- やっちまったな鈴木光司
- あらゆる意味で支離滅裂
- 素人考えでもありえない
- オススメ度:★☆☆☆☆
著者はいったい何を描きたかったのか? 量子物理学的な知識をひたすら打ち込んだ上、この世には並行世界があって、そこへは磁場の歪みで出来るワームホールで移動出来るのである! と、力説されても困る。
そもそもお話は人間の突然の失踪がスタートだったはずだ。あらゆる学問のジャンルに通暁している父の失踪を調べる主人公の冴子は、図らずも雑誌の企画で失踪事件を取り上げたことから、この事件を追うことになった。途中、失踪を扱うテレビ番組のディレクターとのロマンス(と言う不倫)、謎の霊能者の婆さんの登場などの横道はあるが、基本的に「なぜ、人は消えるのか?」という疑問を柱に進んでいく。
その答えが、ワームホールを通って過去の世界に移動しました……では無邪気すぎないか? 一応、もっともらしい量子世界の様子は解説されるが、そんなもの、誰も見てないんだから説得力が無いこと甚だしい。そもそも穴だらけの理論を無理くり失踪に結びつけたりするから、余計に嘘くさい。まだ、テレビから貞子が出てくる方が、不条理ゆえのリアリティがあった。
しかも、どうでもいいモブキャラ(失踪した家族の父親の弟)が、悪魔となって登場して謎解きとは何たることか。意外性というのは、それなりの妥当性があってこそのもので、これでは単に破綻では無いか。
物語の収束の仕方も酷くて、簡単に説明するとこうなる。
1.人が突然失踪した。大変だ。
2.たまたまそれを調べていた娘が調査。
3.不倫愛と霊能者登場、単に賑やかし
4.そうこうするうちに世界の原理が破綻
5.その証拠に円周率に規則性が現れた
6.人が大量失踪。ついでに星も消え始めた。大変だ、消滅は光より速いので今晩が山だ。
7.世界に穴が開いたり、地面が裂けたりするよ。
8.同性愛者の天才物理学者が颯爽と登場。
9.ワームホールに入れば助かるぜ!と解説。
10.物理学者たちが自分たちだけ助かるためにワームホールの出現場所に移動。人が集まってくると神になれないと怒り出す。
11.主人公の冴子はなぜか勘で別のワームホールへ。
12.何か悪魔がどうたらという話があって自分の父親が悪魔になって自分を守ってくれたと気づく(飛行機事故と引き換えにしたとかなんとか)
13.冴子がワームホールを通って自分に転生(ループ)
14.おしまい
オイ! 地球の危機はどうなったんだ。せめて天才物理学者たちがどうなったかくらい書いてくれ。何かワームホールを通ってマチュピチュに移動して殺されるとあったが、まさかの投げっぱなし。
投げっぱなしで言えば、
主人公の恋愛
霊能者の婆さんの存在意義
主人公の恩師の探偵の存在意義
世界の定理が崩れた理由
実はモンスターものにしようとしてたのに犯人はワームホール
しかも失踪者たちは進んでワームホールに入った=だから真相が分からなかった
最後だけいきなり出てくる悪魔
などがほったらかし。超展開は予想してたか、さすがにこれは酷い。そもそも、犯人を数学的仮定にするのは無理がある。無理があるから悪魔を出さざるを得なくなった。まだこれなら幽霊かモンスターか宇宙人でも出てきた方がマシだと思うくらい。
一つだけどうしても納得できないのは、この世界が出来た確率は限りなくゼロに近い、という風に述べているのに、簡単に並行世界があって、そこへ移ろうなどとすることだ。この本に沿って、世界が原子、中性子、陽子、電子などで出来てるとして、それが常に運動しているとする。そんな無限にある物体が無限のパターンをたどって出来ている現在が、コピーできているわけがない。過去というのはつまりこの微細な粒子の運動の軌跡なのであるから、それをゼロから百まで再現するなど不可能だ。いくら数学的・理論的に過去に戻れると言われても、この運動が不可逆的である限り絶対に過去へのタイムトラベルは不可能だと考えている。お話としては聞くが、中途半端に科学的に説明されても困る。
というわけで、なぜ人は存在するかというテーマも人間ドラマも失踪のサスペンスも全部散らかったまんまで、無理やりぶった切って終わった作品。風呂敷を広げられてもいない失敗作だと思う。ただ、唯一擁護する部分があるとすれば、このタイプの世界滅亡もので納得できる作品はほとんど無いので、難しいテーマだとは思う。大抵は笑えるのが救い。
まあ、笑えないほどまとまっていないのが本作なのだが。一応、キチンと定価で買って読んだので成仏して欲しい。南無三。
(きうら)