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★★★☆☆ 未分類

シュナの旅 (宮崎駿/アニメージュ文庫)

投稿日:2019年5月22日 更新日:

  • 初期・宮崎駿の絵物語
  • ナウシカ+もののけ姫の原点
  • 地味だが惹かれるものはある
  • おススメ度:★★★☆☆

若さとは変化を捉える感受性のことではないか、などと史上最長のGWを終えて腐っていた。何しろ仕事が始まったが、予想されたような絶望感が無く、ただ単に「疲れるか、疲れないか」程度の差しかなかったことにショックを受けた。若い頃は一度もなかった大型連休を中年になって満喫したにも関わらず、そこに喪失感がなく、ただ単に「終わった」というあさっりとした感慨があるだけ。なんだかなぁ、と思っていたところ、不意に本書の存在を思い出し、昭和のころに「立ち読み」したけど、内容は覚えていないのを思い出して、取り寄せてみた。若き日の宮崎駿のエネルギーにあやかろうとしたのかも知れない。

(あらすじ)未来か過去か分からならい世界。そこでは食料が満足に生産できておらず、緩慢な滅亡へと向かっていた。ある小国の王子シュナは、じゅうぶんな実をつける古の穀物の種の存在を知り、それを探す旅に出る。途中、奴隷として売り買いされそうになった姉妹を助ける。穀物があるという神人(しんじん)の土地に踏み入ったシュナの運命は……?

初版が1983年6月15日で「風の谷のナウシカ(漫画版)」が1982年2月から9月号に連載されていた記録があるので、時期的には映画版ナウシカ公開前1984年3月11日前年に書かれたもの。完全な漫画ではなく、フルカラーの挿絵に文字が載せられる絵物語風の作品で、今から考えると結構風変りだ。あとがきには「チベットの民話『犬になった王子』」が元になったと宮崎駿自身が語っている。同時に「アニメーション化が一つの夢だったのですが(中略)このような地味な企画は通るはずもありません」とネガティブに語っている。今でこそ怪物扱いされている著者であるが、当時は一介のアニメーターだったことを物語っている。

ご存知とは思うが、宮崎駿が興行的に安定するのは「魔女の宅急便」以降で、それまでの配給収入はナウシカ7.4億、ラピュタ11.6億、トトロ5.8億(!)というスコアで今からは想像もできない。(魔女の宅急便は21.5億/いずれもWikiより転載)、カリオストロの城など3.5億円(ちなみに配給収入は、製作会社の取り分。興行収入が入場料金の集計)。決して大失敗ではないが、現在の評価に値するような数字ではなかったに違いない。それは本人も何度も言及していて、カリオストロからナウシカまでは、特に映画監督としての失意の期間だったと認識している。

そんな気分を反映して、この作品はどことなく陰鬱で、全体のトーンが酷く沈んでいる。環境破壊(当時の社会問題)の末に滅んだ地球で、僅かな土地を奪い合う人間、その人間を化学合成して「神人」に再生する儀式、奴隷として売買される美しい姉妹など鬱屈した要素が満載だ。本屋で立ち読みしていた思春期だった私がスルーしたのも仕方ない。今なら、この気分は分かるのだが。

ただ、暗いからと言って面白くないわけではなく、今の宮崎作品にはない毒のある描写も相まってなかなか楽しめる。完成された画力は驚異的だ。絵コンテといってもいいかも知れない。不満があるとすれば、毒があるとはいえ中途半端で、奴隷の売り買いはされるが絵的にも文章的にもエロスに全く踏み込んでいない点だ。それはそれでいいのだが、設定的には不自然でもある。まあ、品格とも思うし、苦手な分野なのかなとも思う(宮崎駿が性的なシーンを直接的に描いたのは「風立ちぬ」の初夜(の直前)ぐらいしか記憶にない/漫画版「ナウシカ」で皇兄がナウシカを『裸にひんむいてやる』というシーンもあるが/湯家の設定やキキの扱いなど、形而下にはそういったイメージは多数潜んでいるとは思う)。

しかし、私も含め現代の読書が感じるのは、その後の作品との類似性だろう。特にメインの設定は。風の谷のナウシカの世界で、もののけ姫のアシタカが冒険するような感じで、どうしてもそちらに気を取られてしまう。以下、気が付いた類似点。

大地が腐っている……腐海の設定との類似性
シュナのデザイン……ほとんどナウシカのアスベル(フードの形もそっくり)。設定はまんま西洋風アシタカ
そのまんまヤックルが出てくる……もののけ姫とまったく同じ主従関係にある
奴隷の姉妹のデザインがナウシカ……髪型は違うがよく似てる
滅びかけた世界で旧世代の技術を切り売り……ナウシカのメーヴェなどの設定へつながる
神人の設定……巨神兵、ヒドラ、シシ神などの要素を感じる
途中の老人……ジゴ坊。二人の出会いは同じシーンがもののけ姫にも出てくる。
人買いの追っ手……トルメキア軍っぽい

こうしてみると、宮崎駿はやはりこの物語に並々ならぬ執着を持っていて、その後、何十年もかけてその設定をさらに映画向けに昇華させ「派手な企画」へと練り上げたのだろう。まあこの辺が凡百の人間と違うところで、普通、挫折したそのまんまの人生を送るのであるが、これだけ切り返したのだから、時代の方がついていけなかったのだろう。

てなわけで、この物語自体は今読んでも「地味」だとは思うが、何らかのクリエイターにとって(特にストーリーテラーにとって)自身の内側の世界を追求し続ける大事さが分かる。物語の骨格にどういうものを付随させれば、再生するのか。これは非常に興味深い点だ。

と、いうわけで、最初に書いたが変化への無感動化=老化であろうと思うので、何かの変化を(たとえ、朝起きたらどこかが必ず痛くても)起こしていこうと思う次第である。まあ、自分で何とかするしかないのは間違いない。

次はそろそろ怖い本を読もうと思ってます。うーむ。

(きうら)


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