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ミスター・メルセデス 上・下 (スティーヴン・キング・著/白石 朗・約/文春文庫)※ネタバレをさほど気にしない

投稿日:2023年8月12日 更新日:

  • キング初の推理小説という宣伝
  • 少なくとも推理小説ではないような
  • 現代的なテーマの心理戦
  • おススメ度:★★★☆☆

前回(ジョイランド)の紹介の時に、続けて読むと宣言した作品。宣言通りに読んだのだが、感想が4カ月後になってしまった。まあこの間色々あった。あったけど省略したい。

本作は、2015年のエドガー賞を受賞した。本賞はアメリカ探偵作家クラブが最も優れた長編推理小説に与えるらしい。これをしてホラーの帝王がついに「推理小説」でも頂点を極めた、と言うのが売り文句だった。私もそのつもりで読み始めたが、私の想像する推理小説とはイメージが違った。簡単に列挙すると、

・犯人が割と初期段階で判明する。
・推理するという要素があまりない。
・互いに手の内を見せた上での心理戦が長い。

要はいつものキングのサイコサスペンスとどう違うのか分からなかった。スーパーナチュラル要素がないから評価されたのだろうか?以下、非常に簡単な中身の要約である。

暗い霧雨の朝。仕事を求める人々の列に、何者かが駆る暴走車が突っ込んだ。多数の死傷者を残して車は走り去り、事件は未解決に終わった。そして今、退職刑事ホッジズのもとに犯人からの挑戦状が届く。「こいつをこの手で捕らえてやる」。決意したホッジズは、孤独な調査を開始する――(Amazonの紹介文の転載)。

ある朝、就職フェアを待つ求職者の集団に盗難車のメルセデスが突っ込んんで死人が多く出た。現代社会であってもこの犯人を容易に特定できていない。退職警官のホッジスは、メルセデスの持ち主の姉妹から個人的に犯人の特定を依頼される。一方、ミスター・メルセデスも現職時代に本事件を解決できなかったホッジスに異常に執着し、彼を追い詰めるような行動を起こす。

ホッジスとミスター・メルセデスという、白黒にはっきりと二分できる二人の愛憎が交錯する長いながい心理劇である。当時67歳前後だったと思われるキングは、現代のスマホ・監視カメラという問題をすり抜ける努力を行っているのは凄い。さらに現代の広域犯罪の温床になっている「SNOW」や「Snapchat」などの消える掲示板を予見させるような匿名SNSがキーになっている。ダークウェブと犯罪の関係は深いのでこの辺りに感心してしまった。

とはいえ、内容は大変シンプルである。警官を退職したことで自殺念慮に苛まれるホッジスは、腹の出たイケてない爺さんだ。大してミスター・メルセデスは底辺労働者ではあるが、見た目は爽やかな青年である。ただし、母親から静的虐待を受けているという設定がある。この二人が互いにその存在を憎悪し、ホッジスは逮捕を、メルセデスはホッジスの死を目的に、互いに攻撃を繰り返す。ほとんどが文章のやり取りであるので、小説的心理戦と言っていいのではないだろうか?

キング作品につきものの直接的な暴力・ファックなどの要素は十分に盛り込みつつ、最後までこの二人が対決する。ホッジスには依頼人の美人のジャネル、天才的な理系学生ジェロームなどの仲間がいる。ミスター・メルセデスは孤独だが、アルコール依存症の母親の存在は大きい。

現代的と思えるのは、ミスター・メルセデスが事実上の「無敵の人」であることだ。彼はクールな若者だが、性的虐待を受け、仕事も不安定で、自己肯定感が恐ろしく低い。失うものが何もないから、社会を憎悪し、なにか「大きいこと」を目論む。

最近、職場などで若い人に出会うと感じるのだが、権利意識はしっかりと持っているが、自己肯定感が低く、承認欲求が強い。自分たちが「特別」であることを知りつつ、それを信じきれない怯えた側面が見える。昭和にもこの手の「青臭いやつ」は多くいたが、良くも悪くも当時の社会とは暴力とパワハラに満ちていて、すぐに「自立」せざるを得なくなる。承認「される」のではなく、承認「させる」ようになるのだ。現在のコンプライアンス重視の社会は基本的に素晴らしいが、そのコンプライアンスが一種の教義となってしまい、息苦しさを感じるのも確かだ。

本作は最終的に「ミスター・メルセデス」の自爆攻撃にフォーカスされる。彼は若くて無邪気な女性を憎んでいる。その顛末はどうなるか。だいたい、予想通りに収まる。

総じて退屈することは少ないものの「推理もの」を期待すると肩透かしを食らうだろう。「いつものキング」が読みたければ満足出来るはずだ。ちなみに本作はドラマ化されており、検索するとそちらの方が先に引っかかる。

誰が刷り込んだのか知らないが「持ってるやつ、持ってないやつ」「代わりのきかない人物になれ」「ナンバーワンよりオンリーワン」など、まるで自分の人生に意味がないと生きていけないようなフレーズが溢れているが、違うと思う。これは私の人生観だが、生きていたら、ひょっとしたら意味があるかも知れない、程度のものなのだ。オンリーワンなど当たり前で、死ねば自分の人生(世界)は消える。そんなものにいちいち拘泥していては前に進めない。

ま、気楽に行こうぜ、と思う今日この頃だ。

(きうら)



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