★★★☆☆

東京震災記(田山花袋/河出文庫)

投稿日:2017年9月3日 更新日:

  • 花袋の目で見て、肌で感じた震災の模様。
  • 様々な人たちの体験談を聴く花袋。
  • ルポでありながら小説でもある。
  • おススメ度:★★★☆☆

宮崎駿監督作品『風立ちぬ』の序盤で一番印象的なのは、関東大震災の描写でしょう。主人公とヒロインが出会った状況としては、劇的であり、それからの物語の行末をあらわしているようにも見えます。2011年の東日本大震災の記憶が鮮明に残っている中で封切りされたこの映画には、関東大震災当時の被災者の緊迫と混乱を、追体験させるかのような迫真さがありました。それは、花袋が『東京震災記』に書いたものでもあったのです。

「それは何とも言われない光景であった。あたりはしんとした。世界の終りでもなければ容易に見られまいと思われるような寂寞が、沈黙が一時あたりを領した。誰も何も言うものはなかった。声を出すものもなかった。唯、内から人の遁げ出す気勢ばかりがあたりに満ちた。」(p30)

といった花袋の回想は、映画に描かれた震災直後の様子に合います。それから映画では、あちこちで起こる火災から発生した煙が立ちあがって、空を覆うシーンが映画にあります。青く晴れ上がった空に、白い雲のように煙が上がって、そこに陽があたり、オレンジ色に染まっている描写です。それもまた。花袋が見たものと同じでしょう。

「午後になってからは、カラリと晴れて、そのもくもくとした雲を除いては、あとは碧い碧い美しい磨きすましたような空であった。後にはそれに夕日があたって、ところどころ光って、何とも言えない魔の世界を思わせるような光景を呈して来た。」(p35)

という花袋の描写です。これも正確に映画に反映されている感じがします。

宮崎駿が、田山花袋の本作を読んだかどうかわかりませんが、このような風景は当時の誰もが書き記しているものでしょう。ところで、宮崎駿はなぜこのような、関東大震災の発生直後の様子を克明に映画にしたのでしょうか。私は、そのあたりを調べたことがないので分りませんが、映画を観た時に、ある一つの憶測が頭に浮かびました。宮崎駿は『崖の上のポニョ』を制作した時に、海外の記者たちに、「スマトラ島沖地震(とくに津波)」との関連から、批判的な質問を受けたように記憶しています。その時に宮崎は、「日本人は古くから災害と付き合って生きてきた」みたいな答えを返していたのをおぼえています。その答えをこの映画で示したのでしょうか。

脱線はこの辺りで止めて、本作の紹介・感想に戻ります。田山花袋は、地震発生後すぐに、東京の中心部へ単身ででかけ、つぶさに惨状を見て回ります。そこに広がっているのは、(『風立ちぬ』ではかかれなかった)とてつもない光景でした。あちこちに火災による「死屍(しがい)」が転がり、辺りは周囲の山並みがはっきりと見えるほどの焼け野原です。しだいに不穏な情勢が醸成し、「朝鮮人」に対する暴行の話や、流言飛語の数々がとんだりしています。花袋は、廃墟と化した東京を見て、江戸の面影が残っていた在りし日の街並みを念頭に、その場所にまつわる個人的な思い出を思い浮かべます。彼は廃墟となった東京の姿を「原始的状態」とよぶとともに、そこからの新しい東京への期待をも語ります。

花袋が直接見たものを書くとともに、花袋が色んな人から聞いたりした、震災の体験も書かれています。東京や横浜などでどのような目に遭い、生き延びたのかといった話。その生き延びた人が語る、犠牲になったひとの話。そのような様々な人の体験談によって、この作品は、ルポルタージュ風の小説にもなっています。この複数の体験談がなすのは、いわば、ポリフォニー小説です。複数の視点からみる関東大震災の模様は、この震災とそれに伴う社会情勢をどう捉えるかの記録になっています。花袋が語る震災と、複数の被災者が語る震災とが響きあって、ひとつの記録が成立しています。

(成城比丘太郎)


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