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★★★★☆

方形の円(ギョルゲ・ササルマン、住谷春也〔訳〕/東京創元社)

投稿日:2019年7月1日 更新日:

  • 「偽説・都市生成論」という副題。
  • 「36」もの都市像が、雪崩をうつように現象する。
  • それぞれがひとつの宇宙観を凝縮した都市。
  • おススメ度:★★★★☆

【まえおき】

著者はルーマニア出身で、現在はドイツで生活しているよう(事実上の亡命)。本書帯には、「SFの女王ル=グインも驚嘆!カルヴィーノ『見えない都市』に比肩する超現実的幻想小説集」とあって、これはすなおにその言葉通りに楽しめるだろうと思い、期待大で読みはじめた。そして、実際読み終えた今、これは自分好みのSFであり、また幻想小説であると確信した。本当は感想など何も書きたくないのですが、それではあまりにもアホなので何か書きます。

まず『見えない都市』との比較です。本書が書かれた年代(1971年)からすると、書かれた時期が同じなのはまったくの偶然の一致なのでしょうが、両者には一致するところもありまた、そうではないところもあるように思います。『見えない都市』の場合、SF度や奇想の度合いはそれほどではないように思えますが、本書はものすごく奇想(著者の妄想)であふれている印象です。本書の方がボルヘス的でもあるように思います。でもまあ、神話や歴史を題材に奇想を紡いでいくところなどは、『見えない都市』との共通点を感じますが。(ルーマニアというとエリアーデでしょうが、こちらと比べる力量は、私にはない)。

私自身SFにはあまり詳しくないのでわかりませんが、本書最初に現れる都市「ヴァヴィロン」を訪れた時、テッド・チャンの「バビロンの塔」を想い起した。また日本の作家でいうと、島尾敏雄のとある都市幻想小説を思い出していた。まあ要は、どこかで読んだことがあるとともに、まだどこでも見たことのない都市であふれているのです。こんなアトラクションが「36」もあれば、そりゃ興奮するでしょう、といえます。さらにいうと、しばらくしたらまた訪れてみたいアトラクション群でもあるのです。

著者は建築学校を出ていて、建築に明るいようなので、その奇想具合はとても幾何学的図形への志向を読む者に強いる部分もありますが、それがまた心地よい。それら都市への案内として、各短編の冒頭にピクトグラムのような「シンボリック」なイメージイラストが掲げられています。それがわたしに幻想酔いを起こさせるのです。時に「純幾何学的」な都市がいくつもあるのは、その都市群が、著者自身の「理念的な都市像の丹念な削り出しの表現」で造型されているからでしょう。

まえおきが長くなりましたが、SFであるとともに幻想小説であるので、その辺が好きな人には《星5つ》掲げてもいい短編集です。ほんで、カルヴィーノ『見えない都市』と比べることで、「読むのをやーめた」と言う人にもお薦めしたい。本書はポストモダン文学ではない(と思う)ので、「ちょっ、今さらポストモダンかよ(ワラ)」と言う人にこそお伝えしたい。そもそも、「ポストモダン(とかアンチロマン)」と言って笑う人は、あまり良い小説の読者ではないと思う(愚痴)。まあ、私の言うことは気にせず読んでみてくださいということです。そういう意味でいうと、40年以上前の作品が、現在こうしてようやく日本語で訳されたというのは、(SF的幻想小説が市民権を得た?今こそ)時宜にかなった訳業なのではないでしょうか(どうかはわからない)。

【簡単な感想】

本書には「36」もの、様々な意匠をこらした都市像がかかれているわけです。これらは都市の見本市であり、また著者自身の都市論でもあり、文明論を含んだ宇宙観でもあるのです。たとえば、「シヌルビア(憂愁市)」は現代日本人に突き刺さるものがあるという意味では現代的ですし、「ゲオポリス(地球市)」なんかは、なかなかおそろしい先見性を帯びているように見えてきて、読み手の現実に迫ってくる、どこか黙示録的な予兆を楽しめます。

「そもそも人々が街に集まるのは、おびただしい有用なものを共同で使うためなのだ。そうして、彼は今ようやく気付いたのだが、人々は生き残れるはずがなかったであろう、その一番の理由は、分解を待つだけの無意味な形態に、自分の頭上に崩れかかって押しつぶそうとする物量に、不確かな荒々しい色合いの抑えきれない不安を招く表面に、人々は決して順応できないからだ。」(「アルカヌム(秘儀市)」本書p179-180」

都市とはもちろん、住民である人間が絶えず出入りしているのがその成立条件において要請されるものかもしれないけれど、ここでは都市そのものの不気味さ・得体の知れなさが、人の「順応」を拒む。それは絶えず繰り返してきた、歴史上の都市の崩壊に通じているのだろう。その先鋭化された形態が、この一編に象徴的に表されているように思える。人の住めない都市とは、何の謂であるのか、それは読んだ人次第。

あまりこういった、テクストを自分勝手に読むのはどうかとも思うけど、どうとでも読んでみたらいいんじゃないかと思う、そんな短編集。私としては、これからも折に触れて本書のページを開いて、これからも幾通りにも読みといていって、なにかしらの着想を得られたらいいなと思ってページを閉じた。そして目を閉じると、今読み終えたばかりの色んな都市の映像がまぶたの裏に浮かんで消えていったのでした。

(成城比丘太郎)


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