★★★☆☆

ゴドーを待ちながら(サミュエル・ベケット[作]、安堂信也・高橋康也[訳]/白水uブックス)

投稿日:2017年10月15日 更新日:

  • ゴドーを待ちながら、あれこれする二人組。
  • その二人に絡む変な人たち。
  • 原作だけではこの演劇の良さは分からない、かも。
  • おススメ度:★★★☆☆

先日の「アニメに出てくる本」でいうと、この『ゴドーを待ちながら』はアニメ『SHIROBAKO』に出てきました。といっても、本が出てきたのではなく、声優志望の登場人物が観に行った劇場(?)で、この作品が演じられていただけです。なお、この『ゴドー~』が出てきた第6話では、アニメ配信が権利上の都合により一時停止され、内容が変更されたようです。ネットなどでその顛末を見るに、どうやらセリフを変更したことが引っかかったようです。どうなんでしょう、この演劇においてセリフの一つ一つが重要なのでしょうか。訳者の「注」によると、テクストは色々なバージョンがあるようですが。

まあそれはおいとくとして、本書の内容ですが、一読した限り物語の筋は(一見)単純です。「エストラゴン」と「ヴラジーミル」という二人が、「ゴドー」という人物を待つうちに起こる出来事です。出来事といっても、何か特別なことが起こるわけではありません。「田舎道。一本の木。夕暮れ」という簡素な舞台設定です。私は演劇のことはよくわかりませんが、これは結構シンプルな設定でしょうか。その二人がウダウダ喋るところへ、「ポッチォ」と「ラッキー」という変な二人(?)が現れ、彼らはおかしなやり取りをしていきます。ゴドーからの伝言を預かった(預言者?にしては権威が感じられない)「男の子」も登場しますが、ほとんどの場面がこの4人で占められます。

ものすごい有名な作品なので、私は以前から作品のことは知っていて、実際に読む前は、二人の人物がゴドーを待ちながら、そのゴドーの人物像についてあれこれ(哲学的なことでも)語り合うという内容と思ったのですが、どうやら違うようです。もちろんゴドーを待っていることを折に触れて思い出すし、ゴドー待ちであることが二人を規定しているようなのですが、作品(セリフ回し)自体は、なんか掛け合い漫才を読んでいるようです。特に、ポッチォ、ラッキーという二人が出てきてから、コメディみたいにもなります。例えば、エストラゴンの「(悲しげに)そうだろう、おれがいないほうがおしっこの調子がいいんだ、おまえは。」というセリフは、実際に舞台で聞けばくすっと笑えるんじゃないでしょうか。ただ残念なのは、日本語訳なので、原文が持っていると思われるリズムが時々わからないことです。

訳者「解題」にも書かれてありますが、このゴドーとは「神」のことで、神なき時代にひたすら神を待ち続ける現代人の寓話として読めるということは、私も様々な書籍で知っていましたが、この解釈は訳者が言うように「陳腐」であるのは否めないでしょう。まあ、日本人なんかには関係ないことかもしれませんし。私は、読みながら二人が待っているのは「死」のことかなとも思いました。二人は首を吊ろうかと言ったりしますし、ヴラジーミルの「まもなく、すべては消え去り、われわれは再び孤独(「虚無」とする版もあるようだ――引用者)のまん中にとり残されるだろう」というセリフは、二人がそれぞれ別れた後の結果を読者(観客に)提示しているようです。しかし、この「死」という解釈もなんだかありきたりな感じはします。「首をつろう」というセリフは、ゴドーが来ない限りの話ですし。

これを読んで、私が実際に観客としてこの演劇を観ていると想定してみたら、文章からはそれほど伝わってこない演者の動きが見えてきました。登場人物は限られた範囲内で動き回ったり、歌ったり、踊ったりと結構めまぐるしいです。特に常に綱で繋がれているラッキーは、普段の束縛性を「視覚的に明示」しつつも、踊り、歌い、わめき、暴力をふるいと、解放的なものをも身に帯びています。彼ら4人が喋りながらドタバタなことをするのも、なんだかお笑いライブを見ているようです。訳者が言うような「身体性に貫かれた」この作品は、読む(黙読)というより、自ら演じながら声に出して読んでみるのがおもしろいかもしれません。詩を読むが、詩を詠むということであるように。まあ、作品だけ読むというのも邪道でしょうが。

ところで、私は、なんで二人はゴドーに直接会いにいかないんだろうと、ずっとそうおもいながら読んでいました。伝言役の男の子はゴドーに会ったことがあるというのに、なぜ二人はずっと待っているのでしょうか。二人は同じ場所に一日中とどまっているというわけでもないし、男の子が来るということはそんなに遠い場所にいるわけでもなし、なにか身分的に会いに行けない(犯罪者とか)と言明されているわけでもなさそうだし。まあ、こんな疑問はどうでもいいかもしれませんが、なぜ会いにいかないかということを考えたとき、彼らがしているのは「待つ」という行為そのものだと気付きました。ここからは作品とはなんの関係もないので読みとばしてくれていいですが、「待つ」という行為は、究極的には、外形的になにもしていないという「非-行為」ともいえるものです。もちろん何かを待つ人を客観的に見ると、私たちはその人がなにもしていないわけではなく、何か(誰か)を待っているのだろうことは容易に想像がつきます。それがたとえ待つ対象を本人が理解していなくともです。そうして「待つ」という非-行為的行為に意味が生まれます。待っているという形式に意味があるとするなら、この作品で二人が演じているのは、「待つ」ことの内容的表現です。(原題のニュアンスは知りませんが)「待ちながら」という、何か行動を起こしつつあるように読めるタイトルもそのことを表していると思いました。

本作は、特にこわいところはないですが、(訳者が「解題」で言うように)私などにこうしてあれこれ妄言を語らしめるところは、『ゴドー』のおそろしいところですね。

(成城比丘太郎)



ゴドーを待ちながら (白水Uブックス) [ サミュエル・ベケット ]

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