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★★★★☆

新装増補版 自動車絶望工場(鎌田慧 (著)/講談社)

投稿日:2020年2月3日 更新日:

  • 1972年にトヨタで期間工務めた日記
  • それに付随する非人間的労働の批判
  • 確かに絶望を感じた
  • おススメ度:★★★★☆

現代に於ける労働問題の根源を知ることのできる一冊だ。大多数の社会人にとっての悪夢的世界観を垣間見られる。世界のトヨタ、輝ける大企業、皆んなの憧れ。その売り上げは30兆円、利益1兆8828億円(2019/3)。普通に国家予算に匹敵する売り上げを持つ企業、どうやって儲けたのか? それはもうその辺の暴力団が裸足で逃げ出す超合法的脱法行為、というか政治を操ら(操られ)ないとこんなことはできないわけで、正にキング・オブ・ブラック企業と言えよう。こんなこと書いてサイトのアクセス減ったり突撃されたら大喜びしたい。そんな影響力無いけど。

もちろん、トヨタが存在することで幸せである人は多数いるわけで、それは100万人かも知れないし、1000万人かも知れない。もっと多い可能性も高い。しかし、トヨタで働くことを賛美する人は将来有望有能人だろう。そして、その力あるヒトたちの発言が社会に反映されるのは、見ての通り。今もテレビで非正規雇用40%と言っているが、あの「頭のネジがぶっ飛んだ」竹中平蔵と小泉純一郎。派遣法を成立させた上で、人材派遣企業大手に天下った竹中。チンケな信念に基づいて大多数の人間を生き地獄に陥れるとは、大した悪党だ。コンビニ強盗とか痴漢行為で捕まる小悪党は竹中平蔵の爪の垢でも煎じて飲めばよろしい。他人の不倫で喜んでる人たちももうちょっと、自分の体が燃えていることを考えた方が良い。

なぜか大学で商学部だった私は、中小企業論を専攻していて卒論もそれに沿った内容だった。そういう訳で、大企業が如何に悪辣か、ということを青年期に学んだ。ただ、資本論を振りかざす活動家でもなく、何となく、中小企業って悪くないよね、という程度の軟派な思考で生きてきた。ただ、世間一般の「コームイン最高!」「一流大学一流企業一流人生俺たちみんな勝ち組なりたい」的な価値観はあまり無いかも知れない。

とは言え、実際の中小企業が人間味溢れる素敵な職場かというと、ほとんど違う。1,000社を超える中小企業の社長と話をしたが、大企業並みの福利厚生を用意できている企業はごく一部だ。やりがいや助け合い、という美辞麗句のうちに有耶無耶にされる残業代、泣きたくなる賃金、パワハラに給料遅配……全部経験済みなので、大企業「で」働くことは決して悪くないと言える。むしろ推奨したいくらいだ。中小企業で働いた私は過労死ラインの80時間なんて軽く突破して働いていた。600時間は流石にないが……。

そんな長い自分語り前説を経て本編の紹介をしたい。

冒頭に書いたように1972年にトヨタの期間工として約半年働いた著者の日記が60%ほど、残りがその後日談とトヨタ的生産方式の問題点の分析、終盤に加筆された派遣法とトヨタの関係を描いている。

まず、著者が期間工として働いた時に書いていた日記部分だが、内側から見た強烈な単純労働の苦しみを知ることができる。期間工とは、その名の通り、決められた期間だけ工場で働く人々のこと。

私が恐れ慄いたのは、最終的に1分数十秒に圧縮された単純な作業を1日10時間前後、ひたすら繰り返すという仕事だ。内容はトランスミッションの組み付け作業で、ベルトコンベアで流れてくる部品に指定の部品を組み付けるのみ(ナットランナーという6つのボルトを同時に締める工具を使う)。この作業は著者が期間工を辞めるまで(満了まで)全く変わらず、そのスピードだけがひたすら上がっていくというものだ。「これが『近代的プロレタリアート』の生活なのか」と最初に感想が述べられるが正にその通りで、これは変わらない。

昭和なので当然のことながら、週休1日、5人の相部屋の寮暮らし、有給なし、昼夜勤務のシフト、休み時間における業務など、想像を絶する労働環境である。当然、脱落者も数多く、3日坊主どころか最初の休憩で帰って来ないものもいたりして「苦役」の名に恥じない内容だ。その無限単純ループ労働との格闘の様子は、長い長い手記本文を読んで貰えればわかるだろう。夜勤の導入など悪化の一途を辿る労働環境の中、どんどん作業時間が圧縮される圧迫感と、反比例して企業として発展するトヨタの姿がよく分かる。著者の職場以外も紹介されるが、ひたすらタイヤを組み付ける仕事、板金を上げ下げするだけの仕事……どれもこれも細分化され専門性を必要としない単純労働だ。

詳細な批判は本文に譲るとして、これは皮膚感覚で「頭がおかしくなる」仕事だ。単純作業は仕事からやりがいや誇りを引きちぎり、そこには純粋な「労働力」しか求められない。思考も停止する。賃金というもので縛られた監獄である。私の知ってる刑務所の労働の方がよほど人間的だ。実際に著者も「辞めていく方が人として正常」と述べている。

著者は資本論から「生きた労働力を支配し吸収する死んだ労働として」「労働に対する資本の権力」と引用している。

ここで働いている人々はもちろん、幸せな訳は無く、自身も機械のように動きながらひたすらコンベアの停止を願って生きるのである。本工(正社員)を夢見た若者も最後には消息不明、その他の人々も体や心に傷を負って辞めていく。正に体が持たないのだ。それでも普通の社会人は働かないと生きていけない。そんな「憧れのトヨタ」の仕事を求め、そして絶望し、次々と人が辞めていく様子は圧巻だ。もし自分が死んで、ここが地獄だと言われればそうだと納得するだろう。

怖いのはここからで現在進行中の「働き方改革」は、残業の抑制と非正規雇用と正規雇用の同一労働同一賃金を掲げているが、その歪みは余りに大きい。企業にとって正社員を雇わないと言うのは、特に大企業にとって都合がいい。管理開発部門のみに特化し「誰にでもできる仕事」は安く使いたい。簡単に取り替え責任を持ちたくない。これが本音でその通りの社会になっている。中小企業は正社員になっても、そもそも賃金水準が低く雇用関係も安定しない。どちらにしろ、力無きものは苦しむ社会であることは間違いない。そこらのIT成金や世襲金持ちは、持たざる者を「怠慢」「不運」などと嘲るが、以下憲法に定められた

第十三条
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

は、

どうなんだ。所詮、建前なのか?

最近、20代の若い人と飲むと、必ず「将来が見えず、不安」と言われる。私は、働く事は素晴らしい行為だと思うし、その為に自ら努力すべきだ。本人の強い意志や「創意くふう」も必要だろう。ただ、日本社会が用意する労働の「質の低下」と「対価の過少化」が止まらない。気がつけば、死ぬ時に思い出すのが、スマホの画面では余りに救われない。そんな救われない地獄の様子を読んで、何か考えてみるのはいい事だろう。

最後に本編で一番哀しく美しかった箇所を引用する。

一月二三日 ゆうべから夜勤。朝がやってくる。鋸型の屋根に嵌め込まれた明り取り窓が、うす青くその輪郭を現わす。もし、そこから見下ろすと、きっと、工場は海底のように見えるに違いない。まだ朝日の射し込まない、蛍光灯に照らされた冷たい工場の底で、せわしく手足を動かしているぼくたちの姿は、水族館の生物のように見えるだろう。

(きうら)


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