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ホラーを中心に様々な作品を紹介します

★★★★☆

見えるもの見えざるもの(E・F・ベンスン、山田蘭〔訳〕/ナイトランド叢書)

投稿日:2018年3月23日 更新日:

  • 科学者(や学者然とした者たち)の分析がおもしろい
  • 降霊会や、幽霊や、雪男(怪物)や、吸血鬼など様々な題材
  • 死ぬことがそれほど怖くないと錯覚できるホラー
  • おススメ度:★★★★☆

この前『塔の中の部屋』を取り上げた時に、その記事内にて、乱歩が「怪談入門」という評論で「ナメクジ怪談がおもしろい」と書いていたことを紹介しました。実際にその「ナメクジ怪談」を読みたくなったので、さっそく『乱歩の選んだベスト・ホラー(Ama)』を借りてきて、そこに所収された「歩く疫病」(西崎憲・訳)を読んだところ、これがすこぶるおもしろくて、丁度発売された本書にもこの短編が収められていたので、ついでに全編読んでみました。

その「ナメクジ怪談」は、本書では『幽暗(くらき)に歩む疫病(えやみ)あり』というタイトルになっています。こちらは、西崎訳よりも「ひらがな」部分が多くて読みやすいです(字体も大きい)。どちらがいい訳かは分りませんが、続けて読んだのに別作品といった雰囲気を楽しめました。話としては、乱歩が言うだけあって、本書では一番ホラーらしいです(というか、クトゥルーものに出てきてもおかしくない)。舞台は、ポラーンという村で、村人は都会から隔絶した生活を送っており、そこに宿る「目に見える力、見えない力」を借りているのです。幼少期に、療養でそこに滞在した「わたし」は、長じて都会で成功するも、ポラーンへの望郷の念が止みがたく、また戻ってくることになったのです。その土地には、「ネゴーティウム・ペランブーランス・イン・テーネブリス」(ラテン語)という「魂に死をもたらすもの」、「輝かしい力に連なるもの」などと形容された、おそろしい存在が潜んでいたのです。物語では、それを冒瀆した者をナメクジ形の物体が襲うのですが、それから逃れるには夜を迎える前に火を焚いておくことだけでした。しかし、遅れるとどうなるか……
【追記】最近出版された、『All Over クトゥルー -クトゥルー(Ama)』という本をパラパラめくっていたら、『乱歩が選んだベスト・ホラー』の項目において、オーガスト・W・ダーレスが「湖底の恐怖」執筆時にこの「歩く疫病」を参考にしたと思しい、と書かれていました。これはおそらく読んだことがないので、また借りてきて読んでみたい。

『塔の中の部屋』もそうでしたが、本書でも、科学者のような人物が、ある程度合理的な説明をするところがあります。冒頭の『かくて死者は口を開き』は、科学者サー・ジェイムズ・ホートンが、ある人工生命体をつくりだそうという、今なら臓器移植にも繋がる話です。彼は、脳に刻まれた死者の記憶(メモリー)を、レコードのように再生させるというのです。最後はある事件の真相の告白と、科学者の謎めいた死が唐突に描かれますが、こういったラストはきらいではありません。
つづく『忌避されしもの』は、目に見えない何らかの恐怖を感じる作品です。「わたし」の近所に越してきたエイカーズ夫人をめぐる話。彼女の夫は彼女に恐怖を覚えて拳銃自殺を遂げていました。そして「わたし」の妻は夫人の姿に「魂が吐き気をもよおす」という恐怖を感じ、動物すらも夫人からは逃げだす始末です。唯一「わたし」の義兄であるチャールズだけが彼女に興味を抱くのです。その後、この夫人という謎の人物をめぐる話は意外な展開を迎え、「わたし」の妻をさらなる恐怖に直面させます。それは、偶然性の重なりが、偶然を思わせないからこその恐怖なのです。チャールズの合理的な(?)輪廻転生に関する最後の解釈をどう捉えるかですが、私は興味深かった。

本書では、既視感のある作品もあります。『恐怖の峰』には、「恐怖の峰」という山に住まう怪物が出てきます。まず物語は、スイスのすばらしい自然描写からはじまり、そこからの急な悪天候と、不穏な感じを演出します。「わたし」は生理学者イングラムの怪物目撃談に半信半疑で山に登るも、実際に怪物(雪男風)を目にしてしまうのです。そいつは、獣の風体なのに人間じみていて、「わたし」はそこに恐怖を覚えます。それは、人類の深淵の具象化でしょうか。「わたし」はその後、老婆の獣人に追いかけられるのです。ままあまあのおもしろさ。
『マカーオーン』は、ある降霊会で、「わたし」の召使であるパークスについての助言を受けるという話。「わたし」が家の前で見かけた青年の姿はその降霊会に現れた支配霊だったのでしょうか。これだけだと、単なる降霊会の不思議さや有益さをあらわしただけかもしれないのですが、医師サイムズの手紙がそれを相対化して、この一編に奥行きを与えています。「わたし」が見た謎の青年、会での助言、すべては偶然かもしれませんが、そうともいえないところがあるのがイイ。こういうありがちだけど、よく考えると不思議なことというのは、しかも自らにとって何らかの意味付けをしてしまうということは、誰にでもあるのではないでしょうか。
よくあるというと、『アムワーズ夫人』というのは、典型的な吸血鬼譚といたかんじです。よくありすぎて何も言うことはないのですが、本書最後の作品である『ロデリックの物語』では、登場人物にこの吸血鬼ものについて(自己)批判させているところがおもしろいですね。

降霊会というと、霊媒としての女性が不可欠でしょうが、また違う形で女性の怖さを描いたものもあります。先に書いた『忌避されしもの』は、女性というより、転生してきたものに関わるものでした。
『農場の夜』では、呑んだくれの妻に殺意を抱くアイルズフォードの話。彼の妻エレンは、若い時は美しかったものの、その後変わり果てた自堕落女性になったのでした。彼女は堕落した一族に連なり、その一族に関わった(結婚した)者たちは、身の破滅を迎えていたのです。とにかく変わってしまったというエレンの描写がすさまじい。アイルズフォードは彼女を殺そうとするのですが……。ラストは、『ロデリックの物語』を逆にしたような感じです。
『不可思議なるは神のご意思』は、32歳で亡くなったという、レディ・ロークについての話。彼女は、「麗しいバラの陰にのぞく毒草の棘」という例えのごとく、人や動物の苦しむさまを楽しみ、また人をもてあそぶのも好きな女性でした。美しいカントリーサイドの風景描写は、荒ぶる自然の具現化としての彼女を表しているようで、また彼女の生命力がそれに感応するさまを感じます。この一編もそうですが、本書にはもれなく美しい自然が描かれています。その彼女は、降霊会で、ある事件の真実を告げられるのですが……。

『庭師』は、クリスマス休暇中に、「ヒース生い茂る自然豊かな土地」で体験した幽霊譚。無人の家に人の気配を感じたり、その空き家に入る長身の男の姿を見かけたりと、まあよくある幽霊目撃の話。そして、その幽霊についての推理を通して霊の存在の不思議が語られます。ここでは、「わたし」の友人ヒューの妻マーガレットが操る霊応盤(ウィジャボード)がアイテムとして効果的に使われています。
また、『ティリーの降霊会』はそのものずばり降霊会での出来事を扱っていますが、これは普通とは(?)逆に、主人公のティリー氏が霊となって降霊会に現れて、その内幕を覗き見るという趣向になっています。霊体になって時空を自由自在に行き来するティリー氏は、自分が出席するはずだった降霊会に霊となって登場するのです。なんというか、こんなふうにして霊が現れるんだったら、あの世へ行く前の居場所としては楽しいだろうなと思わせる一品。とくに、霊媒の女性とティリー氏のやり取りがおもしろい。

死ぬのも悪くないなと錯覚させてくれるのが、最後の二編。『地下鉄にて』は、人生を楽しむ、楽天的なアンソニーの、「現実がいかに非現実か」という話を「わたし」が聞き、そして不思議な体験をするという話。アンソニーが地下鉄で見かけたある霊についての話から、最後はその幽霊が訪れるというまでの経過が描かれますが、ここで詳細を書くより読んでもらいたい作品です。最後はいい話ですが、どこかその幽霊の姿は日本的なウェットなかんじがします。

最後の一編である『ロデリックの物語』は、死を目前に控えたロデリックを、「わたし」の家に迎えるのですが、その家はロデリックにとって懐かしい愛の因縁ある場所だったのです。ロデリックは、この世とあの世との「境界の地」たる、ひとつのよろこばしい境位があることを「わたし」に語るのです。彼が言うには「こちらの世界で拾いあつめた知識の束こそ、幽霊」ということ、つまりこちらの世界との絆があるということであり、また「境界の地」とは大変喜びに満ちた世界であるはずだということで、死後待っているのはそういう場所だということでしょうか。それとも最後の審判までのことでしょうか、よく分かりませんが。とにかく、ラストはロデリックにとって多幸を伴う待ちわびた出迎えであり、それは読む人に静かで約束された感動(どこかで見た感動だけど)をもたらしてくれます。あの世へと赴く前に、幽霊となってこの世の人たちの前に現れたいという心情は、ただ死後が暗いだけの世界ではないということを示しているかもしれない、ということを思わせてくれる一編。

死を含めての生を楽しむかんじが本書からにじみでて(とくに最後の二編からは)、それが目的論的に人生にうるおいを与えているようです。また、怖いという感情が、(死を通しての)生きることと直接的に結びつくことにもつながっている気がしました。

(成城比丘太郎)


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