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★★★★☆

スタンド・バイ・ミー―恐怖の四季 秋冬編(スティーブン・キング/新潮文庫) ~表題作レビュー

投稿日:2018年4月22日 更新日:

  • 少年たちの冒険と挫折と矜持と
  • 純粋な青春ものなのにホラーに思える
  • キングの半自伝作でキング節炸裂
  • おススメ度:★★★★☆

私ごとで申し訳ないが、先日、夜中の2時に猛烈な喉の痛みと渇きで目が覚めた。もともと不眠症なので、その時間に目が覚めることも珍しくないのだが、喉の激痛と痰が絡まって苦しいのとで、どうしても眠ることができなかった。仕方がないので、リビングに戻り(寝たのは12時ごろ)、ミルク・コーヒーや飴を舐めたりして喉の痛みを紛らわせていたが、一向に痛みが引く気配がなかった。そこで、思いついて熱を測ってみた。38.5度あった。私の平熱は35度台なので、一大事だと思うと同時に、ちょっと笑えて来た。熱が出るのは久しぶりだ。それこそ少年時代以来。結局、翌朝、行きつけの耳鼻科に行くと人生初の即点滴で抗生物質を注入された。さすがに熱はすぐに下がったが、今も喉が少し痛い。炎症を現わすCRP定量が4.29となっている。横には(0.30以下)と書かれているので、確かに強力な細菌たちと格闘したのだろう。医者は「戦争に勝った」と、面白い事を言ったが、それも納得の結果だった。少年時代なら、それこそ天地がひっくり返るような出来事だ。

こんなことを書いたのも、この有名なキングの「スタンド・バイ・ミー」が少年期の情熱や恐れ、友情や挫折、そして、大人になってからの現実を描いているからだ。私には扁桃腺炎の一件は、人生のルーティンワークから解き放たれ、一時少年に戻ったような気がした。大人は日常に倦んでいる。いつからこうなってしまったのだろう。ささやかな私の喉の「細菌戦争」ですら、ハッとせざるを得ないような大人に。これを書いた時のキングは、駆け出しの(そして売れっ子の)ホラー作家だったが、少年の日の一瞬の輝きを見事に封じ込めているように思える。

(あらすじ)森の奥に列車に轢かれた子供の死体があるという噂を、仲間の兄から聞いた少年四人組はその死体探しの旅に徒歩で出かけた。ちょうど、大人と子供の間の年齢、まだ、少年たちの間に「女」が入り込んで来ない(逆転すれば少女に「男」の概念がない時代)純粋な喜びと恐怖と、漠然とした不安、そういった感情をもった彼らはそのささやかな冒険で、何かを得て、何かを失うのだった。時々、大人になった主人公の少年の一人が、自分を振り返るシーンが挿入される。

あらすじは上記の通り単純で、列車に轢かれた少年の死体を探しに4人の少年が出かけるというもの。冒険に出るときのドキドキ感、みんなで過ごす夜の不思議さ、あわや死亡事故といった場面や手痛い失敗などが描かれ、読み手は次第に自分の少年時代と重ね合わせながら読み進めることになるだろう。あの時代だけが持っている、何もかもが輝いている感覚、そして、それがもうすぐ終わるという不安、私はそんな記憶を呼び覚まされた。

しかし、文章自体は本当にスティーブン・キング、ペーパーバックの帝王、スラング使いの名手、下品と率直を危ういところで行き来するいつもの文体である。局部に関する描写や残酷な表現もあるので、青少年の読書には無条件には勧められないが、むしろ、そういった醜さを描くことで、美しい少年時代が浮かび上がって見えるような、そんな「魔法のかかった」一作だ。

驚いたのはラスト付近の展開。ここが素晴らしい。ネタバレになるので書かないが、ここまでは単なる青春小説だったものが、ラスト30ページほどで、大人の苦みを伴った味わい深い物語に変えている。大人になれば分かるが、彼らの勇気に素直に感動できるだろう。そして残酷ともいえるラストも、受け入れることができるだろう。

映画では良く分からなかった部分も、はっきりと分かるようになっている。本人は絶対にホラーではないと言い張っているが、やはりこれはホラーの文脈で描かれた少年期の輝ける冒険譚だ。

キングはラスト付近で、自分が売れっ子作家であることに満足しつつ、それに倦みつつあることも白状している。今はどう考えているのかは分からないが、相変わらずの創作意欲から見るに、やはりキングは非凡な作家だ。それに比べて、私はまた、不眠と労働とスーパーマーケットを行き来する生活に戻っていく。そんな自分に、故・岡本太郎の言葉を引いて終わる。

「夢がたとえ成就しなかったとしても、精一杯挑戦した、それで爽やかだ。(自分の中に毒を持てより)」

(きうら)


-★★★★☆
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