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風の歌を聴け(村上春樹/講談社) 〜あらましと感想、軽いネタバレ

投稿日:2017年6月2日 更新日:

  • 悟ったような青春の一夏の追憶
  • 著者の自伝的デビュー作
  • すでに作家として完成している
  • おススメ度:★★★★☆

読む終わって感じるのは「これは全く村上春樹そのものじゃないか」という奇妙な感慨である。デビュー作ではあるが、私が読んだのはノルウェイの森、ねじまき鳥クロニクル、海辺のカフカ、1Q84 の後だったと思う。それで感じたのは「全部同じ」という事だった。

村上春樹が興味がある事項は実にはっきりしていて、通俗的に言えば物事を哲学的に冷静に捉える男性、そして、その対極に位置するエキセントリックな友人や恋人、さらに陰毛や勃起といった性的モチーフと複数の女性とセックスすること。全ての著作を読破した訳ではないのだが、著者が描きたいのはそれだけで、後はもの凄く演出をうまく変えて、平凡な主題にマジックをかけ、日本で最も売れる面白い小説群を作り上げている。

本作は恐らくほとんど実話ないしは実体験を元に膨らませたエピソードだと思われるが、後の小説に登場するキャラクターと多くの共通点を持つクールな青年ーー冷静な視点、紳士である、女にモテる、洋楽に詳しい、悲しみをやり過ごすーーが登場し、同じくちょっとエキセントリックでセクシーな若い女性と深い影を持つ友人が登場する。そして、全部で40の短い区切りの中で、まるで点描のように印象的なエピソードが連続する。最新作「騎士団長殺し」では時に退屈を感じる冗長さがまるでなく、すばらしく読みやすく、機智に富み、若き著者が自由奔放に筆を揮っているのが分かる。

何より、著者自身の情熱が伝わってくる。物語の為に物語るような、そんな物憂げな調子はまるでなく、スッキリと整理された青春時代の情熱と恋と悩み、そしてむなしさを感じる事ができる。次の冒頭の文章は、私のような物書きにはぐっと来る。

「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね」

何をして絶望と呼ぶのかは論述されていないが、それが一切の希望を失う事なら、私は完璧な絶望はあると思っている。ただ、完璧な文章は勿論無い。私が、限りなく私の理想に近い文章を書いて見せてくれるのは、村上春樹ではなく、岡本綺堂氏だ。「半七捕物帳」などを読めばいつも思うが、これほど平易かつ明快、端麗にして嫌みのない文章は他になく、奇跡に近いと感じる。

脱線した。著者はこの冒頭が気に入っているそうだが、私も同感だ。ただ、不満もある。この小説は面白いし、傑作だと思うのだが、村上春樹はすでにこの時点で完成していて、たぶん、そこから一歩も外に出ていないと感じる。他の作品も面白いので、ついつい読んでしまうが、同じニュアンスを繰り返し繰り返し聞かされている気分がした。

前にも書いた気がするが、村上春樹の作品はいわゆる文学ではないと思う。最も近いタイプとしては、彼がこの作品の中で作り上げた架空の作家、デレク・ハートフィールドに最も近いはずだ。いわゆるペーパーバックの作家。これは貶しているのではなく、恐らく著者もそうありたいと願っていると感じる。多分、ノーベル文学賞なんて本人はいらないと思っているだろう。

しかし、まあ、無意味にモテまくる主人公には、ちょっとだけ、嫉妬に近い不信感を抱く。やれやれ。

(きうら)


風の歌を聴け (講談社文庫) [ 村上春樹 ]

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