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★★★★☆

悪い夏(染井 為人/角川文庫) 〜ネタバレあり

投稿日:2022年2月26日 更新日:

  • 生活保護を巡るドタバタした悲劇
  • 久しぶりに違う世界を見たような
  • この題材できちんと読めて嬉しい
  • おススメ度:★★★★☆

今生きている場所でないが、自分がそこにいるかも知れない世界で起こる、喜劇のような悲劇のサスペンス。いわゆる生活保護について、そのシステムや矛盾を描きつつ、泥臭い男女愛を追いかける。

ある地方都市の社会福祉課に転属になった佐々木守という20代の小柄で真面目な男性が、受け持ちの生活保護者たちと関わる中で、予期できない変貌を遂げていく……生活保護の暗い側面は完全にホラーそのもの。ちょっと「黒い家」を思い出した。あれは保険だが底流にある弱者の悪意は似ているように思う。少し長い小説だが、ここで興味を持たれたら以下のネタバレは読まずに本書を手に取って頂きたい。

近年、ニュースになることも多い生活保護だが、さっとググった限り約160万世帯200万人以上が受給しているようだ。これもネットのにわか知識だが、基本的に生活費と住宅費を合わせて13万余円支給され、家族数に応じて条件が重なると20万円以上もらえる場合もあるようだ。年金・保険なども免除される。予算規模は3兆円超えらしい。人口の1.6%程度がそれで養われている。

働かずして手取り13万円。家賃が4万として残り9万の家計。経験上、自炊すれば食費はまあ3万。水道光熱費で1.5万。携帯5000円。雑費2.5万。遊興費1.5万で税金と医療費がタダなら支払いベースで言えば20万近い価値があるような気がする。これも経験上、ブラック中小企業なら死ぬほど働いてそれくらい。

これを幸せな境遇と言えるかどうかは、読者の立ち位置によるだろう。普通の学生は実感が無いと思うし、サラリーマンからすれば単純に羨ましい。高額所得者は腹立たしいと思うかも知れないし、さらに悲惨な生活を送っている人は呪い殺したくなるだろう。なので政治的善悪は問わない。ただ、この小説を読む私の心理としては、生活保護は「必要」だ。よく言っているがその200万人の中から、人類を救う人間が生まれないという可能性がないことは無いのだ。これは大袈裟ではない。自由な可能性を捨てた社会は衰退すると思う。98人が2人を養っているだけとも言える。ただ、年金なども加えると事態はもっと深刻化するのだが、ややこしくなるので今回は生活保護に絞ろう。

働かずして生活できる。それは理想のように思えるが、絶対に違う。アラヒィフの今なら分かるが苦痛に近いのではないか。本書でも生活保護を受けているキャラクターは全て不幸だ。先に生活費の内訳を書いたが一人の食費だけで9万円使うのもざら。日常的な節約は人間を息苦しくさせる。よくパチンコに行っている、酒を飲んでいる、タバコを吸っていると批判されるが、それは苦痛を和らげる効果はあるかも知れないが、基本的に消費するだけなら虚しいものだ。朝から何もすることがないのは考えると恐ろしい。本書のメインテーマであるが、生活保護の担当者は生活保護の打ち切りの使命があり、なるべく受理しない方が優秀なのだ。こんな不安定な基盤の上に伸びやかな人生の可能性が見出せるだろうか。完全に堕落してしまえばそれもいいかも知れないが、その最後に待っているのは死だけ。適度な労働、それが理想だがまず無理なのも知っている。

とはいえ、生きていることに価値があると考えれば、生活保護を受けていても王様気分でいることも可能だ。なので、私には分からない。死んだらそこで終わり、ということしか断言できない。もちろん、死んだ方が幸せという人生もある。

その例が本書の主人公、佐々木守だ。お堅い役所勤め、低身長で女性経験は無いがゲイ(と本書で紹介されている)の上司にも気に入られ、仕事ぶりは極めて真面目である。本書に出てくるヤクザ屋さんに目をつけられ無ければ、また、生活保護を不正受給している若い女性に惚れなければ、悲劇は起こらなかったかも知れない。しかし彼は同僚の不正に巻き込まれる形で、シングルマザーに恋をし、それに破れ、さらにはヤク漬けにされ、人生が破滅する。私は中盤までこの真面目な主人公視点で小説を追っていたので、後半は辛いと思ったが、結局、自らシャブ中になっていく主人公から視点を逸らさせるのは上手い。読者は罪悪感を抱かないで読み進められる。

そうなのである。この小説の職員はことごとく恋愛関係で破滅する。主人公、その主人公が惚れるシングルマザーに手を出した中年の同僚、その同僚と不倫関係にある(オチ)女性職員。上司もいい人だがマイノリティ扱い。対して受給者は幼児虐待・ネグレストで重度のニコチン中毒のシングルマザー、ヤクザ屋さんの女である暴力的な元ヤン、偽の腰痛を演じる冴えない中年、不正受給を正当化する老女、偽の診断書で儲ける悪徳医者など、まさに世間のイメージする不正生活保護者のイメージ。これに左遷された経済ヤクザ(自称)と本来必要な生活保護を受けられない子持ちの寡婦を含めてほぼ全キャラとなる。この辺のステロタイプな造形が、本作を佳作止まりにしているが、読みやすいのも確か。安心して(?)危ない世界を覗き見られる。ドラマや映画にはしにくいとは思うが、このブログの読者なら、そこら辺の通り一遍なお話よりは楽しいと思う。

大きな疑問があるとすれば、まさに優等生の象徴である主人公がシングルマザーに惚れる経緯が弱い。その子供に感情移入する、さらにED(性的不能)である、恋愛経験がないというエスケープは苦しい。女性も子供に暴力を振るうし、一日中タバコを飲んでるようなキャラで、さらに感情が希薄過ぎる。この二人を結びつけるのは子供の画才だが、伏線で主人公に絵の趣味でもあれば良かったか。ここに例えば何かモネや草間彌生の名前でも足せば良かったのかも知れない。主人公が壊れるキッカケの母親と子供の死もありがちでもう一工夫欲しい。

私は最後まで楽しく読んだが、長い話が苦手な人には辛いかも知れない。同僚女性の動機はすぐバレてしまうのでこれはマイナス。またラスト10%にそれまでと同量の起伏があるのて、少々オチが忙しい。これだけ振ったなら、カタルシスはもう少しゆっくり楽しみたかった。不潔な腰痛の中年が一番泣ける立場になるのは面白いので、ここは評価したい。ただ、後日談もいらない。というか、主人公以外はどうなった? 本文からすると乱暴に畳みすぎる印象だ。また麻薬などの薬物を軽く扱い過ぎる。これは生活保護よりよっぽど怖い。ここまで覚醒剤に手を出して元に戻れることはまずない。ヤクザ屋さんの伏線も回収されないのが気になるし、結果、生活保護の担当者が生活保護を受けましたとさ、というオチから逆算されたプロットが見えるとちょっと興醒めする。

と、クドクド書くのは結局、楽しめたからだ。私はまた次の本を探さないといけない。永遠に生活保護について考えることは出来ないが、続編があるならぜひ読みたい。こういう真っ暗な世界に突き落とされることを知りつつ、今は大丈夫と思って読むのがホラーのいいところ。そんな気がした。

(きうら)



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