★★★★☆

来るべき種族(エドワード・ブルワー=リットン、小澤正人[訳]/月曜社-叢書・エクリチュールの冒険)

投稿日:2018年11月6日 更新日:

  • 「来るべき種族」という新人類?
  • ユートピア文学の系譜を受け継いだSF的作品
  • 謎の力「ヴリル」におびえる語り手
  • オモシロ度:★★★★☆

【最初におしらせ】

はじめにちょっとしたおしらせですが、個人的な体調の都合により、しばらく週に1回+αの更新になります。以上おしらせでした。

【著者について】

著者は19世紀イギリスの作家で、日本では、明治期に翻訳が多数出されて人気を博した作家だそうです。とここで、名前からして、あのリットンと関係あるのかなと冗談で思っていたら、訳者解説によると、「リットン調査団」の団長は、本書の作者リットンの孫だそうです。知らなかったから、ちょっと驚きました。まあ、それ以上調べていないし本書とは関係ないと思うので、どうでもいいことですけど。

【簡単な導入内容】

簡単な導入内容です。アメリカで生まれた語り手の「私」が、体験した内容を語りだします。イギリスから移住してきた「私」は、ある時父親の遺産を元手に地球を放浪中に、知り合いの技師に連れられてとある鉱山に赴きます。そこで、「私」は知り合いから、鉱山の奥になにやら別の世界が広がっていると聞かされます。「私」は好奇心に駆られ、そこへ向かいます。地下深くに、人の声のようなざわめきを聴き、岩の裂け目からは何やら都市のようなものが見えたのです。「私」とその知り合いとは、その地下都市へと降りていこうとするのですが……

【ユートピア文学などとしての本書】

本書は、数あるユートピア文学の系譜につながるものとされています。ユートピア的なものは個人的に嫌いじゃないので読みはしますが、詳しいことは分かりません。そもそも、未だ肝心のトマス・モア『ユートピア』(Ama)すら読んでいない……(近々読もう)。そしてまた本書は、後に続くSF(サイエンス・フィクション)の嚆矢ともされているようです。確かに何も知らずに読んだら、個人的にはユートピア的SFとしてしか読めないでしょう。ユートピアとは「理想郷」ともいわれたりしますが、その本義とは「どこにもない場所」とされるとどこかで読みました(いい加減)。まあ、でも読み終わってからは、ここに書かれた異世界人(?)はおそらく当時の人々にとって(当時の)進化論的にありうる光景として想像されていたのでしょう。

この点に関して、本書を読み始めてすぐに気になることがありました。この「私」が「目を覚ますと(中略)物言わぬ集団がいて、東洋人のような厳粛で物静かな様子で私の周囲に座っていた」(p25)ことに気付くのです。この「東洋人」がどこの地域のどんな人間を指すのかは分りませんが、この後にも何度か「東洋人らしい」といった形容が出てくるので気になったのです。なぜかというと、著者がこれを発表(執筆)したのは年代的に日本の幕末・明治初期にあたっており、その前後には欧米から旅行者が日本に来て、現在日本で変に話題に上がったりしている例の「古きよき日本」的な日本人描写といった記録を残しており、それが頭に浮かんだからです。どういうことか。以前読んだカンパネッラ『太陽の都』(岩波文庫(Ama))というユートピア文学的な作品のなかで、日本人のことがボロクソに書かれていて(確か)、そのことがずっと頭に引っかかっていたので「ユートピア、東洋人」というキーワードに敏感になっていたからです。ただそれだけです。しかし、本書を最後まで読んでも、その「東洋人」が何を表すのか分からなかったので、とくに何の意味もないとは思いますが、リットンが欧米人の日本旅行記を読んでいるか、もしくはそういった旅行談を誰かから聞いていたら面白いなと思っただけですので。

【本書についてのアレコレ】

まず内容については、本書カバーにある次の要約をもとにみていくことにします。

「地球内部に住む地底人の先進的な文明社会ヴリル=ヤとの接触をつぶさに描いた19世紀後半の古典的小説。卓越した道徳と科学力、超エネルギー『ヴリル』と自動人形の活用により、格差と差別だけでなく、労働や戦争からも解放された未知の種族をめぐるこの異世界譚は、後世の作家やオカルティストたちに影響を与え続けている」

これ以上書くことはないし、実際に読んだ方が面白いと思うので、何も説明することはないのですが、一応個人的に面白かったことを書きます。まず、異世界とありますが、現在バブル的に流行っているいわゆる「異世界」ものとは全くテイストが違います。「異世界」といっても、地底の世界のことなので一応地球内部のことなのです。ですので、現代人にとって何かすごいラノベ的な現実世界から隔たった理想世界が描かれるわけではないのです。

この世界の住人(種族)は、「ヴリル」というものの力の恩恵を受けているわけです。それは、「すべてに充満する流体に蓄えられた潜在的な力」のことです。その「ヴリル」の力に満ちた「ヴリル=ヤ(文明国家)」という世界は、自動人形(オートマトン)といった先進的な科学技術の導入もあって「誰もが好きなようなやり方で好きにくらしている」場所であり、「現在の状態よりも幸福で完全な状態があるという信念で一つにまとまっている」世界なのです。また、空を飛ぶ翼や飛行船の発明により移動も簡単になります。さらに、適度なスポーツや菜食主義的な節制でもって、幸福を最終目的にするというなんだかストア的な理想を掲げていたりするのです。

ついでにいうと、この世界には胸躍らせるような文芸は必要なく、ただ昔に書かれた書物を読んだりするだけです。なぜなら、文学とは、「想像力にもっとも強く支配されている」ものであって、そのようなものはヴリル=ヤの人々の精神の安定には必要ないからです。目新しさは野蛮な世界では魅力に映るのですが、ここでは必要ないものだということです。なんだかもったいないですが、そんなもんなのでしょう。

またこの世界は、平等性をうたいあげており、すべてのものが何らかの形で平等性を実感できるような社会システムになっているようです。そのなかで、性別による差が面白といえば面白い。まず、この世界では求婚できるのが女性だけとされており、その女性はヴリルの力をより強く扱えるのでかなり強大な存在として書かれています。ここで注意しなければならないのは、解説でも書かれているのですが、女性がどの時点においても男性に対して優位に立つのではない、ということに気をつけるべきだということです。また、ちょっと個人的に面白かったのが、語り手の「私」に終始気を遣い好意を示してくれたある女性(=「ズィー」)の姿を読んだ時に、なぜか『ハンターハンター』の「ビスケ」の真の姿(?)が頭に浮かんだことです。何の関係もないですけど。

そして、本書において気をつけておきたいのが、かなり優生学的な思想がみえるところです。これはまあ、当時の進化論受容に関して考えるとしょうがないのかなぁ。まあ、そのことが「私」をおそれさせもするのですから、そうなのでしょう。

【語り手は何に恐怖したのか】

語り手の「私」は、地底世界に降り立ち、この世界の人びとの力を目の当たりにした時から不安や怖れを抱きます。それはなにかというと、ヴリルの力を奮う人びとの姿によるものです。後に「私」が聞かされることになるのですが、下手したら彼は実験体として解剖されていたかもしれなかったのです。たまたま、彼を拾った人たちがよかったので、そういう目に遭うことは免れたのですが、少しでも何かあれば彼が別世界から来た人間として消し炭にされるかもしれないという、逼迫した恐怖を実感的に経験したからです。この世界の種族が積極的に戦争を起こすことはないのですが、それでも何かあると、この世界の子供たちが攻撃対象を簡単に灰にすることができる(技術力をもつ)場面に遭遇したからです。

さらに「私」を悩ませるのが、ラヴロマンス的なものに関することです。詳しくは書きませんが、「私」は二人の女性から好意をもたれることにより、自らの命に関わる危機に立たされるのです。別世界の存在である彼は、別のある女性からも好意を受けることにより、そのせいで粛清されるかもしれないと知るのです。その顛末は読んでいただくとして、ここから読みとれるのは次のようなことです。

~この地底世界(異世界)で、地上の人間がハーレム的展開を迎えることは、その命を危険にさらすことになるのです。つまり、この作品は、「異世界ハーレムもの」に反する、いわば「アンチ・ハーレム」として読むことができるのです。これと同じモチーフでラノベ化してもおそらくブーイングされることでしょう。その内容がロマンス的に胸打つものであったとしても。~

【さいごに】

本書は、ものすごい傑作かどうか分かりませんが、個人的には面白かったです。ユートピア文学とか古典SF(?)に興味がある人ならば一度は読んでおいた方が良い古典的名作だとは思います。あと、個人的に翻訳の日本語文が読みにくいところもあったのですが、それも味だと思って読めば、とくに気にする必要はなかったです。

(成城比丘太郎)

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