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★★★☆☆

海蝶 海を護るミューズ(吉川英梨/講談社文庫)

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  • 海猿こと海上保安官の女性版
  • 東日本大地震を正面から描く
  1. 家族がテーマの直球型のお話

おススメ度:★★★☆☆

Amazonのコピーはこんな感じである。

不可解な沈没、海底の義足、救助を拒む女。 日本初の女性海保潜水士が海に潜む闇に挑む! 手に汗握る長編サスペンス

これで内容の説明は終わってもいいくらい的確だ。同時にこの枠からはほとんど飛躍せず、女性が潜水士として通用するのか? というのが、第一のテーマである。調べた限り、本日現在、実在の女性潜水士はいないようだ。よって体裁は小説だが、仮想ノンフィクション的要素もある。要するに「もし、女性潜水士がいたら」というせ語り口である。

もう一つ、東日本大地震を正面から描いていることに興味があった。冒公開中アニメも同じ要素を持つが、娯楽小説というフォーマットで東日本大地震というものを考える機会になればと思った。

私は360度ぐるりと山に囲まれた小さな町で生まれ育った。海から来た人には「空が狭い。窒息しい」などと言われた寒村だ。そして今も海の無い街に住んでいる。ただ、東日本大地震の記憶は強烈で、阪神淡路大震災をリアルで味わった(大阪の大学に通っていた)世代だが、同等以上の衝撃だったのを覚えている。正直言って今でも怖い。

物語は女性潜水士の誕生から事件、数々の試練、遭難者を巡るサスペンス、原点となる地震の描写、家族愛を強調するオチでと進む。ちょっとしたミステリ感もあるが、本筋では無いので軽い謎解き程度。

メインは主人公・忍海愛(おしみあい)の女性潜水士としての葛藤だ。男性隊員より遥かに地力が劣ることに終始悩み続ける。相棒となる先輩で有能な八潮、現役最年長の潜水士である父、優秀な血のつながらない兄、彼らとの関係で揺れ動く。

本人は少し軽いくらいの明るいキャラクターだが、母親を震災で亡くしたことで心に影がある。

さて、感想だが、冒頭から海猿ならぬ海蝶といて名付けられるシーンや相棒のことをバディと呼んだりすることに、少々作り物っぽさがある。愛のキャラクターも、どことなくリアリティがない。ステロタイプな「○○初の○○」で、感情移入が難しいのだ。

対して海難事故そのものは小規模だが少々トリッキーだ。八潮と愛の兄の仁が過去に経験したサンフラワー事件の方がアクションも多く派手な事件だ。ここの事件も大きな伏線になっているのだが、どうにも1に1を足したら2になりましたというような面白みのない展開が続く。

ただ、短いページ数だが東日本大地震の被災シーンは、かなりの恐怖を感じた。私は映像や記録で知っただけで、その「時代」は共有していたが被災者ではない。それでも迫りくる津波と母親を失うシーンは怖かった。もう少しで救えたのに、という嫌なIfが思い浮かぶ。

これは物語の2/3位を消化してから出てくるシーンなのだが、ようやくそこでこの小説に対して興味を持てた。その後は忍海家族の物語も頭に入ってくるので、このシーンの投入が早ければ違った印象になっただろう。

正直ジェンダー云々の描写は興味がないし、熱心に書かれてもいない。現場のリアリティに力が入っているが、キャラクター造形が軽い。後半に出てくる女刑事が主人公に相応しい気がする。そこだけ漫画なのだ。

そこで冒頭の娯楽小説のフォーマットで書く東日本大地震というテーマだが、割と真面目に取り組んでいて、両立出来ていると思う。もちろん物足りない部分は多々あるが、その点に関しては真摯に突き詰めているように思えた。

ディザスターものにならず、ファンタジーに頼らず、広く東日本大地震を語ることは、必ずしも来るであろう次の震災に向け、広く人々の注意を喚起する意味があると思う。

結局、地震が怖い。この怖さを手がかりに別の小説を探してみたい。

(きうら)


-★★★☆☆
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