★★★☆☆

魔法の庭・空を見上げる部族(カルヴィーノ、和田忠彦[訳]/岩波文庫)~(020)

投稿日:2018年10月9日 更新日:

  • 読書メモ(20)
  • カルヴィーノの初期短篇集
  • ユーモア、かなしさ、明るさ、ちょっとした不安あり(目立った怖さはない)
  • おススメ度:★★★☆☆

以前、『魔法の庭』として単行本とちくま文庫から出されていたものの復刊だということで、購入する必要はないかなと思ったのですが、本の解説をよく見たら新たに五篇の短篇が追加されていたので、購入しました。既読分に関しては、もう十年前、二十年前と、二回も読んでいるはずなのに、その内容を全く覚えていなかったことに驚きました。二回も読んだら、だいたいの内容は覚えているはずなのに、これは全くの初読といった新鮮さをもって向かいあえたのが、うれしかったです。

『むずかしい愛(過去記事)』と似たような雰囲気の話もあるのに、なぜ覚えていなかったのかは、読んでみても分かりませんでした。もしかしたら、こういうところにカルヴィーノ文学の「透明性」があるのやもしれません。また、パヴェーゼを思わせるような部分も個人的には感じられる一篇もあり、その(再)発見もまた私をうれしがらせてくれたのです。

カルヴィーノ自身のパルチザン体験が色濃く出たようなものもあるとともに、なにやら不穏な寓話めいたものもあります。しかし、その寓話めいたものは、寓話と捉えるのではなくて、そのまま彼が感じたことのひとつの文学的表現なのだとしたら、読んでいるこちらは何だかその現場に居合わせたかのようなものも感じてしまいます。

「猫と警官」や「動物たちの森」といった短篇には、ユーモアがあってよろしかった。「猫と警官」には、わかりやすい不安も感じられもしました。「不実の村」にもまたそういう感じはありました。「大きな魚、小さな魚」には、『むずかしい愛』にある、とある短篇の子供版といった感じであるとともに、透き通った明るさとユーモアとほんの少しのかなしさを感じました。海ときらめきだけでこれだけのちょっとしたかなしさが感じられるなんて。

明るさというと、この短篇集には、光に満ちている風景がスナップ写真のように揺らめきながら連続し、読む方の眼前には目眩にも似た鮮やかな泡がくっきりと生成されていくのです。その泡たちは子供が駆けまわるような、空と雲のあわいに揺れ動く、見えないながらも存在する幻の星星を思わせて、その狭いパノラマに目を奪われていると、急に大人の鼓動が響いてきて、私は、読んでいるこの場がもうすでに戻ることのできないどこかに逃げていったものの名残だと知るのです。

文学(小説)というものは、重いテーマや複雑な表現方法を使えば使うほど難しくなりがちで、またそれに付随してそれが何やら深いものだと勘違いさせる効果を持つことがあります(その著者に力量がない場合は悲惨なことに)。まあ、それでも、おもしろいものはおもしろいのです。しかし、様々なテーマを横断しつつ「軽さ」を表現しようとすることの方がときに難しいのではないかとも思います。暗さやおそろしさをそのまま表現したものから目を離し、潔い簡潔さと速さで書かれたものを、軽く読みとばさずに、そこに書かれた具体的なものを注意深く見つめることで、人生には明るさの下にも目を見張るような鮮やかさと複雑さと、読む私たちを驚くような別世界の入口に案内してくれる陥穽の手招きがあることに気付かせてくれるのです。

普段歩いている道端の、いつもなら見逃してしまう草むらに、蜘蛛の巣が小さくかかり、そこに捉えられた蝶や蜂のかすかなあがきに目を向けることで、卑小な生の大胆さと奥深さを知ることができるかもしれないのです。数メートルしかない木橋の下に流れる水の溜まりであっても、常にその流れは少しずつ更新されているように、私たちの生もまた、水溜まりに映る空にたまに現れる雲の切れはしであるのかもしれません。そうだとすると、ただ束の間に映る雲の遊弋を楽しむしかないのかもしれません。そんな一生に、このカルヴィーノの短篇を引き連れていくのも楽しいことかもしれません。

カルヴィーノの短篇集というと、この前出た『最後に鴉がやってくる』と『むずかしい愛』とをあわせて読むと、完璧かもしれません。私としては、早く『最後に鴉がやってくる』を読まなければ、と思う今日この頃でした。

(成城比丘太郎)


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