★★★☆☆

出口のない海(横山秀夫/講談社文庫)

投稿日:2019年1月11日 更新日:

  • 人間魚雷の乗組員の半生
  • 戦争×野球という珍しい組み合わせ
  • 娯楽作品として読めば楽しい。メッセージ性は弱い。
  • おススメ度:★★★☆☆

第二次世界大戦時、人間魚雷こと特攻兵器「回天」の乗組員がいかにして自ら志願し、死に至ったかを語る物語。主人公は甲子園の優勝投手で、大学リーグに所属している並木浩二。しかし、物語の開始時点で肩を壊し「鶴の舞」と呼ばれた華麗な投球フォームを失っている。彼は自由と野球を愛するとびきりの好青年。見目も整っていて、女性にもモテる(!)し、仲間にも愛されている。女房役の剛原力には「魔球を完成させる!」と目を輝かせて語る。そんな完全無欠の青年がいかにして、人間魚雷の搭乗員になって散ったか、それが丁寧に描かれている。

人間魚雷や特攻兵器を語る場合「こんなにも愚かな行為が戦争のせいで行われた」というスタンスと「これほど愚かな兵器にも自ら志願し国を守るために戦った誇り高い日本人がいた」というスタンスに大きく二分されると思う(もちろんその真ん中を選ぶお話もある)。本作は完全に前者である。あまり左右の話はしたくないのだが、巻末に映画監督の山田洋次が脚本を引き受けたと書いているので、読む人が読めばこの時点で内容は想像がつく(映画は未見)。なので、バリバリの戦記物を期待されると肩透かしを食らうので、ご注意を。

お話は大きく野球編、士官学校編、回天編と呼べるような構成になっていてその前後に老人となった剛原と北(オリンピックを目指した陸上選手で、並木の同級生・上官。ニヒルなキャラ)の挿話がプロローグとエピローグにある。私はてっきりこの二人の昔語りで話が進むと思っていたが、あくまでも脇役だった。ほとんどは並木の視点で、野球から戦争、特攻兵器の乗組員としての生活、恋愛、苦悩について描かれる。

私は著者の本を何冊も読んでいるが、語弊を承知で言うなら、娯楽作品に文学的な深みを持たせられる優秀な作家だと思っている。単なるお話を超えて作者の伝えたいことがよく分かるのだ。本作も回天の調査は精密に行われているし、筆力も十分。しかし、残念ながら味付けが物凄く甘いのである。少々ロマンティック過ぎないか。もちろん、後半の回天の描写などは鬼気迫るものがある。ただ、全編通して悪人がいない。形式的に鬼教官は出てくるが、人格があるのは善人ばかり。せっかくの題材だが、本当の戦争の闇は感じなかった。

前半の野球のシーンなどはそれが顕著で、ちょっと恥ずかしいくらいの青春物語である。それはいいのだが、後半に差し掛かっても、並木は好青年のまま。結局、彼は一度も人間の道を踏み外さないヒーローだ。別に血みどろの描写や精神的な破壊が必要とは思わないが、一度も彼岸に渡らないまま、理想に殉じる姿は、反戦の意図と反して一種の英雄譚になってないだろうか。話の核はやはり回天の無意味さと、それを生み出した戦争、それに乗らざるを得ない人間たちの葛藤、引いては平和への祈りだと思う。前半の無邪気な野球シーンからはそう読んだ。もし「英霊賛美」をテーマにこの小説を書いたのなら、凄い力量だと思うのだが考え過ぎかも知れない。

ただ、矛盾するようだが、回天に乗ってからの展開は読み応えがある。二転三転する展開は先が読めない。最初から結論有りきでこのハラハラ感を出せるのはさすがだ。純粋に小説的に優れていると思う。またこれも自己撞着があるが、皮肉ではなく非常に綺麗な戦争小説だと思う。暴力や恋愛はあるにせよ、全てが美しく描かれている。

個人的には第二次世界大戦も遠くなった。私の亡くなった祖母は三重の山深い田舎で畑仕事をしていたら、爆撃帰りのアメリカ軍に遊び半分で機銃掃射されたらしい。小学生当時、その話を聞いてから、空に飛行機を見ると不安になった。命中していたら私は今この文を書いてないところだった。私は単純な平和賛美者ではないが、戦争は必然から始まり、やがて不合理の彼方に行き着くので嫌いだ。不合理は無駄の集合だし、疲れる。

ま、そんなことはここで述べても仕方ない。とりあえず、本書は小説的には良く出来ているので、お勧めしたい。

そして純粋に回天に人を乗せて発射させる国に戻ってなくて良かった。またそこまで追い込む側になってないことも幸せだ(2019年1月時点)。でも、憎しみに溢れたインターネットを見てると、また底が抜けるのでは無いかと、ふと、不安になる……現実は怖いな。

(きうら)



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