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★★★★☆

世界の終わりの天文台(リリー・ブルックス=ダルトン〔著〕佐田千織〔訳〕/東京創元社)

投稿日:2018年2月4日 更新日:

  • 世界は終末をむかえたらしいが、はっきりしない
  • 地上の老人と、宇宙船内部の状況を交互に描く
  • アイリスという少女は何者なのか
  • おススメ度:★★★★☆

【あらすじ】
北極圏にある天文台に、研究者として就任していたオーガスティン(78歳)。彼は、天文台の外の世界で「なに壊滅的な出来事が進行中」ということを聞きます。仲間の研究者たちが避難するのをよそに、彼はただ独り、もう二度と迎えに来ないであろう輸送機を見送ったのでした。そうして孤独になった彼のもとに、ふと現れたのが、一人の少女アイリスでした。その時にはもう、外部への連絡には応答はなく、この極限に生きる二人は、地球上にのこる人間になったかのようです。一方、木星の探査を終えた宇宙船「<アイテル>」には、もう一人の主人公であるサリーを含む、6人の乗員がいました。彼らもまた、オーガスティンと同じように、地球との連絡途絶という状況にあっていました。不安と混乱に見舞われた乗組員は、地球への帰還するのですが。

【地上でのこと。アイリスとは何者なのか】
オーガスティンは、天文台で見つけたアイリスを保護させるべく近くの軍地基地へ連絡しますが、全く何の応答もありません。そうして、何らかの世界の終わりを感じたオーガスティンは、自分の人生の終わりをもしずかに悟ったようです。天文台の周りは粉雪が吹きすさぶツンドラの世界で、より一層孤独感は増します。この辺りは好きですねぇ。

さて、自分の孤独を破ったアイリスに怒りを覚えるオーガスティンでしたが、やがて二人だけの生活に移っていきます。そもそもこのアイリスとは何者なんでしょうか。これがまずひとつの読みどころです。彼女はまず、あまり喋りませんし、何を考えているのかも書かれません。ただ、オーガスティンと出向いたツンドラの世界で出会った動物たちに興味を持っているようです。オーガスティンは、そうしたアイリスと付き合ううちに、自らが今まで色んなこと(宇宙以外の自然のこと)を見逃して生きていたことを反省するのです。

読みはじめてから最初の頃は、このアイリスは本当に生きている存在なのか、もしかしたらオーガスティンの妄想が生みだしたものなのではないかとか、いろいろ考えながら読んでいました。しかし、孤独を選んだ老人がそのような幻覚を望む(?)とも思えません。そうするうちに、物語が、天文台から別の場所へ移るにつれて、だんだんアイリスが誰なのか、分かってきます。真相が明確に示されるわけではないですが、ある予感を持って読むことで、ラストに待っている、とある人物の一言に少し感動するかもしれません。この感動というのは、朝露にぬれたトマトからこぼれ落ちる滴が干からびた蛙を潤すような感じで、私の胸をうちました。

【探査船でのこと。サリーを中心に】
木星の探査を終え、地球へ帰還しようと出発した宇宙船「<アイテル>」では、以前から何の応答もなくなった地球のことで、乗組員に多少の混乱と大きな不安が襲っていました。乗員の一人であるサリーを中心に話は進みます。こちらは、オーガスティンのいる地上とは違い、無機質な(?)船内のことなのでそれほどの派手さはありません。しかし、6人もの人間がいるので、その分の関係性が強く描かれます。

オーガスティンがそうでしたが、サリーも、十分に内省の時間がある船内において、自らの過去のことを振り返っていきます。自分の母のこと、地球に置いてきた娘(と夫)のことなど。そして、その他の乗組員の人生が、サリーという目を通して有機的に描かれるのです。登場人物の多くはみな、世界の終りを漠然と覚悟しながら、過ぎ去ったことを思い出します。宇宙船という閉ざされた空間が、そのことをより強く自覚させるのでしょうか。やがて一行は、地球にのこるオーガスティンと交信できるようになったという少しの希望を持ちつつも、彼以外の人類(文明)のことは分からないという状況に直面します。そうして、最後に彼らが出した結論が、心を揺さぶります。

【まとめ】
一応オーガスティンとアイリスの関係は、あるひとつの結び目へと終着するのですが、それもいくつかある解釈のひとつかもしれません。もしかしたら、オーガスティンとアイリスはサリーが生みだした妄想かもしれないのです。しかしそうすると、矛盾が出てくるんですが。物語そのものも、文字通り宙吊りになったように終わって、世界の終わりとはなんだったのかもよく分かりません。ただ、すべてが終わったかもしれないという登場人物の心理が、失った日々のことを思い出させ、それらがいかに大事であったのかを思い知らせるという効果はあるようです。カバーに「きょうで世界が終わるなら、あなたは誰と過ごしたい?」とありますが、世界の滅亡にあたって最後の人になるより最初の人になる、そういう人に私はなりたい。ちなみに私はこの作品を読んでいる間ずっとBill
Evansの『Eloquence』というアルバムを聴いていました何の関係もないですが。

(成城比丘太郎)



世界の終わりの天文台 (創元海外SF叢書) [ リリー・ブルックス=ダルトン ]

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