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★★★☆☆

レキシントンの幽霊

投稿日:2019年5月13日 更新日:

  • 暗い印象を残す7つの短編集
  • 著者独特の文章を味わうタイプ
  • 落ちが不可思議だ
  • オススメ度:★★★☆☆

村上春樹が1990〜1996に断続的に書いた短編が改稿された上で一つにまとめられたもの。1996年12月に発刊されている。私は純粋な村上春樹のファンではないのだが、何かの拍子に彼の文章を読みたくなるときがある。今回はタイトルに「幽霊」が入っているので、古い本だが軽い気持ちで手に取った。ちなみに私には客観的に本の価値を評価する、という評論家的な資質はないので、あくまでも、ただの「読む人」としての感想だ。こういう一文を入れること自体、やはり著者には特殊な興味があるのだろう。ハルキストではないと思うが。

全体的には「死」のイメージが漂う短編の集まりだが、比較的リアリティのある設定のあるものもあれば、寓話的に語られるお話もある。長さも10ページくらいのものから40ページくらいのものまで様々だ。タイトルからイメージされるような怪談集というよりは、奇譚集という感じで、純粋に恐怖を煽るものではない。ただ、結構、嫌な感じで「くる」話もある。

では順に短い感想を。

「レキシントンの幽霊」
最初にわざわざ事実だと述べているので、村上春樹の体験談と思われる内容。アメリカに住んでいるとき、友人に留守番を頼まれ、その屋敷で幽霊らしきものに遭遇するという話だ。話の骨格だけで言えば、典型的な「古いお屋敷に幽霊が出る」というパターンで特筆すべきものは無い。ただ、その友人というのが変わり者。遺産持ちで優雅な生活をするオシャレな中年で、巨大な屋敷に住み、父親から受け継いだ膨大なジャズレコードのコレクションがある。それにピアノ調律士と暮らしているとあるが、その人間は男性らしい。ジャズのレコードというのが著者らしいが、話の落ちそのものは、その幽霊を悲しい友人の末路に被せてある。しかし何をどう受け止めるのかは読み手次第。独特の文体が無ければただのエッセイのようでもある。

「緑色の獣」
非常に短い話。人妻に惚れた緑の獣が土の中から這い出てくるが、すげなく袖にされるというエピソード。描写は痛いが、これも意味があるような、無いような話。敢えて言えば女性の残酷さの戯画のようである。

「沈黙」
今回の短編集では一番面白かった。物静かなボクサーの男性が、一度だけ人を殴った理由を告白する。テーマは「いじめ」であると思う。通り一遍のいじめ批判ではなく、一歩踏み込んで無関心の恐怖を描く。愛の反対は憎しみではなく無関心である、というようなことを思い出した。スリリングな男とその敵対者のやりとりに惹きつけられた。

「氷男」
反対に一番ピンと来なかった一篇。文字通り冷たい氷男と結婚した女性の不幸。指に霜がつくとあるので、何かの比喩かと思ったらそういう設定だった。個性的な結末なのだが、あまり得心できない。人でないものの悲しみだろうか。まあ、そういうものだと思って読めば、一種のホラーである。しかし、村上春樹は本質的に女性が嫌いなのではないか……。

「トニー滝谷」
これも氷男と同じく、女性によって不幸に陥る男のお話だ。なぜ、日本人なのにトニーという名前からなのかという所から始まり、親子二代にわたる数奇な運命が語られ、極め付けの不幸で終わる。ありそうでない、不思議な運命である。また大量のジャズレコードが出てくる。比較的長い話だ。

「七番目の男」
あるものを喪失した男がそれを取り戻すまでの道のりを語る。結構、怖い話である。この本はやはり喪失がテーマなのかもしれないと思う一編。ただ、ラストには救いがある。かなり直接的なホラー的イメージが印象に残った。あるものが何かを書くとほぼ、全編ネタバレになるのでここでは避ける。

「めくらやなぎと、眠る女」
耳の持病を持つ従兄弟に付き添う若い主人公。その間の二人のやりとりと、表題にある奇妙な空想をした友達の彼女とした会話の回想で揺れる。その空想はかなり死の香りがするもので、何も悪いことは起こらないが、何となく不穏な雰囲気が漂っている。そのイメージを楽しむという感じだ。「ねじまき鳥クロニクルにつながる」という著者のイントロダクションがあるので、けっこう構えて読んだが、あの長編に比べれば「軽い着想」という程度。この本の中ではそれほどオススメではない。

ちなみに今回、何をして村上春樹的かと言われるのかを考えながら読んでいたのだ。読み取った限りでは、分かりやすいがあまり使われない独自な比喩、明確な帰着点が見えないストーリーラインかなと思う。この短編集に限れば、素材はありふれていても、予想通りに話がまとまらないので、印象に残るのかなぁ。とはいえ、実験的な作品も多いのでそこまで勧めない。また古い作品であるので、気になる方は、他の方の感想も頼りに読むか否かを決められてはどうかな、というところ。

(きうら)



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