特になし

小論・障碍者は社会に不必要なのか?

投稿日:2019年9月6日 更新日:

  • 物書きのざれごと
  • この論説は不愉快かもしれません
  • 賢い人へのお願い
  • おススメ度:特になし

少し前、「相模原障害者施設殺傷事件」の犯人が、直接このままではないが、Wikipediaにもあるように「自分はおおまかに『お金と時間』こそが幸せだ、と考えている。重度・重複障害者を育てることは莫大なお金・時間を失うことにつながる」という趣旨の発言を聞いて、強く引っかかるものを感じていた。それはこの発言が差別的だからという理由ではない。むしろその言葉に共感する何かが社会に沈殿しているように感じたからだ。しかし、この時点では、ただぼんやりとした疑問だけだった。

また最近、Twitterを読んでいると、この間(2019)の韓国の行動を批判するツイートが山ほど発信され、それに同調する多数の人間を見、自分の親族も同様に感じていることに気が付いた。多かれ少なかれ「けしからん」と思っている人が多いようで、私も理屈ではそう感じる。ただ、ここにも曖昧な違和感だけが残っていて、果たして、本当に白黒つけていいのだろうかと、不安になった。

少し前、ネットで稼いだ社長が、自分にリツイートしてくれたら金を配ると言って話題になった。何の見識もない人間がメディアいっぱいを使って罵詈雑言を撒き散らしているのも見た。テレビをつけると、どこの飯がうまかったか、どの芸能人が嫌われているか(あるいは好かれているか)、どこそこに旅したらこんな風呂があったとか、見た瞬間に忘れるようなことを、あるいは、何の責任もない人間が、ただ、対立する政治的発言を煽り立てて面白おかしく語っていた。筋書き通りの出来レース。事実は小説より奇なり、ではなかったのか。いつから現実はこんなに陳腐になってしまったのだ。

先日、芸術を志す年の離れた友人と語り合った。そこにはお金もないし、時間もないし、何一つ確実なものはなかった。最後には「お金もないのに」その飲み屋にいくばくかのお金、はっきり言ってしまえば、日本で一番コピーされている見慣れた紙切れを渡してきただけだ。ただ、それは私にとっては幸せそのもので、お金も時間も失ったが、何よりも満ち足りた。

さあ、くだんの犯人はこの矛盾をどう説明してくれる? 私は幸せなのか不幸なのか、そもそもその判断を下すことが「正しい」ことだと、どのように納得させてくれる? いま睡眠薬を飲んでいない私は、このままいけば48時間は起き続け、やがて倒れるだろう。でも、それを覚悟で書いている。わたしは立派な障害者では(事実、不眠症・双極性乖離障害者だ)? じゃあ、この幸福感をどう解釈する?

私は思うのだ。この犯人は、たぶん「愛」に溢れているのだと。また非常に「理性」的で賢いのだと。自分が狭い現実を生きている人々を凌駕していると思い込んでいるに違いない。そして、それを受け入れてくれない社会を恨んでいるに違いない。どうして、この「愛」が届かないのかと。同時に、他国を非難する人々、メキシコに壁を作る大統領、中立条約を破棄して攻め入った国の後継者の見識、みな、愛に溢れている。誰かを守りたい。何かを守りたい。もっと得たい。もっと大きくなりたい。

そんなことを考えていて、ふと気が付いた。そもそも「愛」と呼ばれる感情を持ち出して、人間を語ることが間違っているではないかということ。勇気や正義、また、臆病や悪、それも同義だ。もちろん、お金、国家、法律、幸福、安心感、未来、夢、希望、そういったものも人間全体を語るには不適切ではないのかと。恐らくこのことは、多数の先達が述べているはずだ。だが、書かずにはいられない。我々は人間だ。生物であり、日本人であり、社会人でもあるが、根本は人間だ。人間という生物ではない。生物の中の人間なのである。

恐らく何を言いたいのか、分からない方も多いと思うので、もう少し補足したい。

私は、日本人として、いや、生活者としての博愛や理性を否定しているのではない。それは必要なことだと思う。その視点で見れば、この殺人者も放火魔も断罪されねばならない。だが、そうではないのだ。そういう視点で見てしまうから、本質を見失ってしまう。つまり、我々の大多数が正しいとする感情や慣習で人間を計っていては、いつまで経っても対立軸は埋まらない。そりゃそうだろう。互いに立脚する軸が違うのにどうして客観的にその愛を(悪を)肯定(否定)できるだろう。法律や憲法もそうだ。あれは最低限のルールであって、大変重要なものだが、絶対的な物差しにはならない。

では、どうすればいいのか。極論するが、私は本人にとって、また社会にとって「今」有用であるかどうかという尺度を捨てろと言いたい。いま、役に立っているもの、いま、重要なひと、いま、大好きな人、いま、大事な法律、いま、尊敬できる人物、いま、手のひらで世界を覗くアイテム。そんなもの、二階の窓から捨ててしまえ。

人間は、実に多様である。誰でも知っているように、人間は男女が性交して、子孫を生み、その系列をつないでここまで来た。そして、なぜか似た二人合わさっても、その特性がそのまま受け継がれないようなシステム(DNA)になっている。強者が絶対であれば――長所だけが遺伝するのであれば、何十万年も経っているのだから、淘汰され切って、今は似た人間ばかりになっているはずだ。ところが現実は逆で、多種多様な人間が生まれている。思わず拝みたくなるような聖人から、億単位で人を殺す人間まで、実に幅広い。異常な天才もいれば、生れ落ちてすぐに落命する人もいる。一生、意識を持たない人もいる。なぜだ?

答えは簡単で、生物の中の人間というシステムがその「ブレ幅」を生存原理として採用しているからだ。この幅広さは、もともと人間が内在しているものなのだ。わざとこの振れ幅を大きくとることで、単体哺乳類としては他者を圧倒したということ。その揺れ動く存在の象徴が、人間の持つ脳そのもので、これが行きつ戻りつしながら、常に生存の可能性を探っている。人体の構造もそうだ。ウイルスや細菌に対する抵抗力は、この大きな振れ幅が、吸収してくれる。たとえ今日の強者が倒されても、別の方向から立ち向かう人間が現れる。人間を攻撃するものにとっては悪夢のような現実だろう。

「これほどの多彩な戦略を駆使されては太刀打ちできない」

もちろん、あらゆるものに表裏があるようにこの戦略にも穴がある。それは限度を超えて激しくブレると、自らを滅ぼそうとする個体を生み出してしまうことだ。時には、それは一つの国となって、恐ろしい数の人間を殺す。でも、この戦略で人間は勝ってきた。ペストも天然痘もはしかも風疹も捻じ伏せてきた。エイズや癌さえも操ろうとしている。でかい戦争もやったし、原爆もぶっ放したが、滅亡なんてしていない。今も自分たちの住む環境そのものを吹き飛ばす兵器に満ち溢れている。いつでも使える状態で。いや、各地で銃を撃ちまくっているではないか。爆弾は炸裂させ放題ではないか。平凡な人間がガソリン一つで、何かを覆せると勘違いしてしまうような幻想を抱いているではないか。危ない。とても、危ないと思う。

そうだ。70億もの勢力を誇る人間は、今勝って勝って、勝ちまくって、少々、奢っているんじゃないだろうか。そうだよ、トランプ。そうだよ、阿部。志位も文もプーチンも習近平も何か勘違いしてないか。君たちの仕事は「強いものをより強く」することではなく、せっかく手にしたこの最強のシステムを守ることじゃないのか。ただ対立軸を攻撃するだけじゃだめだ。この文章を書いているWindowsやiOS、androidとまったく一緒。その見地で見れば、君たちはバクで、巨大な脆弱性だよ。大変だ。今すぐ、アップデートしろ。しばらくお待ちください。いま、更新しています。すぐに終わります。もちろん、私も入れてくれ。この眠れない「障害」をKB8060xxx何とかのパッチを充てて今すぐ直してくれ。でも、答えはわかっている。「次回のアップデートで改善されます」。それはいつの事なんだよ。もしかして、死ぬまで直らないんじゃないか。

別の話をする。例えば、重度障碍者、あるいは難病患者がいて、それを献身的に介護し、治療する医者がいたとする。その医者は将来、IPS細胞を発見し、多数の人間を救う力を持っている。でも、今は一介の医者だ。一方、看護される患者は、口さえも利けない。涎と糞便を垂らして、昏睡しているだけかもしれない。しかし、次の年、人類を滅亡させるウイルスが発生した。ほとんどの人が死に絶えそうだ。医者もそれに含まれる。だが、もし、その患者がウイルスへの抗体をもっていたら? 知らずに医者にその抗体を伝えていたらどうする? 医者がその患者にうつされたちょっとした風邪が稀有な抗体を生んでいたら?
医者にはもっと奇麗で自由な時間がたっぷりある生活を選択することも可能だった。なぜなら、彼の家には何十億円もの資産があるからだ。でも、彼は看護を、医者を選んだ。ウイルスはやはり発生した。その結果どうなっただろう。

例えば、老人性痴呆症で、暴力をふるって暴れまわる老人が介護施設にいた。歯をむき出し、裸で駆け回り、物を壊し、介護士に噛みつく。その老人はお金もなければ人望もない。なぜなら、老人は14歳の時に17人の女性をレイプし、そのうち4人を殺害した。その後も、あくどい商売で何人も自殺させた。その刑期を終えた途端に、脳が正常に機能しなくなった。それでも、介護士は老人を看護する。冒頭の犯人が言いたいのはこんな状況だろう。ばからしい、やっていられるか。世の中にはもっと善人がいる。その人に貴重で限られたリソースを割くべきだ、と。

だが、介護士には当然家族がいる。幼い子供もいた。子供は成長するにつれ、親の仕事を知る。そして考える。何が重要なことなのかと。親のやっていることは無意味だとしたら、それによって成長した自分は何なのだろうと。無意味ではないのか。そんなわけはない。しかし、無心に働く行動を見て、そこにある側面を見出す。「そうだ。確かに世界は矛盾だらけだ。だが、ひょっとしたら、私の親のような人間が増えれば、14歳の殺人鬼を増やさない環境に改善できるのではないか。少なくとも『私はそう思う』」。その子供は長じて政治家になった。そして、消費税のような多様性を減じるようなシステムではなく、もっと有用なシステムを考え出した。その結果「幸せ」を感じる国民の割合が3割増えた。少々話を盛りすぎ?

その通り。彼らがどんなに努力しても、病気で死ぬ人はいるし、犯罪者も生まれる。戦争も起こるだろう。それが事実だ。だが、いま、この社会は少しばかりブレーキをかける必要があるんじゃないだろうか。何も今起こっているバグが他人事だからと言って、それを煽る必要があるだろうか。Mac信者はWindowsはバクだらけだと嘲笑する。WindowsユーザーはMacを気取った見た目の役立たずだと非難する。もちろん、それでシステムの不具合は直らない。お互い不具合を抱えたままだ。そう、守らなければならないのは、チンケな愛や欲望、金や信条ではなく、人間というシステムだ。車を後ろから煽ったり、ネットに悪口を書き込んだりしても、システムのバグは悪化する一方だ。Windowsが壊れるとどうなるか? ブルーバックエラー。システム管理者に相談してください。でも、システム管理者なんていない。それは自分自身だから。

ここまで読んでくれた方はありがとう。私は何も「人類の多様性」讃美者ではない。殺人鬼は憎いし、病気も怖い。お金も欲しいし、美人と恋愛もしたい。でも、それとこれとは話は別だ。大枠でこの生存システムを理解していないと、とんでもない「正義の行動」を取ってしまうんじゃないかと言いたいだけだ。

最後に。

私は神を信じないので、私よりずっと賢い「人間」にお願いしたいのです。こんな馬鹿者がこんなバカなことを書かなくてもいいように、この人間という「愛すべきシステム」をぜひ、メンテナンスして下さい。もっと簡単に、もっと多くの人が、もっと幸せになれるプログラムがある気がしてならないのです。私にはそのコードを書く能力はありませんが、きっと、それを成し遂げてくれる人がいると信じています。もちろん、私もできる範囲で挑んでみます。ただ、これまでは失敗ばかりです、残念ながら。

でも、やっぱり思うんです。何か、とても小さなこと、例えば今、頭に思い浮かんだ悪口を一回減らすとか、そんな何でもない行動で、とても悲しいことが一つでも少なくなるんじゃないかと。そんな気が今もしています。

(きうら)


-特になし
-,

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連記事

2010年代アニメまとめ(4)

「2012年アニメ」を中心に ホラーアニメについて クレイジーアニメとショートアニメ おススメ度:特になし 【ホラーアニメについて】 綾辻行人原作の『Another(アナザー)』(角川スニーカー文庫) …

お知らせと病魔3件

わが泣くを少女等きかば 病犬の 月に吠ゆるに似たりといふらむ おススメ度:特になし(3行は啄木の詩から) まず、最初にお知らせが一つ。兼ねてより更新ペースを少しずつ落としてきた本サイトであるが、諸々の …

「かけがえのなさ」について(成城比丘太郎のコラム-16)

コラム(016) 「かけがえのなさ」と「個別性」 「絶対的な喪失」を受け入れられるのか おススメ度:特になし 最近、野矢茂樹『そっとページをめくる』(岩波書店)を読み終えた。この本に収められているのは …

年末に読んだ本~読書メモ(25)

「読書メモ-025」 ラノベについて 新書と中国文学について おススメ度:特になし 【はじめに】 今回は、去年(2018)の年末に読んでいた本の中から、感想を書けるものだけを取り上げる。内容はライトノ …

「死」とは何か(シェリー・ケーガン、柴田裕之[訳]/文響社)

「死の本質」について哲学的に考える 「死」を考えることで「生」が浮かびあがる 「自殺」の合理性と道徳性について おススメ度:特になし 【はじめに注意喚起】 まず注意として述べておきますと、この日本語版 …

アーカイブ