- 山にまつわる短編怪談集
- 基本的には登山者の死者の話
- 語り口も工夫されている
- おススメ度:★★★★☆
本来、このサイトで取り上げようと思っていた主なお話は、ホラーというか、怪談のような話だった。もう結構な数を読んでしまったので、今更感はあるが、どちらかというと、血みどろスプラッターより、ちょっと背筋が寒くなるような怪談の方が好みにあっている。そういう意味で、この本は正に、正統派の怪談集であり、かつ、読みやすく、ゾッとする話も多い。
短編集として、タイトルにもなっている「赤いヤッケの男」も含め、合計26篇の物語が収録されている。比較的短いものも有れば、それなりにページ数を割いているものもあるので、全てが同じ調子で語られているわけではない。基本的なフォーマットは、登山好きな作者が、自分が経験したり、仲間や知人の登山者から聞いた話を蒐集して収録されている。
著者が序文で述べていることで印象的なのは、山が信仰の対象となることは多いが、他国では入山を禁じると場合が多いのに対し、日本では積極的に山に登って霊験を得ようとする傾向があるとのこと。これは日本人が山があの世(天国)とつながっていると考えているからではないかと述べている。私も実感することであるが、日本の国土の約7割が山岳地帯であるからこそ、日本人は山に不可分の信仰を抱いているのだろう。
さて、内容の紹介をするとネタバレになってしまうが、2、3紹介すると、タイトルの「赤いヤッケの男」は、冬山登山でたまたま「赤いヤッケを着た男」の死体と遭遇してしまった主人公が体験する恐怖を描いている。これは中々ゾッとする落ちがついているので、タイトルになっているのも良くわかる。また、最終話の「牧美温泉」は、温泉宿に泊まって厚くおもてなしを受けた主人公の不思議な経験が語られる。こちらは怖いというよりは、ひっそりと悲しいような美しい話で、最終話にこの話を持ってくるところからして、作者はやはり山を愛しているのだろう。
個人的には、「ゾンデ」「N岳の夜」「笑う登山者」などが怖かった。それぞれシチュエーションは違うが、どれも死者とのあまり好ましくない遭遇を描いている。基本的には山のシーンが続くので、ずっと読み続けていると、少々職食気味になるのも確かだが、冒頭で書いた通り、時々、一人称になったりして工夫されているので、極端に飽きるということはない。また、全体的に上品な語り口に好感が持てる。
これから夏に向けて、ちょっと怪談を楽しみたい方にはお勧めの一冊と言える。
(きうら)