- 芳年の初期から晩年までの作品を集める。
- 妖怪が書かれたものを中心に。
- コミカルなものから端正なものまで。
- おススメ度:★★★★☆
月岡芳年(wikipedia)は、幕末から明治にかけて活躍した浮世絵師です。芳年は歌川国芳(wikipedia)に師事しました。まず本書に取り上げられている最初期の作品には、その国芳の影響が濃く見受けられるようですが、二十歳そこそこの若者が描いたものとは思えない出来です。人物(武者絵など)と、ちょっとコミカルな面もある妖怪の描かれた構図は、師から踏襲したもので、まだ粗い面もあります(それは、円熟期の作品と比べたらということですが)が、妖怪の生き生きとした感じは既にあります。
ここに収録されているのは、初期の『和漢百物語』と晩年の『新形三十六怪撰』との全図の他、100点の怪奇絵です。初期から円熟期とされる時期の作品からは、人物や妖怪などの動きを一瞬のうちに切り取ったような感じを受けます。すぐにでも動きだしそうな構図です。また円熟期の作品には物語が端々から読み取れます。色遣いが細かく、派手な印象を受ける作品も多いですが、明治期になって赤系統のバリエーションが増えると、さらに色鮮やかになります。特に円熟期の作品は、タッチも細かく傑作揃いだと思います。一つ残念なのは、ページのスペースの関係で、小さく印刷された絵がいくつかあることですが、これは、値段のことを考えると仕方ないと思います(鑑賞には何の問題もありません)。
いくつか私が(変な視点から)面白いと思ったものを取り上げたいと思います。「36・和漢百物語/将武」では「将武」が顎を上に向けて、のけぞっている恰好なのですが、これは、シャフト作品でよく見るいわゆる「シャフ度」によく似ています。「41・和漢百物語/酒呑童子」で描かれた「酒呑童子」は、初めて見た時に「志村けんのバカ殿」が頭に浮かび、そうするともうそれにしか見えなくなってしまいました。「55・平清盛炎焼病之図」は大判錦絵3枚続の大作で、これは現在のイラストとしても十分通用するものだと思います。
晩年の作品には、それまでの派手さはあまりないような感じですが、どこか枯淡の境地にいたったというか、ひとつの様式美があります。この頃にまた体調(神経衰弱)を崩しだしたせいもあって、一見シンプルなものが多くなったのでしょうか。ちなみに、芳年は実際に幽霊を見たことがあるそうなのですが、そういう経験も作品にいかされているように思います。その時の様子を描いた幽霊絵も載っています。
ところで、本書の解説によると、鳥山石燕から「妖怪の図様を転用」している作品もあるようです。その点で気になったのが、鳥山石燕『画図百鬼夜行』の「鉄鼠」の構図と、芳年『新形三十六怪撰』の「三井寺頼豪阿闍梨悪念鼠と変ずる図」の構図がほぼ同一だということです。石燕の頼豪は左を向いていて、芳年の頼豪は右を向いているという違いだけで、後は全く同じと言っていいのですが、これは、芳年のオマージュなのか、こういう構図が形式的なものだったのか分かりませんが、芳年の方が出来は良いです(当たり前か)。
本書(画集)は、常に本棚の見えるところに置いておいて、気が向いたときに手にとって鑑賞したい一冊です。余談ですが、浮世絵(錦絵)は実際に実物を見たら、印刷やネットなどで見るものと全く印象が異なって、(本物の)凄いオーラがあります。特に本書の絵は、小さく圧縮されているために細かいところが分からない部分があります。私の父親は何枚か芳年の錦絵を所有しているのですが、それを見ると、本物感を強烈に感じるとともに、細かいところが鮮明に見えて、彫りや摺りの様子がはっきり分かります。(美術館などで)実物を見るのも同じくおススメします。
(成城比丘太郎)