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江戸病草紙(立川昭二/ちくま学芸文庫)~読書メモ(50)

投稿日:2019年8月16日 更新日:

  • 読書メモ(050)
  • 「近世の病気と医療」
  • 病が江戸の人々の暮らしに何をもたらしたのか
  • 個人的おもしろさ:★★★★☆

【江戸の人々の暮らし本を読む】

最近、『江戸入門』(山本博文〔監修〕、河出書房新社)(Amazon)を読んだ。副題が、「くらしとしくみの基礎知識」とあるように、主に江戸のまちで暮らした人たちの、その生活ぶりが写真や資料とともに紹介されている。時代小説や時代劇が好きな人にはそれなりに入門書として手頃な本だと思う。江戸の武士(の職務)からはじまり、庶民の日々の生活や、どんなものを食ってたのかや、どんな家に暮らしていたとかが、簡単にわかる本。

ところが、この本には、全く書かれていない項目がある。それはいうまでもなく、病気に関すること。「くらしとしくみ」について書いているというのに、江戸人が罹患した病について全く書かれていない。これは不十分を通り越して、もはや個人的には画竜点睛を欠くといいたくなるほどの不完全さ。この本を読むと、なぜ時代小説や時代劇ドラマなどで、江戸時代の病気がそれほど詳しく描かれないのがよく分かる。おそらく多くの人はそんなの興味がないから。

現代では、病気(健康)というのは、人間にとっての重要な問題になっていると思う。都市部に行って周りを見るとどこも病院だらけで、そこに小さな医院や眼科歯科などを合わせて地図上に記しただけで、何かしらの双六ができるくらい。世の中には病気(健康)という観念にとりつかれた人であふれている(それはなにもリアル空間だけのものではない)。もし、ある病が根絶されても、また別の病があらわれる。それは難病や重大な病だけには当てはまらない。病院に行って軽い心身の不調を訴えた程度でも、医師としてはその患者の主張を無視することはできないので、何かしらの診断を下すしかない(その可否は措いて)。さらに、以前には趣味趣向とされたものが新たに何らかの心身の疾患との相関と結び付けられたりするので、これからもどんどん新たな病名が止むことなくうまれるだろうと思う。これは、何らかの現象(に関する認知)を際限なく増やしていって、なんでもかんでも病(とそれに付随する健康)に結び付けようとする、現代人の病的な特徴のひとつかもしれない。まあ私が今さら言うことではないけども。

話戻って、この『江戸入門』ではどうかというと、「[江戸での庶民の暮らしは]健康であればどうにかなった」と、なんとも身も蓋もないことしか書かれていない。具体的な病名として書かれるのは「性病」だけ。これは主に梅毒のことだと思う。江戸の人と現代人との病気に対する身構えや思想は、違うかもしれないけど、江戸時代において病気が重大でなかったはずがない。それを考えると、江戸での生活は「健康であればどうにかなった」というのは何の意味もなさない。そんなことは現代でもいえること。いや、現代ではある程度の病気ならば、それなりの生活は日本では送ることができるし、よほどの重症でもない限り、日常生活に支障をきたすことはない(が、特定の病に対する偏見は多少残っている)。

では、江戸の人にとっての病とはどんなものであったか、その病をどう受け入れていたのか、ということが書かれているのが、『江戸病草紙』。

【近世の病気と医療とは】

『江戸病草紙』は40年前(1979年)に平凡社から出版されたもので、この文庫自体も20年前の出版。そうだからか、現在では使われていない病名も書かれているけれども、江戸時代の病気や医療に関して読める本としては、今読んでも十分通用すると思う。というか、ここ最近は関連書でいうと、新書とかをちょっと読んだだけなのです。それでも、私が読んだなかではこれが一番面白い。というか、これが面白かったので、何か他のものを詳しく読もうと思わなかっただけですが。

『江戸病草紙』でわかるのは、いかに江戸時代には(にも)、病はあふれていたということ。本書を読んで、もし江戸時代の作品を私が書いたとしたら、そこら辺に病人があふれていたという光景を書くことでしょう。それくらい江戸人は病とともに暮らしていたことが分かる。たとえば、「痘瘡(天然痘)」はあまりにも身近で恐れられていた。道を歩く多くの人の顔にはその痕がのこっていたよう。他にも、現在でも流行の兆しがある「麻疹(はしか)」とか、梅毒とか、赤痢とか、江戸でも多くの命を奪ったコレラとか、まあ現在では完全に治すことのできる病気が日常的に見ることができたようです。だから、もし過去遡行機かなんかでこの時代に行ったとしたら、現代人なら「これはヤバい」と思うくらいに病気(というか疫病)が流行していたと分かるかもしれない。江戸のまち自体は他の地域よりもましだったのかもしれないけど。それでも江戸での暮らしを病気から見た場合、それを現代人のような感覚で見ることは、よくある江戸幻想に陥ることにつながるかもしれない(かどうかわかないけど、どれだけ過去の人が病気に苦しめられたかということを現代で軽視しすぎでは)。

当時の学者や医者では同定できていないというか、原因がわからない病気もあるので、症状に対応する診断がつけられていない。それはそうなのだろうが、ここに載せられた史料からでもその病変に対する見識の確かさはうかがえるので、ある意味現代より病気に関する知見は劣っているわけではないと錯覚しそう。それに、本書を読む限りでは、何らかの病変への(民間療法を含めた)対症療法といった感じのものが多いので、現在みたいに徒に病名を増やしていこうという傾向はそれほどみられないように思える。

そんななかで、意外に思われるのが、この時代には「眼病」が多いということ。とくに近世は「盲人」が多かったことが知られているし、現在でも眼科は重要なものであるので、やはり(?)眼というのは非常に大事だというのがよく分かる。江戸の人たちはもちろん眼を保護するという考え、というかそれへの処置に思いつかなかったきらいがあるので、どうしても眼が悪くなる人が多くなるのだろう。そして忘れられがち(?)なのが、寄生虫病の多様さだろう。現在でも寄生虫はいるし、ほんの少し前までギョウ虫検査などで、寄生虫は身近な存在だった。当たり前だけど、ほんの少し前まで日本人は寄生虫に悩まされていたので、そのことを詳しく書かない時代小説はダメ、ではないけどなんかイマイチ。まあそれはいいとして、江戸時代になってから、堆肥として人糞尿を使用することが増え、その結果畑に寄生虫の卵がまき散らされてしまい、江戸時代の人々はあらゆる時代の中で一番寄生虫に悩まされたらしい。これも時代劇ドラマなどでは、ほとんど描かれない。

まとめとしてはとくにないけれども、本書のみならず、江戸の病に関する本はいくらでもある。歴史好きな人なら病(疫病)がどれだけ歴史を動かしたかを知っていると思うので、一度詳しく江戸の人が苦しめられたものをみてみるのも一興ではないでしょうか。

(成城比丘太郎)


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