- 恐怖というより不安の物語
- 女性の一人称で語られる家にまつわる短編6つ
- はっきりと幸不幸が決まらない不思議な読み心地
- おススメ度:★★★☆☆(3.5という感じ)
角川ホラー文庫というのは非常に貴重な存在で、このようなホラーを題材にしているサイトでは、良く取り上げれていると思う。ちゃんと調べたわけではないが、メジャーレーベルでホラーの新刊を毎月出しているというのはこれだけだと思う。それに、本屋に行くと背表紙が黒一色なので、非常に分かりやすい。古本屋で本を探すとき、黒い背表紙の本を選ぶと高確率でホラー、そして、角川ホラー文庫だ(黒豹シリーズ(特命武装検事・黒木豹介/門田泰明)も黒いがそれは分かる)。
(あらすじ)女性と家をテーマに取ったホラー小説。心理ホラーあり、幽霊系ホラーあり、社会系ホラーあり、不条理ホラーありと結構バラエティに富んだテーマを扱っている。表題作は、幼友達と長じてからルームシェアをした女性の遭遇するある奇禍を描く。全体的な作風としては、直接的な残酷描写や性的な表現はほとんどなく、心理的な微妙なニュアンスを扱ったホラー集になっている。その他、家に取り憑かれた家政婦の話、定年後に田舎に移り住んだ夫婦とその娘の話、幽霊が見える女性のあるミステリなどが収録されている。
面白いのは、単純に「恐怖」と言ったもので片づけられない感情を扱っていること。好意と悪意が入り混じった物語になっていて、ハッピーエンドにもバッドエンドにも、もっていっていないのが気に入った。題材的に、ホラーとして片づけてしまうこともできるのだが、そういう風に結論付けない。例えば、表題作は、主人公が被害を被るのだが、実は主人公側にも非が無いわけでないというのがポイント。ラストの「楽園」という話も、ハッピーエンドで終わらせられたはずだが、そうはせずに終わらせる辺りに面白さを感じる。私の一番嫌いな話は「さあ、思い切り感動してください」という系の小説だ。
ベタ褒め出来ないのは、設定の細部が甘いところだ。「魔取り」というエピソードがあるが、家政婦の取る行動は、非常に衝動的かつ単純で、こんなことを3回やって無事なはずがない。そういった脇の甘さがあるのが残念だ。ここは徹底的に、もっと言えばミステリ的にリアリティを追及してほしかった。そうすればこの短編ももっと味わい深いものになっていただろう。「我を忘れる」の落ちも何だかなぁと思ったりした。
しかし、平易な文章と設定、細かい章分けのおかげ(短編なのに7つに分かれていたりする)で、大変読みやすい読み物ではある。女性作家ではあるが「女性の暗い情念を描く」と言ったこだわりもなく、すんなりと設定が頭に入ってくる。短編なので、主人公や設定は切り替わるが、特に混乱せずに楽しめるのは軽い読書にピッタリだと思う。
この短編小説集のテーマを敢えて表現すれば「何気ない悪意」だろうか。それは私たちにとって非常に身近なものだ。本人が意識しなくても、人間は人と付き合う以上、悪意にさらされている。それが親しい人間であったらなおさら堪えるだろう。そんな心の弱い部分を刺激するような変化球のようなホラー小説集。設定は平凡だが、思った以上に面白みがあるように感じた。
関係ないが、新刊を取り上げることが少ないので、わざわざ新刊とつけてみた。最近、サイトの趣旨を忘れているので初心に帰ってみた。まあ、初心は忘れるものだ。だからこそ、諺があるわけで。と、いう訳で今後ともよろしくお願いします。
(きうら)