  • 脇役に次ぐ脇役が登場
  • もはや外伝を読んでいるような気分
  • さすがに引っ張りすぎだ
  • おススメ度:★★☆☆☆

どれくらいの人が興味があるのか分からないが、本作のあらすじ(ネタバレあり)は以下の通り。

引退した主人公(幕の内一歩)のかつてのライバルであり、世界戦を控えている千堂の後輩と日本チャンピオンの今井との一戦が前半部分だ。今井は一歩の後輩である板垣のライバルである。後半は一歩のかつてのライバルであり、世界戦を控えている間柴の世界タイトル前哨戦の1R が描かれる。意図して同じ文章を二度書いた。重要な部分が過去形で実際に戦っているのが脇役(の脇役)という華のない一冊だ。

いじめられっ子だった気の弱い少年である一歩のサクセスストーリー(諸説あるが基本は30巻くらいまで)として人気が出た本作だが、確かにライバルたちも人気があった。とはいえこれだけ長くなると過去の話になる。ここまで読んできた人なら全員思っていることだが、この先で一歩は現役復帰し、再び無敵の世界チャンピオンであるリカルド・マルチネスに挑むだろう。

とはいえ2018年5月に出版された121巻で一歩は引退しているので、4年近く主人公不在で話が流れているのだ。かつては一歩の試合の合間に脇役の試合が組まれていたが、今は別格扱いの鷹村も含めて全部サイドストーリーといっていいだろう。脇役もブレイク時代の貯金を全て使い果たすかのように隅から隅まで消費されていく。近年は、ジムの仲間を除けば、基本的に一歩と戦った人間しか登場していない。イメージとしてはループして縮んで行く感じだろうか。

今回は小粒感満載で、さすがに私も読むのに疲れてきた。130巻以上付き合っているとストーリーのリズムというか、オチのつけ方が分かってくる。今回は巻をまたぐ大勝負(前回の鷹村の世界戦)の間に配置される下品で笑えないギャグと全く必要性のない恋愛パートがほとんど無くなったのはいい。だが、一歩がいなければ傍観者視点になるのも仕方ない。もうそろそろこのフラストレーションを解消してくれてもいいのではないだろうか。一歩が復帰を決意するだけでいいのだ。頑なに現役復帰を拒む一歩は、ライバルたちの期待ではなく、読者を裏切りつつあることをそろそろ自覚してもいいと思う。

長い話なので200巻で完結したら「そんなパートもあったよね」と思うかもしれない。ちなみに2022年3月現在作者は56歳。仮想完結地点の200巻まであと66巻。頑張って年に3.5冊の単行本を出版するとして正確には18.8年の計算。作者はその時74歳になる。宮崎駿大先生が今81歳、故・水木しげる御大は91歳でも漫画を描いていたのでいけるかもという気はする。ちなみに本作のコミックスの原稿を190枚と仮定した場合、現在およそ25,460枚だ。今や伝説となった手塚治虫氏(享年60)の生涯の仕事量が一説には15万枚と言われているので、ますますいける気がしてきた。

今は暇なのでまだ書く。

先ほど主人公幕の内一歩が復帰すればそれで全部ハッピーなことを書いてしまったが、実は現役時代の後半はひどい試合ばかりだったのだ。ゾンビ戦法と揶揄される何度倒れても起き上がって強敵を倒すか、短いラウンドで雑魚を蹴散らすかのどちらかだった。私の記憶の中では名勝負と思えたのは、55巻の沢村戦までだ。その後、引退するまで前述の戦法で話を引っ張ってきた。挙句の果てに世界前哨戦に敗れて引退してしまう。悪い予感はもう20年以上続いていたというわけだ。

これも定説だが、この漫画が終わり時を失ったターニングポイントは、一歩の最大のライバルである宮田戦がよく分からない理由で流れたことだ。あしたのジョーで言えば力石とのリングでの再戦にあたる最大のイベントだったのだが、恐らく邪悪なフォースの力で一度は決まっていた試合が反故になり、二人は当然目標を失ってさ迷い始める。ここでプロットの大幅な方針転換があったのは間違いない。一歩が勝つにしても負けるにしても、バトル漫画である以上、それは最大のライバルでないといけないはずだ。いずれにせよ、宮田は「体格的に無理」なフェザー級に東洋チャンピオンとして留まっているし、一歩は現役時代以上の力をつけているにもかかわらずトレーナー業に本気だ。順番でいえば現役復帰してから、まずは宮田を倒して世界チャンピオンのリカルド戦をやるしかないのだ。それが逆でもいい。宮田がリカルドを倒して一歩と世界戦というのも納得できる。ただ、この二人を20年以上も飼い殺して脇役たちの活躍を見せられても熱くはなれないのだ。

かつて作者の森川ジョージは「この漫画は全員が主人公です」と語っていた。私は(多少の疑問はあっても)55巻まではその言葉に納得していた。そして今、ほとんどのファンが認めるように「この漫画は主人公以外が全員なのです」という状況に陥っていることをどう解釈すればいいのだろうか。確かに名作であり大好きな「あしたのジョー」でも、矢吹丈が力石を結果的に殺してしまった試合の後の放浪編は読むのが辛かった。完全復帰するまでの対戦相手にも不満はある。とはいえ20巻で鮮やかに真っ白な灰になって燃え尽きた。

宮田戦が流れた後は「あしたのジョー」をリスペクトしたと思われるパンチドランカー問題がストーリーの随所に出てくる。ところが、鷹村の網膜剥離疑惑と共に、最後はうやむやになってしまった。いや、パンチドランカーでないという描写は丹念に繰り返されている。結局のところ、私たち初期からのファンはいつまでも燃え尽きないジョーの幻想を一歩に見ているのかもしれない。リスペクトと言えば、世界チャンピオンがメキシコ人でクールで知的な男というのはジョーを破ったホセ・メンドーサを容易に想起させる。そんなことを今さら書いても仕方ないことはよく分かっている。

最近、アルコールと睡眠薬の同時服用で記憶を無くすようになった(公式に禁止されているので真似しないでください)。昨晩私は20本以上あったビールの空き缶を近くのコンビニに捨てに行っているのである。ところが全く覚えていない。薬理とは恐ろしいもので、それは確実に私を死に近づけているのだろう。「ビールの空き缶を捨てる」という「義務」を無意識に行っていたということは私が痴呆症になった場合、恐らく同じような行動をとるということだ。無意味に安心するような、不安になるようなふるまいだ。いまから、同じことをするのでそろそろこの取り止めの無い文章も終わりになる。さすがにその状態で書いた文章は自分でも再読できないほどひどい。作者の寿命より自分の寿命を心配すべきではないか。ちょっとホラーっぽい結論?

地震・戦争・疫病、不眠症や拒食症、虚無感・徒労感に劣等感、不安に疲労などの幸福とはいえない全てのものが私たちに必要ないと分かっているのに、なおも確固として存在するのはなぜだろうか。それを無くそうと、多くの人が頑張っているのにちゃんと存在している。とても悲しいことだ。とても悲しい。

一歩のように努力と才能で全てを克服したい。自分のパンチで世界を覆したい。壊したい。そんな幻想は十分見てきた。現実は宝くじのように期待に反比例するように大量のハズレばかりだ。ただ、生理的な欲求が全て満たされたとして、人間が幸福になれるかというとそうでもない。欲求が満たされるその直前が最大級の幸福であり、成就すれば見事に不幸に反転する。何かを得たい欲求こそが真実であり、成功の無為を認めた時点で不都合だ。

求めよ、しかし得るな。無駄にいいこと言った気がするが、いわゆる酔っ払いのたわ言だ。帰って来たヨッパライ、ハレルヤ、晴れるか、晴れないか。

(きうら)



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