★★★☆☆

蝶のいた庭 (ドット・ハチソン/創元推理文庫) ~早い段階で完全なネタバレあり注意

投稿日:2022年4月3日 更新日:

  • 映像化できない変態行為を描いた小説
  • 直接的な残酷描写はむしろ少ない
  • 読みやすいがオチが弱い
  • おススメ度:★★★☆☆

想像を絶する富豪がその財力を駆使し、自らの庭<ガーデン>に若い女性を拉致して集めハーレムを作った。本書はその真正変態が夜ごとその庭を訪れ、彼女たちを破壊する物語の一部始終である。

と、私なりに予備知識として最低限必要な部分を書いてみた。これで興味が湧いたなら、一切の予備知識を排除して本書を読むべきであろう。間違ってこのサイトを昆虫図鑑の紹介か何かと勘違いして開いた方はこのまま何も読まない方が良いだろう。中途半端に興味が湧いた方は以下のネタバレ紹介をご参照のほど。

(本の裏のあらすじ)FBI特別捜査官のヴィクターは、若い女性の事情聴取に取りかかった。彼女はある男に拉致軟禁された10名以上の女性とともに警察に保護された。彼女の口から、蝶が飛びかう楽園のような温室〈ガーデン〉と、犯人の〈庭師〉に支配されていく女性たちの様子が語られるにつれ、凄惨な事件に慣れているはずの捜査官たちが怖気だっていく。美しい地獄で一体何があったのか? おぞましすぎる世界の真実を知りたくないのに、ページをめくる手が止まらない――。一気読み必至、究極のサスペンス!

非常に読みやすい翻訳のおかげで、この長い物語をスムーズに読み進めることができる。この小説の構成は明確で、ハーレムが崩壊し、被害者の一人がFBIの捜査官ヴィクターに取り調べられるシーンから始まる。ヴィクターはこの手の事件の専門家で、何としても被害者の人権を守り、一人でも多くの被害者を救い、事件の真相を解明したいと願っている。一方、救助された女性は過酷な体験から、自分の何を守り何を明かすべきか迷っている。基本的にこの二人が主軸であり、マヤという名前の不幸な少女から庭<ガーデン>の様子をいかに聞き出すかがサスペンス要素になっている。なお、本書の8割以上がマヤの独白によるガーデンの回想録だ。当初、被害者の女性から多角的に事件の真相が明かされると思っていたので、そこは少し肩透かしを食らった感じだった。

以下、核心的なネタバレを含むのでご注意を。

様々なサイコパス系の小説を読んできたが、本書の核となる<庭師>の設定は「普通」だ。彼の性癖は15-17歳程度の若くてきれいな女性を拉致し、自らの秘密の場所<ガーデン>に軟禁する。そして、彼女たちを蝶に見立てるため背中に精細なタトゥーを彫る。その過程で感染症にかかって死んだり、発狂する娘もいる。そういった娘は殺される。タトゥーが完成すると<庭師>は初めてその女を自らの所有物と認め、レイプする。その後は一般的な植物園の中にある隠された場所、庭<ガーデン>に彼女たちの生活の場所を作り、比較的快適な環境を与えて生活できるように手配する。

<庭師>の表の顔は実業家の富豪で、慈善活動に従事する心臓病を患った妻がいる。彼はその生活を守りつつ、ほぼ毎日ガーデンを訪れ、自らの蝶を犯して回る。女性の数は最大で15名程度である。病的なのは彼女たちが何らかの理由で死ぬ、あるいは、自分で殺すと腐敗処理を施し、廊下の展示ルームにタトゥーを前面にして樹脂で固めて保存する。彼はそれをコレクションだと感じている。

また、彼は女性が21歳になると蝶としての美しさや資格を失うと考え、何の落ち度がなくても殺害し樹脂で固めて展示する。彼はこの秘密を最終的に二人の息子と共有する。長男は本物のサディスト、次男はロマンティスト。長男は拷問好きで、蝶を必要以上に傷つけるため、父親である<庭師>から制裁を受ける。次男は善良なタイプだが、それでも父親と趣味を部分的に共有していまう。被害者数はのべ50人以上と推定できるが、はっきりと本文では書かれていない。

こういった異常犯罪系の小説には次のようなタイプがある。

1.変態的・猟奇的設定の表現・文章描写にフォーカスする。
2.残酷描写は最小限にして、心理ドラマを重視したタイプ。
3.上記の二つをミックスし、変態性癖を盛り込みつつ、事件の解決を目指す折衷型。
4.単に歴史的に存在した変質者の行動を記録する。
5.構成を工夫し、サスペンス小説としての面白さを追求する。
6.構成を工夫するのは同じだが、ミステリとして構築する。
7.ただの変態エロ小説。

本書は3.もしくは5.に当たる小説で、高校生以下におススメできるような内容ではないが、かといって閲覧注意というほど残酷描写シーンが(このサイト的には比較的)グロテスクではなく、メインは心理劇である。メインストーリーは庭<ガーデン>で何が起こりどう終わったかという謎だ。ただ、これは被害者女性が救助されている時点で結末は予想がつく。焦点は「何が行われていたか」に移るが、それも割と早めに上記の変態行為の全貌が明かされるので、それほど読書のモチベーションにはならない。その後に残るのは、被害者女性たちの拉致された状況における複雑な関係性である。これが真のメインテーマだ。21歳の死までカウントダウンされ、日常的な凌辱と時限爆弾のようなガラスケースへの強制保存という狂った状況下で、いかに生き残るかを描いたサバイバル劇、とみるのが妥当だろう。実際にマヤは様々な英知を巡らし、最終的にガーデンを崩壊させる。

ちなみに私の中で1.に当たるのは「殺人鬼-覚醒篇 (綾辻行人)」「隣の家の少女(ジャック・ケッチャム)」などで、普通は吐き気を催す。性的な描写が多いのも特徴だろう。2.は「クリーピー(前川裕)」「MASK 東京駅おもてうら交番・堀北恵平 (内藤了)」は、3.は「羊たちの沈黙(トマス・ハリス)」かなと思う。4.は「異常快楽殺人 (平山夢明)」でこれが一番気味が悪い。後味も最悪だ。5.は「連続殺人鬼カエル男」や本書、6.は「姑獲鳥の夏(京極夏彦)」「首無の如き祟るもの(三津田信三)」、7.は団鬼六の「鬼ゆり峠」かなと思っている。

本書に戻ると、前半は庭<ガーデン>の様子がはっきりわからないので、捜査に協力的でないマヤとヴィクターの心理的駆け引きがあり、かつ、徐々に明かされる異常な実態のおかげでキャッチコピー通り熱中して読み進められる。中盤を迎えると、主にガーデンでの日常生活における女性たちの友情とその結末に話が移るのでサスペンス要素は薄れる。それでもどうして庭が崩壊したかという謎が話を引っ張っている。終盤になるとこれが結局、次男によるものだということが分かり、最終的に火災が起こるなどちょっと安易なエンディングを選んだせいで徐々に魅力を失っていく。一応、どんでん返し的なオチも用意されているが、それほど意外なものではない。作中で完結する程度の内容だ。

まあたくさんの類書を読んできたのでそう思うのかも知れないが、庭師のガーデンはちょっと非現実的すぎるし、彼の年齢でそれほど絶倫であるということも引っかかる。また、これだけの人間が失踪していて一切バレていないにもかかわらず、その手口の詳細が分からないので、むしろどうしてバレなかったのかどうか不思議に思うレベルだ。監視カメラが溢れた社会でそんなに簡単に若い女性を長い期間に渡って何十人も誘拐できるだろうか。この根本的疑念が消えなかったのが、最後まで残念だった。誘拐の手口が詳しく明かされないためだろう。

一部の変態嗜好諸氏からすれば、背中にタトゥーを彫るというのは随分と大人しいレベルの非人間的行為ではないだろうか。性的描写はそれほど多くはなく、しかも淡白なので、サディスティックなエロティシズムを求めて読む小説ではないだろう。ただ、内容的にはかなり残酷なのでそこは想像力に左右されるかも知れない。

結論として、小説として面白かったかと言われるとイエスだ。ただ、傑作かと聞かれると微妙と答えてしまう。やや単調な気もするし、一部の設定に疑問があるからだ。とはいえ、近年私が読んだ海外の翻訳ホラー・サスペンスでは、満足できる時間が過ごせたので、一応おススメとしたい。映像化すると少女への虐待シーンが半分以上になるし、12歳の凌辱についても触れないといけないので今の社会では無理だろう。とはいえ、とんでもなく長く、フリの割にオチが冴えないことを覚悟の上、この奇妙な庭<ガーデン>を訪れてみるのも一興だ。

(きうら)



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