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★★★☆☆

ヒロシマの人々の物語(ジョルジュ・バタイユ[著]・酒井健[訳]/景文館書店)~概要と感想

投稿日:2017年8月4日 更新日:

  • バタイユの「ヒロシマ」論。
  • ナガサキにも通じるものがある。
  • 後半はバタイユの思想についてさかれている。
  • おススメ度:★★★☆☆

本書は、バタイユが、ハーシーのルポルタージュ『ヒロシマ』(1946年)をもとに発表した論文です。この『ヒロシマ』は、「被爆直後のヒロシマの惨状を世界に初めて知らしめた」もので、バタイユもこれを読んで、おそらく衝撃をうけたことが、わかります。とはいえ、思想家である彼は、黙ってしまうわけではなく、同情をよせるというわけではなく、この客観的なレポートの注目すべき点と、「ヒロシマ」のもたらす世界的な意味を読みとろうとしています。

ハーシーの『ヒロシマ』に載せられている人々の証言が、「大惨事の直接的な体験が個々別々に孤立させられている」としているところなどは、『夏の花』にも見られるような気がします。「最初彼らは、この(原爆の)効果を普通の爆弾の効果と区別することができずにいた。次いで、災厄の巨大さに気がついていくものの、非人間的な朦朧状態から抜け出せずにいた」(p17)から続く一節もまた、『夏の花』を書いた原民喜の実体験に通じるものがあるのでしょうか。

バタイユの思想的表現は分かりにくいところもありますが、わかりやすい部分もあります。「つまり、原子爆弾とは、人間の両手が未来の上にあえて意図的にぶら下げている可能性」で、「原子爆弾は一つの行動の手段なのだ」というのは、今でこそ手垢のついたようなものだが、同時代の率直な受け止め方だろうと思います。しかし、バタイユは何らかのイデオロギー的言説として、「ヒロシマ」を意味づけたいわけではないのだろうと思います。

バタイユは、「人間的」な理解として、ヒロシマ(ナガサキ)の提起する問題を理性的に理解することに否定的なのです。それでは、被爆者の被った「動物的」な次元には達しえないということなのでしょう。「人間的」な理解とは、本書にもあるように、トルーマンが原爆の威力を数値化して示したことにもある、何らかの理性をもって捉えることです。今あるような、被爆問題を、何らかの平和運動へと繋げるような、そういう態度は「人間的」なものとして、被爆の体験が示す深い部分に達していないというのでしょうか。このあたりは、バタイユの思想に与した考えだと思います。

「至高の感性の人間には、現在の瞬間より先は視界に入らない……彼の見方によれば、不幸に与えられる唯一の答えは、今この瞬間に、即座に、価値を発揮しなければならない」(p25)という「瞬間」とは、被爆直後の人たちの現前性としても捉えられるものでしょうか。「至高の感性の人間は、不幸を真正面から見つめてい」て、「この不幸を生きよう。瞬間のなかで、最悪のもののレベルにまで生のあり方を高めよう」(p30)とまで言われると、もう「ヒロシマ・ナガサキ」の問題としてみるには、日本人としてはなかなか受け入れがたいものがありますが。

後半部分にいくに従って、バタイユの思想が開陳されてくるのですが、それに関しては、解説にもなっている「訳者あとがき」を読んだ方がいいと思います。理想的なのは、本文を読んで、それから「あとがき」に目を通し、さらにまた本文を読むと理解が増して良いと思います。とはいえ、注意していただきたいのは、フランスという日本から離れた場所に住む一人の思想家が、ある意味自らの思想に資するものとして、「ヒロシマ」の問題を取り上げているということです。はっきり言うと、本書はバタイユの思想に興味のある人にはおススメしますが、広島や長崎についての本だとは思わない方が良いでしょう。

さて、普段の生活にある、通常人間が意識に浮かべることのない、人間的活動があります。たとえば、呼吸や、物を食べることなどと、それらをしている時は、特別意識することのないことです(まあ、何を食べるかは頭にあっても、食べているその時は、そのことには、特別な状況でもない限り、意識しないのではないでしょうか)。ヒロシマ・ナガサキで被爆した人々は、一瞬にしてそれらの生そのものが剥き出しになってしまったのです。そうしたナマの生に曝されたひとたちは、なぜこのような目に遭ってしまったのかと、自問したかもしれません。現在に生きる人は、それにどのような態度で臨み、どう考えたらよいのかは、なかなか難しい問題です。バタイユの言うように、そのむき出しになった「生」が、「激しい消費の水脈となって流れていることを」(「あとがき」)感じながら生きるというのも一つの態度でしょうが。

最後に私個人の経験を少し。通っていた小学校に『はだしのゲン』が置いてあったので、それをよく読んで、広島の惨状をよく知っているつもりでした。その小学校(大阪にある、平和に関する授業がよくなされていた地域にある)の修学旅行で広島に行き、原爆ドームや、原爆資料館(広島平和記念資料館)で、様々な資料を見た時には、その存在感に圧倒されて何も言えませんでした。訳者が言うような、ヒロシマが「生者の道徳の行方をじっと見つめている」という感覚を、言語化できないながら感じていたと思います。

(成城比丘太郎)



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