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★★★☆☆

黒いピラミッド(福士俊哉/角川ホラー文庫)※完全ネタバレあり

投稿日:2021年6月21日 更新日:

  • とにかく強引に黒いピラミッド
  • エジプト周りの描写はしっかり
  • でも、結局……
  • おススメ度:★★★☆☆

(本の裏から転載)将来を嘱望された古代エジプト研究者の男が、教授を撲殺し、大学屋上から投身自殺した。「黒いピラミッドが見える……あのアンクは呪われているんだ」 男の同僚の日下美羽は、彼が遺した言葉をヒントにエジプトから持ち込まれた遺物”呪いのアンク”の謎を追う。 次々に起きる異常な事件。禁断の遺跡にたどり着いた美羽を待ち受けるのは、想像を絶する恐怖と、”呪い”の驚くべき秘密だった。 第25回日本ホラー小説大賞受賞作。

「見えてる地雷」このタイトルにこの煽り文句を見て私は思わず唸ってしまった。完全に雑誌「ムー」の世界で、エジプト、アンク、呪いとは怪し過ぎる。しかし、ホラー小説大賞受賞とあるので、一応ホラーだと認識した。ならば、飛び込まなければ男では無い、などと思ってしまった。本を定価で買って読んだ。

以下、完全ネタバレありの感想です。

冒頭からエジプトで女学生と寝てる大学の研究者(最近この組み合わせのパターン多いな)のシーンから、呪いのアンクによる怒涛の殺人シーンが連発。マジなのか不真面目なのか非常に微妙だが、とにかく序盤は相当飛ばしてくる。揃いも揃って「黒いピラミッドが来る」とか叫びつつ非業の死を遂げる……「そんなわけあるかーい!」いや、危ない。こんな序盤で投げてたら紹介にならない。

一応、物語のバックグラウンドを書いてみると、主人公の美羽は、大学に所属する研究者。いじめ・引きこもりからエジプトに興味を持ったという過去と同じエジプトの研究者だった父を持つ。弟は元ヤンキーだが、今は結婚し家業の和菓子屋で勤勉に働いている。最初に呪われたのは有能な同僚とそのゼミ生。講座の教授は高城という権威主義者。美羽の教え子のゴスロリ大学生も有能な協力者として出てくる。

話の前半は色んな人が凄い勢いで死んでいき、そのキーがアンクであることに気づき、さらにその呪いでゴスロリ大学生も死ぬ、という感じ。流石に美羽は主人公補正で簡単には死なない。理由はイマイチ分からない。何故か一人だけ胸にアンクの聖痕のようなものができる。そしてまたもなぜかアンクを返しにエジプトへと向かう。人がいっぱい死んでるので、読んでいる時はそれほど違和感が無いが、よく考えたら主人公だけ死なないのはおかしい。急に呪文を唱えだしたりして……いや、それは置いておこう。竈門炭治郎がなぜ簡単に死なないのか? と、同じ類の話だ。

中盤のピラミッドの蘊蓄やカイロなどの都市の様子はそれなりに楽しめる。恐らく著者はかなりピラミッドについて研究したはずだ。フィールドワークもしているはず。もし話の舞台が呪いのトンネルで、アンクが古びた髪の毛とかだと、多分ホラー大賞なんてありえなかっただろう。結局、ここだけ本物感があるので、話は危うく揺れつつ何とか大人の読み物として続く。

作中でも触れられているが、呪いとは、本来は同じ文化の中に居ないと機能しないものだ。藁人形を知らない人がそれをみても不気味なだけで呪いとは思わないだろう。しかし、日本でそれを知っており、同じ村に住んでいれば誰かが誰かを殺したいというサインになり、それはやましい心を持つ者には恐れとして「効く」だろう。しかし、エジプトのアンクがアンクの意味も知らない人間を、触れただけで呪うなんてことは出来ない。呪いはウランでも無差別殺人兵器方法でも無い。現に政治で死んだ人間は多いが大量殺人の呪いなんて聞いたことが無い(呪術廻戦か?)。とにかく、この小説ではアンクに触れると、「黒いピラミッドが来る!」などと叫びつつ幻覚系のドラックをキメまくったような症状が出る。自身の最大の恐怖体験が再現されているようだが、それって「IT」……いや、それもこの際設定だから許そう。そういうものが世界のどこかにあるという「ロマン」だ。

後半はこのアンクの返却場所を巡って「マーロウ卿」をキーワードに探偵パートになる。最終的にヘビ使いの末裔に黒いピラミッドの場所を教えてもらって、そこへ死んだ父の友人と乗り込む。そこで待っていたのは、そう、黒いピラミッドだ。しかもクフ王のピラミッド建設の壁画まで揃ってる。ところが怪人やゾンビ化した過去のトレジャーハンターが襲ってくる。絶体絶命だ。父の友人も主人公を庇ってやられた。そして間一髪、黒いピラミッドの入り口を見つけた美羽は、その中に飛び込む。そこで、見たのは、古代のエジプトの神々だった! そして起き上がる死と再生の神オシリス(らしき軟体生物)。そして美羽は宇宙へワープする。何か呪文を唱えたらアンクを返却できた。やったぜ。さあ歩いて町に帰ろう!

……少し落ち着こう。

オチをまとめると、エジプトのどこかに、黒いピラミッドがあって、その中では古代の神々が壁画に描かれたような獣神として今も存続している。死んでいるものもいるが、生きて襲ってくるものもいる。しかし、アンクを返した美羽はその谷から命からがら逃げ延びる。黒いピラミッドやばい。考古学的価値も相当あるが、エジプト博物館の館長も詳細を知らない。それは行った人間が戻ってこないからだ。世の中には不思議な謎がまだまだある。

予想通りどこからどう突っ込んでいいのか分からないエンディングだったが、ヘビ使い一族が場所を知ってる時点で、黒いピラミッドの位置はバレバレなはずだ。しかも普通に車で行ける。調査団が帰ってこないらしいが、本気で探す気があるのかと問いたい。それこそトレジャーハンターが活躍した1900年初頭とは時代が違う。ドローンでも飛ばそう。なぜかみんな怖がってるが、そんな凄い遺跡なら数千人は送り込んで徹底調査しないといけない。この辺が曖昧なので、結局、話は昭和の「ムー」みたいな印象で終わる。いや令和の時代「ムー」も分からない人も多いか。とにかく、エジプト的オカルト全面肯定と言えば分かるだろうか?

これは私の解釈だが、作品ではエジプト古代神=獣神=宇宙人説を取っている。小学生の時から知ってるような俗説なのだが、クトゥルフ的なコズミックホラーかキング的異次元生物のようなイメージがあったのかも知れない。最後は、実はヤンキーの弟に助けられて社会復帰してましたという人情もののような要素もあるが、正直、どうでもいい話である。またしても美人で有能な主人公が生き残っただけだ。

ただここまで荒唐無稽なテーマを集めて一応現代ホラーにアレンジしたのは確かに凄い力技ではある。人物描写は浅いし、オチもアレだが、それを許容できれば、毛色の変わったホラーとしてそこそこ楽しめるかも知れない。久々に暖かい気持ちで本を閉じた。続編があるらしいが、読む予定は今のところ、ない。

(きうら)


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