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ロード・オブ・ザ・リング ― スペシャル・エクステンデッド・エディション [DVD](ビーター・ジャクソン監督)

投稿日:2018年3月25日 更新日:

  • 今もって最高のファンタジーの映像化
  • 素晴らしくよくできた美術と演出
  • 真のファンタジーファンに
  • おススメ度:★★★★★

小説版の「指輪物語」は、以前にさわりを紹介しているが、今回改めて映画版を通して観た。公開当時も映画館で観ているし、DVDも購入しているのだが、娘が観たいというので軽い気持ちで、観てみた結果、最後まで観てしまった。率直に言って、娯楽作品としても良くできているし、文芸作品としての品格もある。さらに、小説のファンからしても納得できる映像に仕上がっている。ハリー・ポッターの映画を観たときは「動く挿絵」だと感じたのだが、このロード・オブ・ザ・リングはちゃんと映画単体として、完成された作品だ。

あらすじは非常にシンプル。悪の魔王(サウロン)が作った一つ指輪(悪の魔王の力が全て込められている)を葬るために、ホビットという「弱くて小さな」種族が、指輪が造られた悪の王国の火山(この場所でしか破壊できない)に向かう。その指輪は、世の中を征服する圧倒的な「悪の力」があるので、これを持つものはサウロンの代わりに悪の帝王となりうる。それを巡り、指輪を求める人間やエルフ、ドワーフといった種族が助け合ったり争ったりする。

よく言われるが指輪は人間の持つ破壊的要素の象徴だ。核兵器に例えてもいいし、誰もが持っている邪悪な心と思ってもいい。それを、自ら断ち切るというプロットである。これだけでは、何のことか分からないだろうが、例えば、それを持っているだけで世界の王に慣れる指輪があったとして、自分で捨てに行けるだろうか? という話である。もっと言えば、お金や富や権力といったものでもいい。つまり、我欲を捨てて平和を選べるかどうかという普遍的なテーマが、この話が、これほど長い間色あせない理由だ。

さて、映画に戻ると、小説のファンがほとんど納得できるほど、圧倒的に丁寧な映像化がなされている。ホビットの設定や、重要な登場人物である「灰色のガンダルフ」のイメージ、王の子孫であるアラゴルンなど、原作小説を何度も読み返した私にも違和感少ないキャストとして観ることができる。これは、監督のピーター・ジャクソンが原作を深く理解しているためで、お金のために映像化した駄作とは一線を画する。長大な小説なので、すべてを映像化できるわけではないが、実に愛情をこめてエピソードが取捨選択されており、これは原作を愛していないとできないことだ。

アクション映画としても、当時としては最高のCG技術が投入されていて、合戦シーンや指輪に捕らわれた「スメアゴル」の表現など、今でも目を見張るものがある。見せ場は随所に用意されていて、様々なシチュエーションで何重にも工夫を凝らしたシーンを見ることができる。とにかく長い原作を、退屈させないようにまとめた手腕は見事だ。

ただ、ファンタジーに対して、それほど興味のない方にとっては退屈なシーンもあるだろう。特に第1作「旅の仲間」は、後の二作に比べて地味なので、1作目で振り落とされる可能性もある。小説はさらに難易度が跳ね上がる。前にも書いたが、私も一度大学生の頃に読んで挫折している。ただ、その10年後、読み直して深入りした。エルフやドワーフといった言葉に抵抗があるなら、無理には勧められない。とにかく、すべて見ると9時間越えの映画だからだ。

また、上手に端折られているとはいえ、説明不足の部分もあり、原作を読んでいないと理解できないシーンもある。通常版では、悪に寝返った魔法使いであるサルマンがどうなったかも良く分からないし、アルウェン姫がなぜ、最後にファラミアと一緒にいるかもわからないだろう。その他、様々に粗もあるだろう。

ただ、2018年現在、これ以上にハイ・ファンタジーを正確に映像化した作品は私は知らない。異論はあるだろうが、現代のあらゆるファンタジーの原点ともいえる原作を、これほどまでに堂々と映像化したことは文句なく素晴らしい。ファンタジー映画は、当時の売れ線ではなく、当時、ピーター・ジャクソンは多額の資金をファンタジーに費やすことに相当苦労したと聞いたことがある。これ以前では、「ネバー・エンディングストーリー」や「ウィロー」「ラビリンス」などの映画があったが、何れも評価はされているものの、私から見れば物足りないものだった。この映画をもって、ようやく頭の中にあったファンタジーのイメージを動画で見られたという気分だった。

個人的には、この映画、というか、ロード・オブ・ザ・リングの真の魅力は、友情と博愛の尊さを描いているところだと思う。主人公であるフロドとその部下であり友であるサム、友人のピピンとメリー、さらにはガンダルフやドワーフのギムリ、エルフのレゴラス、王の子孫であるアラゴルン(馳夫!)、非業の死を遂げるボロミアの旅の仲間たちの友情には、何度も感動させられる。特に私が好きなのは、フロドと道を別つことになったアラゴルンが、さらわれたメリーとピピンの救助に向かうことを決意し、「人間とエルフ、ドワーフが結束した真の力を見せてやるぞ(意訳)」と言って、追跡を開始するシーン。どんなに窮地に陥っても仲間を信じ、力を合わせ、己の役割を全うしようとする意志の力は、本当に貴いものだ。この力がある限り、我々は日々の苦難を乗り越えられるのではないかと、信じさせてくれる。真に善なる真意が込められた、屈指のエピソードだ。

もちろん、白人至上主義的であるといった批判や、原作の「詠み難さ」も承知はしている。しかし、この現代に生きている以上、一度は読んで(観て)はいいと思える物語であることは間違いない。この世の中は存在するに値するか否か? そんな根源的テーマを、美しく高潔な語り口で問いかけてくれる。

と、いう訳で、またもや原作を読み始めてみた。トム・ボンバディルなど、映画でカットされた登場人物には会えるだろう。また、ストライダーやさすらい人ではない「馳夫」に会えるのも魅力だ。当時はダサいと思った日本語訳もこれ以上ないくらい愛情に満ち溢れている。オークに反応して光る名刀スディングが「つらぬき丸」とされているなど、翻訳の苦労が良く分かる。

このまま、何千字でも語り続けたいが、今日はこの辺で。ホラーではないが、恐怖の本質も描かれている。結構、ストレートに残酷なシーンもあるので、子供さんと観る時はご注意を。あと、アルウェンのキスシーンはさすがにちょっと照れ臭い……。

最後に、完結編である王の帰還のラスト近く「礼を言うのは私の方だ」というシーンが最高に素晴らしい。観てない方は何のことか分からないだろうが、本当に感動的だ。このシーンのために、長い映画を(もしも退屈だと思う時があっても)見続けて欲しいと思う。偉大なことを成す者が弱き「ホビット」であるということを示し、無力な我々に真の勇気を示してくれるシーンである。明日もこの先の見えない細い道を、フロドのように歩もうと、柄になく思う。

(きうら)

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