それぞれ まとめ

最近読んだ本【2020年1月~2月】~読書メモ(57)

投稿日:2020年2月14日 更新日:

  • 最近読んだ本
  • 一部パラパラと読みかえしたものもあり
  • いろいろ
  • オモシロ度:それぞれ

【ノンフィクションもの】

・スティーブン・ピンカー『21世紀の啓蒙(上)/(下)』(橘明美+坂田雪子〔訳〕、草思社)

本書の概略。人類は科学によって進歩してきたし、これからもその成果を生かしていこうぜ、というスタンスの内容。まあ、地に足の着いたファクトチェックをしっかりしようぜ、というノリで、とにかくデータとエビデンスをもって、人類が進歩してきたことを示す。根拠のない悲観主義的な危機煽りはやめようぜという主張満載。著者が称揚するのは、「啓蒙主義」だということ。そこで必要とされるのは、科学的思考だけでなく、ヒューマニズムはもちろん、哲学だって人文科学だっているんだぜということ。

上巻に書かれたことは、私にはよく実感されるもの。もし私が100年前に生まれていたら、もっと生きにくかっただろう。たぶん戦争にはいってないだろうけど、二十歳まで生きていけていたかわからない。もちろん、100年前の人からしたら、その時の今が一番進んでいると思うだろう。しかし、その過去の生活や人権状況や医療技術など、現在からしたら遠く隔絶しているほどに別次元に思える。もしある日目覚めて、100年前の日本の標準以下の世帯に生まれていたことに気付いたらどうなるのか。冬ならば、火の気がないのでまずは火鉢で暖をとるくらい。それから、まきで火をおこし、かまでご飯を炊き、朝飯のメニューは質素な具の入った味噌汁に焼き魚がちょっとといったところか。おそらく『大正野球娘』のような食生活は望めまい。もちろん電気機器などない。食卓で時に飛ぶ会話は、近所の誰それさんが結核でなくなったとかそんなこと。歯磨きも、歯磨き粉ではなく塩。おなかが痛くなってきたので虫下しを飲み、汲み取り式の便所にかがむ。夜は隙間風の忍びこむ部屋で、暗い電灯で本か雑誌を読むくらい。風呂は自分で焚くか、近所の銭湯に三日に一度。などなど。(ちなみに、ここまで書いてきたのは私の妄想です)。

上巻はまあ面白く読めた。著者は必要以上に「ロマン主義」とか現代思想をおとしめてるけど、まあそれはご愛嬌ということで。それより、著者は、気候変動問題に危機感を強めている。そのためか、原発を許容している。というか、「理性的」に考えるならば著者の書くことはもっともか。何らかの技術的なブレイクスルーにより、もっと進歩した発電方法が望めないとも限らないから。もし東日本大震災が起こらなければ、現在の多くの日本人も(それまでに稼働していた)原発に疑問は持たなかっただろう。それよりも、著者は世界から残虐行為とかは減っているとしつつ、そのなかに「捕鯨」をあげている。

下巻に入ってからは、アメリカの状況とトランプ批判が多くなる。まあ、本書自体が、反-反知性主義の本っぽいのでそれはまあいいか。最後の方は、思想家などのニーチェ受容に対しての、底の浅そうに見える批判に終始する。ニーチェに恨みでもあるのかな。それよりも気になるのは、たとえば以下のような文言。

「原爆を投下されても、広島は今も存在しつづけていることを思い出してほしい」(下巻、p149)

まあ著者の言いたいことは、現在には核戦争による人類滅亡の危機などないということなのだろう。しかし、広島が今も存在するのは、原爆が地上で炸裂しなかったからではないか。どこで爆発するかによっては、現在においても広島(と長崎)の爆心地付近は人の住めない地になっていたかもしれない。このことを著者は知っているだろう。それはすなわち、原爆投下は実験だったということも分かっているだろう。

本書は、変な危機煽りを蔓延させているメディアの報道を相対化するにはよい本でしょう。現在の日本でも新型コロナウイルスによる危機が叫ばれているけど、そのときこそ正しい知識を得て怖がることが肝要なのでしょう。最近の新聞をちょっと広げただけでも、なんか色んな危機を煽りすぎている。ちょっと大手メディアにお願いはしないけど、危機があるならその程度を数値化でもして伝えてほしい。そのためにはメディア側が理性をもって正しい事実を正当に示すことなのであります。ただし、先日某新聞に寄稿されていたある識者による言説には、データを示して読者(一般の日本人)を脅すような危機煽りが語られていた。というかいつもその人はそういうことを書く。このように、データを示して危機煽りをする人もいるので気を付けなければいけないなぁ。それと、おそらく、本書を読んで感心した日本人も、なぜか死刑廃止だけには傾かないだろうなぁ。そういった未来が来ることもおそらく想像しないだろうなぁ。

まあなんというか、本書を図書館で借りてきて、十数時間費やすだけで読めるというのも、現代の日本に住んでいるおかげか。

【文学(海外)】

・チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ『アメリカーナ』(くぼたのぞみ〔訳〕、河出文庫)

著者はナイジェリア出身。本作品は、ナイジェリアとアメリカとを舞台にしたラブストーリー。なんというか、一読した印象は、アメリカのドラマか何かかという感じ(ドラマほとんど観たことないけど)。主人公のイフェメルは、アメリカに渡って、そこで様々な人種を発見する。彼女はアメリカでブロガーになり、けっこうな有名人になる。彼女が発見した人種とは黒人の差異化であり、また、アメリカで通用している、ある種の思想信条にも通じる気もする。本作のアメリカは、知識人的には、結構明るく書かれてる(オバマが大統領になったときなので)。その反面イギリスの暗さが書かれているような気がする。おもしろいのは、髪形がその人の印象を変えてしまうということ。イフェメルが冒頭から登場している場は「ヘアサロン」で、その場所自体や髪形がひとつの文化的政治的アイコンになりうることを示していて興味深い。それと、イフェメルの性格がけっこう直情的(?)なきらいがあることもあって、それが何を表しているのかを考えながら読むのもおもしろかった。
本書を読むと思うのは、「21世紀の啓蒙」がもたらしたものは大きいということ。また、本書には書かれていないけど、それとは別に読みとれるものは、日本人という存在が世界である程度信用されているということ。まあこの小説は軽く読めるけど、けっこう構成としては入り組んでいる。なんというか、これ読んでもアメリカに行きたいとはあいかわらず思わないのはなぜなんだろう。文学もジャズもアニメーションも映画もそれなりに好きなのに。

【怪奇・ホラーもの】

・モーリス・ルヴェル『夜鳥』(田中早苗〔訳〕、創元推理文庫)

2019年の復刊フェアの一冊。ルヴェルは「仏蘭西のポオ」とよばれ、「リラダンやモーパッサンの系譜に列なる」という。読んだ印象だと、この前読んだルゴーネスのほうがポオに感じが似ている。日本でいえば、星新一とか夢野久作にちかいのかな。内容としては短編が30編で、残酷なオチがついたりしたものや、ユーモアやアイロニーがあったり、孤独で貧乏な人たちのペーソスがあったり、復讐譚めいたものがあったり。
「犬舎」という作品は、どこかバルザックの「グランドブルテーシュ」に似ている。「ピストルの蠱惑」で書かれたモチーフは、現代の日本人文学者が同じものを用いて中編小説にしていたけど、それに似ている。
ところで、夢野久作が本書の感想を書いてるんだけども、そこで、「現代〔=昭和十一年〕は幸福と安定の時代である」(p322)と述べている。なるほど、やはり当時は「幸福と安定」と思われていたんだな。

【文学(日本)】

・今村夏子『父と私の桜尾通り商店街』(角川書店)

今村夏子の作品は、芥川賞受賞作品をまだなぜか読んでいない。それはいいとして、本作は短編集だけど、あいかわらず胸がざわざわする感覚が味わえた。そのわけはおそらく文体とか(における時制とか人称)にあるのかなぁ。読んでると次第に書かれている状況の認識が変わってくることがあるような気がする。そこらへんが、並みのホラー小説よりも怖いのかなぁ。本短編集でいうと、「せとのママの誕生日」が幻想文学っぽいな。ママの誕生日に集まった女性たちの立ち居地が徐々に明かされていっていろんなことが分かってくるんだけど、そのうち世界創世神話のエピソードを読んでいる気になってくる。この「せと」とは、エジプト神話のセトと関係ありそうかなと思いながら読んでたけど、なにもなさそうか。

【歴史もの】

・真弓常忠『古代の鉄と神々』(ちくま学芸文庫)

「イザナギ・イザナミも、オオナムチも〔タケミナカタも-引用者〕、鉄を象徴する神だった」という宣伝文句がついている。あとヤマトヒメの伊勢への巡幸も鉄を求めてだとされる。ということは、大海人皇子の、吉野から美濃へのルートも鉄の道といえるかもしれない。宮司でもあった著者は去年亡くなられている。本書は、古代(弥生時代あたり)から、鉄と古代祭祀が結びつけていることを明かそうとしたもの。たとえば「豊葦原の瑞穂国」の示すものとは、葦などの植物の根になる「スズ(褐鉄鉱)」が古代製鉄に用いられたものであり、かつ、そうした鉄分を含んだ水が稲の生育を促したとする。そうしたものであるから、古代(弥生時代)において、鉄が重要なものであったとされる。しかし、その当時の鉄は砂鉄を用いたものではないので、腐食しやすく現在の遺跡では残されていない。この辺りは、いずれ解明されるかもしれない。著者が主張する、銅鐸が地中に埋められたその理由もそのうちに広く同意を得られるかもしれないことを願う。

これを読んでいて個人的におもしろかったのは、なじみのある地名や場所(神社)が出てくるところ。とくに伊勢神宮から大神神社を通り、播磨から吉備や出雲へと抜けるまで、そのラインには鉄の産出や製鉄や祭祀とかかわりのある地がよくあること。その場所は鉄の歴史であるとともに、鉄にまつわる支配権の移り変わりをも示している。古代の製鉄技術から砂鉄製鉄へうつり、その後朝鮮半島渡来の冶金術に変わってからの、その歴史には、神話や史料などからうかがえる古代の製鉄従事者の営みが見えてくる。

【哲学もの】

・ダグラス・クタッチ『因果性(Causation)』(相松慎也〔訳〕、一ノ瀬正樹〔解説〕、岩波書店)

『21世紀の啓蒙』には、(疑似)相関を因果関係と取り違えることの弊が書かれてたけど、ではもし著者のピンか―に「因果性って何?」と聞いたとして、本書に書かれていることがスラスラと出てきたら、ピンカーは哲学者なのだろう。個人的には、「因果性」とは哲学のなかでも重要な概念だと思う。「現代哲学のキーコンセプト」としては一番、日常生活にも深く関わる概念だと思われる。現代の因果性の議論は、ヒュームのおおよそ述べた、因果はそれぞれの「個個独立」した「情報」が結びつくという、そうした観念にある「因果の規則性説」を検討するところからはじまる。著者によると因果性は、「単称因果と一般因果」、「線形因果と非線形因果」、「産出的因果と差異形成的因果」、「影響ベース因果と類型ベース因果」に区分される。
この区分を基に、因果性とはプロセスなのかメカニズムなのか。それから、「反事実的条件分」による「差異形成的因果」の妥当性や、「確率的因果」や「心的因果」などからの「因果性」のありようをみていく。そのありようとは、因果が客観的に成立するものなのかそうではないのかあるいは別のものなのかということを含む。なんというか、「因果性」を哲学的に考えていくには物理学や神経科学の知見も必要になりそうな気もする。
本書は、「因果性」のことを考えると夜も眠れない、その不眠は「因果性」に因果的に依存していると実感している人に向けては良い入門書でしょう。ただし、「因果性」のことが解き明かされるわけではないので、さらなる「因果性」の底なしの沼へ沈みこむという、因果な結果になるかもしれません。

【パラパラと読み返したもの】

・飯島渉『感染症の中国史』(中公新書)


この度の、新型コロナウイルス発生の報道を見ていて、本書を本棚の奥から引っ張り出してきて、パラ読みして内容を思い出していた。副題は「公衆衛生と東アジア」というもので、19世紀末から20世紀にかけて中国から蔓延した感染症の、その猖獗の極めっぷりと、(近代化した)日本をモデルにそれらにどう対処したのかが書かれている。発生した感染症は、ペスト、コレラ、マラリアなど。この時期に、雲南地方由来のものとされるペストが中国から世界中に広がり流行しました。それから、1919年にはコレラが東アジアに広まり日本の都市でも流行しました。このときに上海では、死者が多すぎて棺桶が足りなくなったそうです。
現在の新型コロナウイルスはウイルス(のよう)ですので、ペストやコレラとはありようやその威力とかが違うと思いますけれど、現在の中国の状況がよく分からないので、致死率が高くないかもしれないとはいえ、気をつけるためにできるだけのことはしないとなと確認しました。まあ、感染症は規模を変えても(?)いつでも流行するものなので、きちんとした知識を得て、きちんとした対処法を理性的に行いましょうということを確認したということです。


・二階堂奥歯『八本脚の蝶』(河出文庫)

読み返したというより、今回の文庫化で、書籍としてはじめて(文字通りパラパラと)読んだ。以前ネット上のやつを読んだだけだった。著者はほんとによく本を読んでるなぁ。こんだけ読んでる編集者って現在どれくらいいるんだろうか。20年前くらいにはバリバリネットやってたけど、この人のことはあんま知らないんだよな。日記が書かれている頃はちょうど入院後からの療養期間で、あんまネットやってなかったからな。私は、そのころは暇だったので色々読んでたけど、これ読み返すとけっこう読んでる本の傾向は著者とかぶってるんだよな。ここに書かれていることをなんとなくしんみりと読んでしまったのは、私が馬齢を重ねすぎたせいか。


・山田風太郎『戦中派虫けら日記』(ちくま文庫)

『八本脚の蝶』を読んでいて思い出したのが、山田風太郎の日記。この『虫けら日記』には、戦時中の著者の苦衷や生活や病気のことなんかが記されている。とくにこの日記で書かれているもので目立つのは、読んだ本についての感想。「これだけこんなものを読んでちゃ、入学試験に通るワケがない」(p196)というくらい、ものすごい量の本を読んでいる。この時の山田風太郎は、おそらく自分が作家になるだろうとは思わなかっただろうから、この時期に本ばかり読んでる自分に対して、じくじたるおもいがあったのだろうか。「荷風を読みショウペンハウエルを読む、ほとんど時代錯誤なり」(昭和十九年十二月十一日、p556)とあるから、そうなのかもしれない。
では現在、「時代錯誤」という思いを持つような読書はあるのだろうか。まあ私にとっては、よく読む怪奇幻想文学や哲学書なんかが、おそらくそうなのかもしれない。

(成城比丘太郎)


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