★★★☆☆

幽霊たち(ポール・オースター/新潮文庫) ~中程度のネタバレ注意

投稿日:2018年5月26日 更新日:

  • 新米探偵への奇妙な依頼
  • 抽象的であり、具体的でもある不思議な世界
  • 意図が分かるようなそうでないような……
  • おススメ度:★★★☆☆

このサイトで、このタイトルから直球ホラーを期待された方には申し訳ないが、ホラーとは全く別ジャンルの作品だ。一応、80年代のアメリカ文学と区分けされているが、、個人的には「不思議小説」と呼びたい。こんな出だしで始まる。

まずはじめにブルーがいる。次にホワイトがいて、それからブラックがいて、そもそものはじまりの前にはブラウンがいる。ブラウンがブルーに仕事を教え、コツを伝授し、ブラウンが年老いたとき、ブルーがあとを継いだのだ。物語はそのようにしてはじまる。舞台はニューヨーク、時代は現代、この二点は最後まで変わらない。ブルーは毎日事務所へ行き、デスクの前に坐って、何かが起きるのを待つ。長いあいだ何も起こらない。やがてホワイトという名の男がドアを開けて入ってくる。物語はそのようにして始まる。

どうだろうか。この一文に私は興味を惹かれた。舞台は現代であり、ニューヨークと明記されているにもかかわらず、登場人物の名前が、全員、色の名前で抽象化されているのである。そもそも初めに、小説の前提を語る小説というのも珍しい。それは小説としてはスムーズでないと思われているからだ。その点から、類型的な小説に食傷気味だった私は、読んでみることにした。あらすじも至って明瞭である。

(あらすじ)新米探偵であるブルーは、ホワイトと名乗る人物からある依頼を受ける。その依頼とは、指定されたアパートに移り住み、対面の部屋に住むブラックという人物を観察してレポートを毎週送ってほしいというもの。報酬もきちんと出るし、ブルーは新しい仕事に期待に胸を膨らまし、これを快諾するのだが。

だが、である。一応断っておきたいが、ここからが中程度のネタバレになる。ただ、多分、読後感にあまり差はないだろう。

これが凡百の探偵小説なら、ブラックには何かの秘密が隠されている訳である。その点では間違っていないのだが、ブルーが見張るブラックには、見事なくらい何も起きないのである。ブラックは基本、窓際で本を読むか、近くを散歩するか、そんな程度の行動パターンしか示さないのである。変化があるとすればブルーの方で、この「全く意味のない仕事」に何を見出せればいいのか、次第に追い込まれていくことになる。

上記のクールな出だしから、派手な捕り物劇でも起これば娯楽小説だろうが、本当に何も起こらないので、読者としてはひたすらブルーと焦燥を共にするようになる。いったいこの小説はどこへ向かっているのか。どういう落ちが付くのか。いや、落ち自体は、割と早めに分かるが、じゃあ、その過程にどんな意味があるのか。

正直に言って、私も読後、何をどうとっていいのか少々悩んだ。しかも、たっぷりページを残したところで本編が終わったので、放り出された感じが満載だ。それは出版社も良く分かっているのか、何と3人も解説を書いている(訳者と他二人)。大長編ならいざ知らず、一つの中編(文庫で122P)に3人も解説を書いているのは珍しい。ただ、それを読んでもはっきりと意図は分からない。

例えとしてはありきたりだが、原色の色が何色か載せられている絵のような感じ。一人は青い色で描かれた探偵だと分かる。ただ、それ以外の登場人物はほとんど何者かは分からない。それが人間だということが分かるだけだ。それを見てどう思うかは自由。意味がないと言えばないし、主観と客体を入れ子的に用いて人間の実存を問うているようにも思える。もっと簡単に「意味不明」で片づけてもいいだろう。

ちなみに、作品中にはちゃんと実際的な名前を持った登場人物も多く登場するし、タイトルの「幽霊たち」は作中に次のような一文があるので、何を差しているかはわかる。

 プリマス協会。ヘンリー・ウォード・ピーチャーの説教を聴きに来たんだ。(後略)
たくさんの偉人があそこに行っている、とブラックは言う。エイブラハム・リンカーン、チャールズ・ディケンス。みんなこの道を通って、教会に入っていったんだ。
幽霊たち。

小説としては、何も起こらないにも関わらずあまり退屈はしないし、読みやすい。もちろん、それなりに面白い。私は「存在」という概念についての「文章」による解体、という風に感じた。起承転結と落ちのはっきりした普通の小説に飽きたら、一読してみてもいいのではないか。逆に、いきなりこの小説から小説というジャンルを読むのは絶対にお勧めできない。

(きうら)


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