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創作

あなたもけもの ~夜風(2)(「ドレミふぁんくしょんドロップ」引用)

投稿日:2019年7月8日 更新日:

  • 作者の経験した怖い話(2)
  • と、やはり詩集を混ぜてみる
  • 身近な怖さ?
  • おススメ度:分類不能
※引用部分は思考線(――)
 (前回(1)を読んで頂けるとより分かりやすいです)
――本当のことを言わずに済むくらいまじめな顔で話をしよう
 平成7年の夏は暑かった。私の住む東海地方のN市は山間の盆地で涼しいはずなのに、さすがに連日30度を超えるとこたえた。中途半端に涼しいので、クーラーのない家もまだまだ多かった。うちもそうだった。
 とはいえ、7月早々に夏休みに入った大学生である私の体力は、その程度の猛暑を跳ね返す位の力はあった。日中は仮眠もとらずに適当に遊んで、9時を回るとコンビニの深夜バイトに出かけた。自転車で15分、生暖かい夜風がむしろ心地良かった。
 今夜も一緒のシフトに入るのはシュウジだった。彼とは親交を深め、今では親友と呼べる仲になっていた。カラオケに行き、B’zやZIGGYをがなったり、競馬場で派手に散財したり、他のバイト仲間も交えてバーベキューまでしていた。
 自転車を漕ぐ私の心は弾んでいた。夕方のバイトに友綱真琴さんが入っていたからだった。私はなぜだが彼女が好きだった。明るく勝気だが、同時に繊細で優しい。何よりその二重まぶたが素敵だった。小学生からの同級生だったが、彼女と話をしたのはこのバイトで一緒になってからだった。
 ただ、恐ろしく悲しいことに彼女には彼氏がいて、私たちの間にある友人という壁は果てしなく高くて登れそうもなかった。それでもだ。好きだということには理由がないので、その原因を確かめて消し去ることなどできない。
「よう。木浦君、今日も暑いねー」
  友綱さんは私が店内に入ると陽気に言った。
「マコちゃん、今日は忙しかった?」
「んん、まあまあ。でも疲れたから帰る。カナちゃんも帰るし。シュウジはまだ来ないけど、大丈夫?」
「もう来ると思う」
「おーお、友綱。お疲れ!」
 シュウジが元気よく入ってきた。奴は誰にでもタメ口だ。今日は眼鏡を掛けているが細縁がよく似合っている。
「二人ともバイバイ」
「また今度!」
「おーう!」
 コンビニの制服に着替えた私が、ふとカウンター後ろにあった引き継ぎ帳(まだそんなものがあった)をみると、自由記入欄の緑の罫線に「二人とも寝るな!」とマコちゃんの落書きがあった。
  私はその時、笑っていたんじゃないだろうか。
――思い出を作っておこう 寝たきりの老後に夢をみられるように
 0時まではパラパラと客が来るので、適当にレジでさばきつつ、二人で手分けして、定型作業を行う。まず商品棚を整えて、軽く掃除をする。そのうち、一便と呼ばれる荷物(弁当など)が来るので、それを検品しつつ陳列する。同時に廃棄処分品も回収する。それが終わると、フライヤーなどを洗う。その頃には客足も途絶えるので、巨大な電動回転式モップで床を磨く。時計を見ると、1時ごろになっていた。客は来ないし、もうすることもない。
 今からは考えられないかもしれないが、店内放送はカセットテープだった。それも、VHSのように大きい専用の物で、エンドレステープになっている。エンドレステープというのは中のテープが8の字にクロスしていて延々と再生し続けるというアナログ音源だ。
 その時はなぜかマイケル・ジャクソン特集だった。私もシュウジも別にマイケルが嫌いではなかったのだが、テープは1時間の長さしかないので、バイトのたびに毎回8回は同じ曲がかかる。しかも2週間は更新されないので辟易した。
「もうマイケルはいいよ……」
「わはは、俺もだ」
 そこでシュウジは声をひそめた。
「俺はな、木浦君、実は演劇家になることを決めた」
「いいなそれ。じゃあ俺は小説家になるから、それを原作になんか作ってよ」
「もちろん。何でもやってやるぜ」
「ちなみにどんな劇をやりたいんだ?」
「えーとな、今考えてるのは、大門刑事っているだろ?」
「太陽に吠えろの? 古いな」
「まあそうなんだが、その刑事が異次元で暴れ回って……」
「異次元ってSFか?」
「最後には隕石を刑事が呼び寄せて敵をやっつける!」
 親友だったが、私はその時、絶対に演出家にはなれないだろうと思っていた。そして私は小説家になるだろうと。今思えば見る目が無かったのだが。
「まあ、まだまだネタはあるけどな!
「ああ」
 こんな話もした。
「キョウコのやつ、また合コンに行ったってさ」
「いやいや、何か医者の卵と付き合ってるとか聞いたけど?」
「別れたらしいぜ。アイツは選り好み過ぎだよな」
 キョウコさんは5歳も年上のバイトだ。
「お前はどうなんだよ」
「ああ」
 シュウジにはもちろん彼女がいた。あろうことか、私が高校時代に好きだった同級生だった。N市では有名な政治家の娘でお嬢さんだった。ちょっとキツめの美人で、シュウジとはよく似合っていた。
「まあまあだよ。木浦君は?」
「まあその、仕方ないな」
「吉ちゃんと付き合ってるもんなぁ」
 吉ちゃんこと吉田さんは、本部から派遣されているこのコンビニの店長で、マコちゃんの恋人だ。
「あんなのよりいい子はいっぱいいるよ」
 それは慰めなんだろうが、妬ましく思わなかったと言えば嘘だ。いい子はいっぱいいるかもしれないが、だからと言ってシュウジのように自動的に向こうから近づいてことは、ない。悲しいけれど、それは「差」だ。
 そんなどうでもいいことを話しているうちに、夜は更に深くなっていった。
――他人への怒りは全部かなしみに/変えて自分で癒してみせる
「すみませーん。すみませーん!」
 声がしたのでハッとして目を覚ました。瞬間的にバックヤードで寝ていたことに気がついた。横をみるとシュウジも、床の上で爆睡している。
「あ、すいません」
 レジに出ると中年の男性が、困った顔で立っていた。慌てて缶コーヒーを一つ売ると、そのまま、男性は何も言わずに去っていった。シュウジも出てきた。
「客?」
「そうだよ。二人しかいないのに二人とも寝ててどうするんだよ!」
「そりゃそうだ」
 二人とも眠い目をこすりながら、だらしなく笑った。今ならネットで炎上するかも知れないが、平成一桁の田舎のコンビニなんてこんなものだった。
「なあ、木浦君、俺は演出家にはなれるかな?」
 シュウジは不意にポツリと言った。ああ、コイツは真剣なんだと、私は思った。
「なれるさ。自分が変わるんじゃ無くて、世界を変えるんだろ」
 それはある歌の歌詞から切り取ったフレーズだ。
「そうさ……」
 シュウジは疲れて見えた。こんな豪放磊落な性格でも、人は悩むのだ。大学生、という浮かれた祭りの中で、私はドキリとした。
「まあ、頑張ろうや」
「もちろん、俺も小説を書くよ、ちゃんと続ける」
 多分、自分に言っていたんだろう。今ならわかる。
 そして夜が明けた。6時を回るとボチボチお客さんもやってくる。朝の早い仕事、つまりは建設関連の仕事の人も多かった。
 少し客足が増え出した午前7時32分、コンビニは前触れなく沸騰した。
「マイセン」
 その若いあんちゃん(自分たちとあまり変わらなかっただろう)は、唐突にシュウジに言った。シュウジはまだ笑っていた。
「ああ?」
「マイセンってんだろ!」
 汚れた工務店の制服をきたその男は、後輩と思われるニヤついた男を引き連れて挑戦的に言い捨てた。
 シュウジの雰囲気が変わったのが分かった。
「ああん?」
 それはコンビニ店員のそれでは無くなっていた。二人は互いに目を合わせ、唇を吊り上げた。
 バシッと音がして、シュウジの眼鏡が吹き飛んだ。それは床に当たって、入り口まで転がっていった。
 シュウジは、目尻を切りながらも一切怯まず、そいつの胸ぐらを掴んでレジ越しに引き寄せた。彼は唸るように繰り返した。
「ああ!」
「るせぃカス」
 私は、この喧嘩を止めなければならないと、強く思いつつ、同時に急速に全身が熱くなってきたのを感じていた。
 頭が真っ白になる。暴力だ。シュウジの顔に血が流れている。
 私はレジを抜けた。
 シュウジの一撃は強烈だった。工務店のあんちゃんは、レジ前の什器に吹っ飛んで、ガムや飴が散らばった。
「テメェ!」
 弟分が幾分焦って、倒れた男を支えた。男は、何も言わずに立ち上がると、レジを抜けてきたシュウジに思い切り体当たりをした。
 シュウジはカウンターに身体を打ち付けて呻いたが、そのまま、鋭いエルボーを男に叩き込んだ。男も負けじと、シュウジに蹴りを飛ばす。
 私は弟分が加勢しようと動いたのを見て、反射的にその前に立ち塞がった。
「よせよ」
 私の声は震えていた。
「ウルセェ!」
 うるさい? 先に手を出したのはそっちだろ。私は怒った猿のように獰猛に目を剥いた。
「警察を呼ぶぞ!」
「呼んでみろよ!」
 本格的に格闘している二人の横で、三下同士、それでも真剣に力をやり取りした。
 私も胸ぐらを掴まれた。コイツ、と思った。
 やるならやってやろうじゃないか。こっちも寝不足で気が立ってるんだ。
 私の視界が狭くなり、コイツと「やりとり」するために筋肉が強張った。
 派手な音がした。
 見ると男がシュウジに突き飛ばされ、入り口のドアにぶつかって、ガラスが飛散していた。男はぐったりして、額が割れている。
 私と弟分は、その光景を見て、力が抜けた。本当の暴力が炸裂し、人が怪我している。
「きゅ、救急車……」
 弟分が情けない声を出したので、私も我に帰った。
「ざまぁ」
 シュウジは、髪の毛をぐしゃぐしゃにして、半面を血に染めた顔で不敵に笑っていた。
 「やったぜ木浦君」
 私はその瞬間、カッと血がたぎるのを感じた。
 そうだ、そうでないとな。敵は退けろ、暴力で。簡単だ。
――バイバイと無く動物がアフリカの砂漠で昨夜発見された
 この「イベント」は高くついた。本当に警官と救急車がやっきて、私達は取り調べを受けた。店長の吉ちゃんが飛んできて「お前らなぁ」と、情けなそうに言った。
「俺がやったんです」
 シュウジは、むしろ誇らしそうに警察官と店長にそう宣言した。
「奴らが手を出したんですよ」
  私も援護射撃したが、シュウジはそのまま警察に連れて行かれた。この後、しばらくバイトは休むことになる。
 朝のバイトの吉見さんと米田さん(共におばさん)がやってきて、後始末をしてくれた。とりあえずガラスが割れたドアにはダンボールが張られた。
 どうやら喧嘩の様子を見て、知らない間に別のお客さんが警察と救急に連絡してくれたらしい。
「今日は帰れよ」
 吉ちゃんは、一通りの後始末が済むと、全て諦めた顔でそう言った。
 私はまだ、その日の事件に酔っていた。
 あの瞬間、それまで話していたあらゆる一切が吹き飛んで、目の前の男を叩きのめしたいと思った。直前まで、夢や恋を語っていた私とは別人だった。
 私はふと疲れを感じ、吉ちゃんの言う通り、家に帰ることにした。もう10時を回っている。
「それじゃ」
 私はカバンを持ってレジを抜けようとした。視界の端で、あの連絡帳が目についた。
(今日はひどい引き継ぎになるな)
 そう思って、視線を落とすと、
「二人とも寝るな!」の下に、マコちゃんとは違う、細く小さな字が追記されていた。
にんげんはけもの
 ヒヤリとした。意味は分からないが、私はなぜかもうすぐ放り込まれる「社会」を感じた。
 しかし、誰が書いたんだろう?
 私がそう思って、周りを見回したが誰もいない。
 誰の字かもう一度確かめようと、引き継ぎ帳をみた。
「にんげんはけもの」
  その4行下にこう続いていた。
あなたも
  目が眩むような暑い一日が始まろうとしていた。
(きうら)


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