★★★★☆

江戸川乱歩作品集Ⅰ(江戸川乱歩/岩波文庫)

投稿日:2018年1月11日 更新日:

  • 「愛またはセクシャリティ」というテーマで選ばれた作品群。
  • いろんな愛を謎ときのような形で。
  • 傑作長編『孤島の鬼』が読みごたえあり。
  • おススメ度:★★★★☆(作品としてのおススメ度)

江戸川乱歩の死後50年が過ぎ、乱歩作品における著作権の保護期間もなくなって、青空文庫でも多数の作品がアップされているようですが、本文庫に収められた作品は現在(2018年1月)そこではアップされていないようです。別に岩波文庫で読まなくても、おそらく将来的にどこでも読めることになるとは思いますが、ここに収められた作品は、一応作品としてはおもしろいので、紹介するということになります。なぜ、私がこんな迂遠な書き方をするかというと、本文庫のほとんどのページ数を占める、乱歩の傑作長編である『孤島の鬼』に関しては、岩波ではなく創元推理文庫版の方で読んだ方が良いからだと思うのです。そこには竹中英太郎の挿絵が全点付けられているからです。もちろん挿絵なんかいらないといえばそれまでですが。さらに、創元文庫キンドル版では、挿絵が付いているかわかりませんが、かなり安価で読むことができます。というわけで、岩波文庫で読むかどうかはともかく、作品としてはおススメということです。

では作品紹介。まず「日記帳」では、死んだ弟の日記帳を読んだ私が、そこに、弟が想いを寄せるある女性との文通のあとを発見します。私はその内容からある符号を見出すのですが(見出すという行為は、いわば人の秘密を暴きだすこと)。最後は一応オチがつくのですが、それよりもあまりに力技的な符号だなぁと思います。なんか、坂口安吾の「アンゴウ」を思い出しました。つづく「接吻」は、妻の行動に不審を抱いた夫の、結果的にはその疑惑が勘違いとされる内容の短編。しかし、それは本当に勘違いなのか、妻の弁明的謎ときは虚偽であったのではないだろうか。それを想像してみると怖いものがあります。ここでは、覗きという視線の焦点化がもつ舞台に、鏡というアイテムがトリックとして用いられています。

「人でなしの恋」は、語り手の私が、死んだ夫である門野のある秘密を知ったことから、嫉妬故に犯してしまった事件の顛末のこと。夫が、結婚してから夜な夜な土蔵に忍び込んで、浮気をしていた〔と私が思った〕相手とは何なのか。その謎解き自体はとくに難しくなく、読んでいてすぐにわかります。ここでは土蔵の一室に閉じこもった夫の言動を、私が想像することで、なにやらあやしい雰囲気が漂いだすのですが、そのわけは、私の盗み聴きという行動にあるかと思われます。結末には、妻である私の「人でなし」的な仕打ちが招く、怖ろしくも耽美な光景がまっています。

「蟲」は、タイトルが示すように(?)、視覚的な恐怖をも訴えかけてくる中編です。それは、主人公の征木愛造が、厭人癖をもっていて、他人の視線を避けているところからもくるかもしれません。ふだん土蔵に引きこもって暮らしている征木の、ある女性への恋情から、やがて殺人に到り、物質としての死体に翻弄されるさまは、滑稽でありながら怖いところがあります。その後半における、変化していく死体の描写はグロくありながらも、なぜかうつくしさすらおぼえます。本編でも他作品同様、征木の友人とその女性に付きまとうときの盗み聞きや覗きという、ちょっと倒錯的で甘美な楽しみにひたれます。解説では、「人間を恐怖する征木の幼少期の記述は乱歩自身のセクシャリティの確認作業」ということで、本編含むこの作品集にはそのことが多く見受けられるように思います。

さて、一番の傑作なのが『孤島の鬼』です。これを読んでほしいがために、ここで取り上げるということになりました。乱歩の全作品を読んだわけではないですが、これは傑作のひとつですよとお伝えしたい一品です。安藤礼二によると、「『孤島の鬼』は、乱歩がはじめて書き上げた「通俗長篇」であるばかりでなく、乱歩の作品のなかで唯一「同性愛」が正面から取り上げられ、その結果、以後決して「少年物」に翻案されることがなかった、いわくつきの作品」(『光の曼陀羅』講談社文芸文庫)ということで、なんだかすごそうなかんじを受けます。アマゾンで『孤島の鬼』を検索すると明らかにBLっぽい作品(漫画とか)が出てきますし(中身は未確認)。しかし同性愛がひとつのテーマとはいえ、主人公の蓑浦はここでは初代という女性と関係を持とうとし、彼にためらいがちに同性愛的友情を求める友人の諸戸を拒絶します。この諸戸の生涯を思うと、女性不信(?)になったのもまあ仕方ないとは思いますが、最終的な〔作者の〕仕打ちをみるに、諸戸はかわいそうな人物ではあります。

簡単なあらすじとしては、語り手の蓑浦(私)が自身の髪が真っ白になってしまった、その原因である恐怖体験をこれから語るという口上からはじまり、その後の内容としては、いくつかの殺人事件とのかかわりあいや、最終的に畸形の存在が住む島へと渡り、島で体験したことを回顧的に綴ったものとなっています。推理物というより、読者に隠された謎を小出しに、私こと蓑浦が語っていくという流れになります。このことが推理物(探偵小説)の形式に当てはまるのかどうかわかりませんが。私と婚約した初代や、上述の友人諸戸や、これまた友人で素人探偵の役割をになう深山木など、それら人物たちがある因縁に結ばれるようにひとつの線に繋がっていきます。蓑浦は、偶然そこに巻き込まれたという形になるのでしょうか。

南海の孤島に渡った蓑浦が見るのは、そこに集められ監禁されていた「かたわ者」や「不具者」たちです。彼らを救いだしたときの光景は、再読時でもちょっと衝撃ですね。詳しくは書かないので実際に読んでいただきたいですが、「シャム双生児」となった女の子と蓑浦との慕い合いなどは、なんか美しいものを感じました(彼がなぜ惹かれたのかは後に明らかになります)。「不具者」たちを集め、彼らを使嗾して犯罪行為に導いた人物もまた「不具者」であって、健常者(ふつうの人間)への恨みを持ちながら、様々な悪事をなそうとしていたのです。殺人鬼となったその人物の妄執は許容できるものではないし、いろんな人の人生を(とくに諸戸)狂わせてしまったわけです。しかしなぜだかすごい悪の塊だとは思えない(そう思えないのは、もしかしたら諸戸に比べてあまり出番がないからかも)。最後の奴の有り様を見るに、奴もまた自らの境遇ゆえに狂ってしまった、かなしい存在なのかもしれない。やってしまった悪事は許されるべきではないが、その人間への恨み自体はわからないではない(あくまで創作上の「悪念」としてですが)

『孤島の鬼』は、序盤は恋愛まじりの探偵小説として、後半はちょっとした異境(?)冒険ものとして読むことができるかと思います。本文庫に収められた他作品を含めてここには、読者を眩惑させるような差異化の効果があるように思えます。覗き行為(やストーカー)はその役割の差とともに、内/外といった境界のそれも読者(私)に意識させます。また『孤島の鬼』では、都会と孤島といった〔境界の差としての〕場や、「不具者」や健常者といった存在の違いが効果的に描かれます(とはいえ、こういったことは恣意的にいくらでもうみだせるので、あまり意味がないかもしれない)。その中で、フツーの人だった「秀ちゃん」が双生児となったというのが興味深いです。

(成城比丘太郎)


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