★★★★☆

原民喜(梯久美子/岩波新書)~読書メモ(012)

投稿日:2018年8月18日 更新日:

  • 読書メモ(12)
  • 原民喜の「死と愛と孤独の肖像」
  • 様々な「死」に囲繞された人生
  • おススメ度:★★★★☆

原民喜は1905年生まれということで、私の曾祖母と同年生まれ(ちなみに曾祖母は10年前に他界)なのですが、彼は比較的若くして自死したため、ずいぶん昔の人のように思えてしまいます。『夏の花』の一篇が有名なので、原爆文学者として認知されているのかもしれません。被爆後の苦しく孤独な生活ののちに鉄道自殺を遂げたせいで、その被爆が与えた影響が大きいと思っていたのですが、本書を読むと、それ以前から死の観念を抱いていたようです。確かに戦前に発表されたものを読むと、何らかの形で「死」が出てきます。本書は、「死と災厄の予感に絶えずつきまとわれ」た原民喜が、どのようにして自死に至らざるをえなかったのかを中心に、幼少期からの彼の人生を段階的に追っていきます。
ところで、日本の文学者で鉄道自殺を遂げたのは、原の他に久坂葉子くらいしか知りません。というか、目撃者があるなかで自殺したのもこの二人くらいでしょうか(三島由紀夫は除く)。

原の中学時代の友人によると、原が声を発するのを聞いたものはほとんどいなかったそうです。著者は原のことを、今なら「コミュニケーション障害」(『毎日新聞』インタビュー)のようなものといっているのですが、本書を読む限りではとうてい「コミュ障」どころのレベルではないような気もします。ろくに人に挨拶もできない、誰かとふたりきりになっても何も話さない、などなど現在ならなんらかの精神疾患を疑うところでしょうが、彼の作品を読むと何の破たんも感じられない。というか、まともです。最期はきちんとした遺書を世話になった人物に送っているわけですし。まあ、人づきあいに関して相当のレベルで不器用だったのでしょう。

原民喜は様々な「死」にとり囲まれ、自身も人命を脅かすものを極度におそれたそうです。その彼に最初に衝撃を与えた「死」が父の死だったそうです。庇護者であった父、自身の「分身」とも見ていた父の死により、それまでのあたたかい家のイメージが消え失せ、暗く沈んだかんじになります。中学時代のこの出来事により、彼の「コミュ障」的性格が前面に出たようです。そして、次姉の死もあって、この姉から聞いていた「この世のほかにもっとはるかな場所がある」という彼岸志向が彼に根づくことになるようです。親しい人(死者)がいる場所への希求が、後に、「妻の死」によってゆるぎないものになったのでしょうか。そうすると、彼の晩年は文字通り意識的な晩年だったのでしょう。

自殺した文学者に関しては、どうしてもその死から逆算して、死への志向が生前からその者に根ざしていたという論理になりがちです。まあ、(自らの)死のことを考えない文学者にろくなものはいませんが(偏見)。では原民喜の場合はどうなのでしょう。本書に「彼の死は周到に準備されたもの」とあるように、戦後(妻の死後)の彼には、もうそのようにしか思えないものがあります。しかし、そういう心理状況にある本人にとっては、死までの起伏に満ちた生活を簡単にまとめることなどできないのではないでしょうか。『蠅』という作品で、「浮世のすべてが陰惨なかげ」でおおわれ、「人の一生は悪夢か」という心情を吐露しています。自身の生命が人間の生そのものへとむきだしにされ、それが原をおぼえさせ、やがて生への忌避が死へと顛倒するとして、そのことを訳知り顔で語ることは不遜なのではないでしょうか。というか、自死までの過程をすんなりと書くことには論点先取的な見誤りがあるようにも思えます。また、遠藤周作が原の死に際して「きれいな死」といった意味が、なんだか複雑にも思えます。

電車や轢死への異様なまでのおそれを抱いていた原が、なぜ鉄道自殺したのか。ただたんに酒で酔っ払っていただけからなのか。よく知りませんが、轢死とは溺死者よりかは「きれい」だそうです。それは遠藤周作のいった「きれい」とは全く関係ないのですが、原がおそれた「生」そのものと彼とを断絶する巨大なものとして、なんだか鉄道は象徴的のようにも思えます。ちなみに、鉄道ではなく、(無理)心中的に川で溺死した(させられた?)感のある太宰治とは色々対照的な気がします。それにしても、原の葬儀に列席した文学者たちや関係者が、原の自裁死に関してどちらかといえば肯定的なのはなぜでしょうか。やはり、生きている時から原には「生」の重みに耐えかねているような、そういう苦しみしか見えなかったのでしょうか。これも太宰とは対照的なような気もします。

本書で一番驚いたのが、原の「自閉とデカダンスのせめぎあい」という青年時代に、彼が左翼運動にそれなりに深く関わっていたことでしょう。原がこの時のことを語ったり書いたりしたことはなく、仲間内でもなぜ原がコミュニケーション能力を必要とするオルグ活動を出来たのか不思議に思っていたようです。原が左翼活動に加担したのは、新興成金である実家ゆえの後ろめたさだそうです。これは、実家が資産家だった太宰とも同様です。おそらくそれほどの活動は何もしていないのに自身の関与ぶりを吹聴した太宰と、何も語らない原とは、ここでも対照的です。

あまりにも有名な『夏の花』のことに関しては私が書くまでもないでしょう。妻の死(1944年)まで穏やかな幸せと戦争への不安を過ぎ、広島に戻った彼が原爆投下に遭い、なぜ今までの現実逃避的な視線をやめて、広島の惨状を淡々と書けたのか。そのことは本書を読めばわかりますが、彼のなかには、自身の繊細さと、文学者・表現者としての理性(矜持)と、死者たちに対する謙虚さがあったのです。人とうまくコミュニケーションをとれないからこそ、原の内面には深くモノを考えものをみつめる能力が備わっていたのでしょう。過去の死者(父や妻など)にとどまり、かなしみの中にあって、声高ではないものの、純粋さの強さでもって作品に自身の声をおとしこんだといえるのでしょうか。だからこそ、原に惹かれる人が大勢いたのでしょう。

今まで詳しくは知らなかった原民喜の生涯を一通り見渡せました。原の私小説的作品群と周辺資料を用いて、原民喜という人物を詰め込んだ本でした。

(成城比丘太郎)


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