創作

逆さまのステレオ ~夜風(1)(「てのりくじら」引用)

投稿日:2019年2月8日 更新日:

  • 作者の経験した怖い話(1)
  • と、なぜか詩集を混ぜてみる
  • 詩と怖い話を混ぜるという良く分からない実験
  • おススメ度:分類不能

【前説】これから私が実際に経験した怖い話を書いてみたい。ただ、脚色はするので、実話を元とした小説になるだろうか。そんなに長い話ではないので、まあ、そこの兄さんお姉さん、ちょっと聞いていってくださいよ、的なもの。ただ、それだけでは面白くないので、本棚になぜかある詩集を引っ張り出してきて、ときどき挿入してみたい。それがタイトルの「てのりくじら/枡野浩一」という短歌集である。短歌集からの引用部分は思考線(――)で区別したい。

え、意味が良く分からない? そう、たぶんそれであっている。

【本文】

――こんなにもふざけたきょうがある以上どんなあすでもありうるだろう

平成6年、三重県のN市は、山間に開けた小さな盆地である。標高が高いため、冬は寒く夏は涼しい。大きな川が流れていて、旧市街にはいたるところに用水路が走っている。昔の殿様が建造したと言われているが、普通の長屋が川の上に建っているのは、知らない人には奇景に映るだろう。郊外には山を造成した住宅地が多数広がっている。
そのN市には、その年、少しだけ話題になるような出来事が起こった。
コンビニエンスストア、というものができたのである。当時のN市は、それなりに開けてきた町とはいえ、人口にして6万人程度、夜も9時になればほとんどの店がシャッターを下ろしていた。いや、体感的には「日が暮れると」営業終了していた。それで誰も困らなかったし、そのことについて文句を言う人もいなかった。つまりは昭和の色を強く残していて、まだ、平成になり切れていない町だったのだろう。
私は当時、大学生だった。大阪で経済学を学んでいた。別に経済に興味があったわけではなく、単に「受かったから」という理由で通っていた。単位は落としたことは無いから、真面目な学生と言っても良かっただろう。反面、自己中心的で頑固、人嫌いでもあった。
コンビニ、という存在はもちろん知っていた。それは駅前にできたで、通学帰りに寄ってみた。ただ、今のように生活に馴染んだものではないので、何となく珍妙な施設に入るような気分だった。
私にとっては24時間営業ということが斬新だった。24時間、つまり休みなし。これが、後々私に祟ってくるのだが、その時はまだ良く分からなった。

――真夜中の/電話に出ると/「もうぼくを/さがさないで」/と/ウォーリーの声

そのコンビニの2号店が、町はずれに出来ることが決まった。どうしてそのことを知ったのか知らないが、狭い町である。直接、建設中の建物を見に行ったのかもしれない。
「アルバイト募集」と、張り紙が張ってあったはずだ。
大学2回生まで、私はスーパーの荷出し係として近所のスーパーでアルバイトをしていたが、そのスーパーが改装に入ってバイトは途切れていた。3回生になって、学校には週に二日いけば十分だと分かった。暇を持て余していたのである。応募してみよう、と思った。
人嫌いの私が、どうしてコンビニというサービス業に興味が向いたのか、それは良く分からない。ともかく、若い時にありがちな無意味な行動力を発揮して、さっそく電話で応募してみた。
指定した日時に、開店前のコンビニの店舗で簡単な面接があった。何を聞かれた分からない。何度か返事をしているうちに、採用が決まった。要は人が足らなかったのだろう。
そうして私は青い縦縞の制服を支給され、夜10時から朝9時までの勤務を、週に3、4日行うことになった。学校のある日もそのまま夜にバイトに行ったりした。自転車で10分もかからない。
とにかく若いので体力があった。学校に行ってその夜バイト、そして学校に行って、またバイト、早朝からカラオケに行って5時間歌ったりした。今、そんなことをしたら死んでしまうような気がする。
しかし、平成一桁、田舎町のコンビニである。日付が変わると、朝までほとんど客が来なかった。

――無理してる自分の無理も自分だと思う自分も無理する自分

その夜、一緒にバイトに入ったのは通称「シュウジ」と呼ばれる、一歳年下の大学生だった。こいつがなかなかの男で、初対面で私のことをいきなり「君」付けで呼んできた。年下にも関わらず「ま、よろしく頼むわ木浦くん!」と、さらりと言ってのけたである。
年下なら「さん」付けだろうと思ったが、何も言わなかった。どこかキレると怖そうな眼光をしていた。内気な私と比べ、抜群の行動力があった。気さくな性格でだれにでも話しかけたし、男ぶりが良かったので、女の子にもモテた。私は、別の大学に通う女の子がわざわざこのシュウジに会いに来た場面に遭遇した事も有る。率直に言って羨ましかったし、まあ、住む世界が違うな、とも思っていた。
ところが、深夜のコンビニバイトはとにかく暇なのだ。売るものも単純だし、そもそも客が来ない。することと言ったら、このシュウジと話すことか、売り場の漫画やエロ本を眺めるか、店内の監視カメラに手を振ってみるか、まあそんな下らないことばかりだ。
ただ、話してみると、この男は、実は映画に深く傾倒していることが分かった。そしてシュウジは声を潜め、初恋の人があるアニメキャラだと言ってきた。私もそのアニメは知っていたし、その時から小説も漫画も創作していた「オタク」だったので、映画もアニメも大好きだった。私が言うなら分かるが、わざわざ女の子が追いかけてくる男が言うセリフじゃない。今でいうリア充であろう青年が、アニメキャラが初恋だというのは、激しいギャップがあった。
人間とは不思議なものである。表層上、全く違う人間の心が通う瞬間がある。初恋の人物がいかに素晴らしいかを恥ずかしそうにシュウジが語ったあの瞬間、私たちの心は固く連結されたのである。
以来、この男と深夜バイトに入るのは楽しくなった。話すネタも尽きなかった。この男の影響でクラシックしか聞かなかった私が、カラオケにも行くようになったのだ。

――ローソンに足りないものをだれひとり思い出せない閉店時間

その夜、そう、その夜の話だった。冬、だったと思う。その日も妙に人の少ない、暇なバイトだった。夜10時に来た荷物をさばき、店内を掃除し、フライヤーを洗浄すると、やることが無くなってしまった。時刻は午前1時にもなっていなかった。
「おう、木浦くん、やっぱりスターウォーズはいいよな」
「ああ、ライトセーバーがサイコ―だな」
「そうそう、こうやって手を伸ばすとな、ブーンと音がなって」
「やるか? おれも出すぞ」
「じゃあ、俺はオビワンな」
「俺は何でもいいや、行くぜ」
「うおっ」
まったく、バカヤロウである。スターウォーズがリブートされるのはその3年後なので、私たちは、13年も前に完結した(はず)の映画の話で盛り上がっていたのである。今なら炎上必至だが、レジを飛び越えたり、店内を走り回ったり、やりたい放題だ。誰も来ないのだから、何をやっても怒る人間もいない。監視カメラも所詮磁気テープに記録されるだけなので、ネットで監視されてるわけでもない(そもそもインターネットが普及するのはそこから3年以上先だ)。
ただ、やはり丑三つ時にもなれば、疲れてくる。私たちは、バックヤードと呼ばれる狭い休憩室に座り込んで、それでもぼそぼそ、何かを話していた。たまに、夜商売の客が来たりしたが、基本、二人きりで静かだった。
微かな振動があった。
二人とも「ん?」と思った。地震かと思ったが、気にするほどでもない。そのまま、誰と誰が付き合っているか、というような話をしていた。しかし、気が入らない、不思議な胸騒ぎがした。
何となく二人とも落ち着かなくなり、店舗の方に出てみた。何も変化はない。二人とも無口になって、顔を見合わせたりした。
その時、不意に、びたん、という音と共に入り口のドアが震えた。
人の手が、真っ黒な夜を背景に、ドアのガラスに張り付いていた。
ドアはゆっくりと店内に開き、そして、妙にはっきりと、
ピンポーン、と鳴った。

――四百字ぶんの枡目をうめるにも足らぬ三百六十五日

手で押し開かれた扉は、そのままゆっくりと開き、一人の小柄な男がよろめきながら這入りこんできた。
全身がささくれている、と、咄嗟に思った。その男は、体のあちこちが毛羽だったようになっていた。左足を引きずり、ヨロヨロと近づいてくる。ささくれは破れた服だった。破れた布地から赤い地肌が見えた。
血塗れ、という言葉を聞いたことはあったが、実物を見たのはその時が初めてだった。
男の頭は割れ、血が顔面を伝っていた。床に向けてポタポタと、血液が落ちている。
私は不思議なことに、驚きもせず、恐怖も感じず、ただ(ああ、床掃除がいるな)と思っていた。思考が止まっていたのだろう。
「やっちまったぜ……」
男は大儀そうにカウンターによりかかると、それだけ言った。シュウジが素早く動いて、休憩用の丸椅子を出してきて男を座らせた。なぜ、寝かせなかったのか分からない。店の電話から119番をかけているシュウジが見えた。この男は、こういうところが優れている。
私は、たぶん、呆けていた。ひょっとしたら、本当に床掃除を始めていたかもしれない。
その男を余り直視したくなかったからだろう。足が変な方向に捻じれていたはチラッと見た。
事故。そうだ、さっきの振動は事故だったのだ。
男はカウンターに寄りかかって呻いている。シュウジが何か言っている。
所在ない私は、ふと、誰かに呼ばれたような気がした。むくむくと、心に湧き上がる感情があった。
見たい。どんな事故だったのか。とにかく一度見てみたい。
気が付くと、私はコンビニを出ていた。

――階段をおりる自分をうしろから突き飛ばしたくなり立ちどまる

夜風がひんやりとしていた。
コンビニの前は、二車線の道路だ。近くに信号がある。私は左右を眺め、信号のすぐ近くの電柱に、黒い塊が転がっているのを発見した。人はおろか、車さえ通りはしない。スポットライトのように、黄色く明滅する信号の光だけが妙にはっきり光っていた。
私はゆっくり歩き、その塊に近づいた。大きなSUV車だった。それが見事に反対にひっくり返っている。前面はぐしゃぐしゃに潰れてガラスも割れている。頭の中では血塗れの男がチラつく。
それでも、好奇心には勝てなかった。私はもっと近づいて、その車の中を覗き込もうとした。信号の光を反射し、規則的に黄色く照らされた車内が見える。

んー、んんーんんんー

歌が聞こえた。逆さまになった車でも、カーステレオはまだ生きていて、そこからくぐもった歌が流れていた。

んんんー、んん、ああ、んーんん

死体が苦し気にしゃべっているようだった。私はさらに中を見た。
夜の闇に溶けて真っ黒になった血が、べったりとシートに張り付いていた。それが一定の間隔で黄色く浮かび上がる。
私はめまいを感じてヨロヨロと後ずさった。
そこには、まぎれもない死があった。
怖くて、コンビニに戻ろうとした。シュウジにもこのことを言わないといけない。
そう思って顔を上げると、道を挟んだ向かい側に、一人の女性が立っていた。
長い髪を夜風に任せ、黒いコートに手を突っ込んで私を見ていた。距離にして10メートル以上離れている。だから、声が聞こえるはずはなかったのだ。
でも、彼女は確かにこう言った。

「一度底が抜けると、そこは際限のないくらやみ」

目眩がした。再び見ると、歩き去っていく黒髪の女性が見えた。いや、見た気がした。
どれくらいそうしていただろう。
気が付くと、遠くから、微かに救急車のサイレンの音が小さく聞こえてきた。
私は、固い地面を、じっと見ていた。

――口笛を吹けない人が増えたのは吹く必要がないからだろう

<了>

(謝辞)多数、引用させて頂きました枡野浩一氏に心から感謝を。今も、私の頭の中でたくさんの言葉が生きています。


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