3行で探せる本当に怖い本

ホラーを中心に様々な作品を紹介します

★★★★☆

怪物(ディーノ・ブッツァーティ、長野徹〔訳〕/東宣出版)

投稿日:2020年4月10日 更新日:

  • 「未邦訳短篇集第三弾」
  • 「幻想と寓意とアイロニー」
  • 小さなものが大きなものにつながる
  • オモシロ度:★★★★☆

ブッツァーティの未邦訳短編集刊行もこれでひとまず終わり。それでも、まだまだ未邦訳の作品があるようなので、いずれ読んでみたい(イタリア語で読めばいんだけど)。本書には、18作品収められているけども、いずれも大筋では不安や幻想などを扱いつつも、もう手の届かない過ぎ去った時間が大きなものとして、登場人物や読者である自分の卑近さとつながるような感覚があった。それがとてもよかった。以下に、作品群の中からいくつか感想を書きます。

・「もったいぶった男」
若い医師が身体という重みを解き放って旅立つ。それは死なのだろうか。どこか『タタール人』に似ている。のっけから、ブッツァーティのすんばらしさにしてやられた。

・「天下無敵」
ある発明(発見)によって、戦局が大きく変わるという話。小さな発見が世界を大きく変える。

・「エッフェル塔」
果てしなく続く塔の建設を目指したが、頓挫してしまう。しかし、その高みを目指す行為はなんとすばらしい日々であったか。プロジェクトなんとかみたいなかんじ。

・「一九五八年三月二十四日」
人工衛星が世界を変えるという話なんだけども、宇宙時代の以前に書かれた本短篇は、SF的でもある。

・「可哀そうな子!」
これはオチがすべてでしょう。どんなオチかは言えませんが、これまた小さなものが大きく世界を変えてしまうという、その萌芽がここにはある。

・「ホルム・エル=ハガルを訪れた王」
老伯爵が訪れたことで、エジプトの遺跡に異変が起こる。これまた小さな行為が、大きな変化をもたらすことが描かれている。

・「ラブレター」
ラブレターを書こうとした男が、日常の雑務に惑わされて、次第にそのことを忘れてしまう。というか、熱情が冷めてしまう。ここには訳者の言う「伝達不可能性」の一端があるようだけども、どちらかというと、ここでは伝達の意志すらなかったことにされてしまう。なんともかなしい一編。

・「五人の兄弟」
五人の仲違いした兄弟が、真実を知った時、とりかえしのつかない時間の経過に見舞われていた。そこにはむしろ、真実を知るには、それ相応の時間を経なければならないという、ある真実味がある。「伝達不可能性」を描いたというより、「伝達」を描くことの不完全性、あるいはその不徹底さが描かれているような。

・「最後の血の一滴まで」
鳥へと変身した老いた将軍との、コメディのようなやりとりは、なんかコントのようで、笑えた。

・「挑発者」
暴力を受ける教授が、別れた息子の姿を見つけようとするけども、それはかなわない。ここまで、リンチ(暴力)を描くことには、なにか寓意があるのかなと思ったけど、どうもそうではなさそう。最後の一文には何とも言えないおそろしさがある。

・「密告者」
これまたおそろしい。古代ローマを舞台にしながらも、現代に通じるものがある。自らの発言により、逃れられない運命へと陥ってしまうという皮肉。

・「夕べの小話」
掌編小説で構成されている。中身は人生の悲哀や、アイロニーたっぷり。

その他いろいろあったけど、「流行り病」はまさに現代的。病だけではなく、いろんな情報が感染していくのは、何もネット社会の現代だけではないのですねぇ。表題作の「怪物」は、いろんな解釈ができそうだけど、不気味でした。とくに、詳しく語られることなく終わったのが、暗示的で不気味。

これでアンソロジーの企画が終了してしまうのが惜しい。もっと読みたいと思わせてくれた。いやほんと、ブッツァーティの短篇には、ほとんど駄作がない。玄人(?)にも、幻想小説初心者にも、ある程度のわかりやすいおそろしさと、どこか深遠で透徹した人生の悲哀を教えてくれる。こういった作品は、書けそうで書けない、と個人的には思う。簡単な内容で、深さを描くことって難しいよなと読み終わってそう思った。

(成城比丘太郎)


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