★★★☆☆

百年前のバルセロナで何が起こっていたのか

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悪女(マルク・パストル、白川貴子〔訳〕/創元推理文庫)
カタルーニャを知る事典(田澤耕/平凡社新書)
死体泥棒(スティーヴンソン、吉野由起〔訳〕/集英社文庫ヘリテージシリーズ『スティーヴンソン』より)

  • ゴシック小説風のホラー的味付けがなされたもの(『悪女』)
  • 実際の事件を基に書かれた作品(『悪女』)
  • 当時(20世紀初頭)のバルセロナの状況が少しは分かるかも
  • おススメ度:★★★☆☆

【『悪女』の内容説明など】
『悪女』の著者は、スペインのバルセロナ生まれ。作品内容は、20世紀のはじめに、バルセロナで実際に起こった事件を基に、「吸血鬼」と呼ばれた「悪女」が登場する作品ということで、そのあたりに興味を持って読みはじめました。この物語の進行役は、「私」という「全知の語り手」です。この「私」が狂言回し的役割で作中に介入しては、登場人物たちにある影響を及ぼすのですが、いったい何者なのかは、まあ読んでいればすぐに分かります。
物語は、「モンジュイックの丘」での墓荒らしにおける死体の回収場面からはじまります。そのあと、子どもたちが消える事件が多発し、首を噛みちぎられた男の死体が発見され、町には「血に飢えた化け物」の噂が立ち、話はちょっとしたホラー的な雰囲気を帯びます。
この事件に関する誘拐犯や、「吸血鬼」を追って、捜査に乗り出すのがモイセス・コルボ警部とその相棒のフアン・マルサノです。このコルボが、エンリケタという化け物と並ぶ、もう一人の主人公といっていいでしょう。というか、「吸血鬼」の正体であるエンリケタにはそうそう感情移入できないでしょうから、ふつうの読者はコルボの視点から真相に迫っていく過程を楽しむものになっています。ちなみに、謎解きミステリーの類ではありません。むしろ、コルボがバルセロナの街をあちらこちら捜査するうちに、街を覆う(巨悪的な)存在が謎として現れてくることになります。
このコルボからみると、作品的にはどこかハードボイルド調の感があります(ハードボイルドのことはよく分かりませんが)。作者のマルク・パストルは、実際に「カタルーニャ自治州警察の科学捜査課に属する警察官」ということで、警察小説(これもよく知りませんが)のようにも読めます。
人を「魅惑する力と震え上がらせる力の両方」をもったエンリケタだけでなく、本作には他にも曲者的な人物(ヘンタイ的な人物)も登場します。小児性愛者的な人物に、死体をすぐに解剖したがる医者などなど。そして一番わけがわからんなぁと思ったのが、ゼラニウムの植木鉢に欲情してそこへファックする「ゼラニウム・ファッカー」でしょう。まあそいつは話のネタとしてでてくるだけなのですが。このように(?)、当時のバルセロナの街にどんな人物や組織があって、実態がどのようであったのか、少しは分かるかもしれない、そんな作品なのです。

【当時にバルセロナについて】
バルセロナというと、今では観光地で賑わっているようですし、FCバルセロナの本拠地であったり、最近ではカタルーニャの独立問題が世間の耳目を集めていたりしています。ではこの作品の舞台となった20世紀初頭はどうだったのでしょうか。本作の「訳者あとがき」によると、19世紀から南部アンダルシアなどからの移住労働者が増えて、超過密都市となっていて、労働者たちは過酷な生活を強いられ、その一方で、一部の金持ちは優雅な生活をしていたようです。「本書の<悪女>が暗躍する背景には、19世紀最後の十数年間でブルジョアジーの天国となったこの町がかかえていた、そんな階級格差の光と闇があるのです」としていますが、本作中にも

「バルセロナには非業の死を遂げる人が毎日のように相次いでいた……云々」(p186)

と当時の悲惨な市民の様子が描かれています。
また一方で、次のような本作の表現が印象的でした。

「バルセロナは、あまたの恋人と別れてきた老婦人のような町である。引き裂かれた心を抱えているのを、自分で認めようとしていない。歳をとるたびに鏡の中の自分を見つめ、変化に気付かされて、そのつど全身の血を新しくする。ふつふつ煮えたぎる寸前まで熱くなった血は、サナギが蝶になるように、勢いよく弾け散るのだ。最初の段階は、不信から始まる。近所づきあいのあった長年の隣人は、もしや敵ではないのかと思えてしまい、そのときから距離が置かれる。」(p43)

田澤耕『カタルーニャを知る事典 (Ama)』によると、

「一九一四年、第一次世界大戦が勃発すると、中立国であったスペインは戦争特需で好景気に沸いた。しかし、潤ったのは資本家ばかりで、庶民の所得は増えず、むしろ物価高騰によって生活は苦しさを増した。大部分は、その日を暮すのがやっとという状態に置かれていた」

ということで、本作の舞台である1911年と比べても、状況は変わっていないのでしょうか。さらに、

「一九一七年に起きたロシア革命は、労働者や農民の革命に対する希望を大きく膨らませ、各地で地主や資本家に対する反乱が相次いだ。とくに、工業先進地域であったバルセロナでは、資本家を標的とするアナキストによるテロが頻発した。しかし、当局がこれを抑えることができなかったため、資本家は殺し屋を雇ってアナキストを狙わせた。テロと逆テロ、バルセロナは『爆弾都市』と呼ばれるヨーロッパ有数の物騒な街と化した」

というように(その後のスペイン内戦と合わせて)、近現代のバルセロナは荒波のような歴史の中にあったのですねぇ。

【名作たちへの目配せ】
本作には、コルボ警部による名作批判(?)が見ものです。まず「ホームズ」や「デュパン(ポオ作品に出てくる探偵)」への批判です。これは、おそらく警察官である著者の実体験的見地からくるものでしょうか。コルボは17歳で読書の楽しみを知ったという設定で、本作で彼が言及するのは(一部抜粋)、『新訳 ジキル博士とハイド氏(過去記事)』、『吸血鬼カーミラ(Ama)』(レ・ファニュ)、「コナン・ドイルの一連のシャーロック・ホームズもの(EX:緋色の研究(Ama))」、『フランケンシュタイン(Ama)』(メアリー・シェリー)、『吸血鬼ドラキュラ(Ama)』(ブラム・ストーカー)、『オペラ座の怪人(Ama)』(ガストン・ルルー)など。内容的にこの作品に深くかかわっているのでしょうが、私はきちんと読んでないものもあるので、そのうち読んでみたい。それから、マイリンクの『ゴーレム(Ama)』から名付けた「ゴーレム」という警察官も出てきます。
また、本作冒頭に墓場荒らしが出てくるところは、スティーヴンソンの『死体泥棒 』との内容的な連関が深いようです。『死体泥棒』も本作と同様に実際にあった事件を基に書かれており、その内容は、若い医学生であった登場人物の、死体を工面することからくる恐怖のラストまでが印象深く描かれています。これは短編なので読んでもらいたい一編ですね。

【まとめ】
このフィクションの題材となった実際の事件は、「訳者あとがき」の簡単な概要をみるに、けっこうえげつないものがあるようですが、本作ではそれがほのめかされるだけのようです(おそらく)。まあ、作品としては、ホラー的にはそれほど怖くはないですが、私としては色々と興味深く読めました。

(成城比丘太郎)




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