- 謎の殺人者マークスを追うミステリ
- 硬質な文体と警察小説の側面
- なかなかの読み応え、オチはまあ納得
- おススメ度:★★★★☆
山というものは、ある種の人間にとって非常に魅力的に感じるものだ。私は登山家ではないのだが、郷里が山里のため、町の中のどこにいてもぐるり360度全てに山が見える。実家の窓から西を見れば、空は3割位しか見えない。それが当たり前であり、常識であったので、若いとき地元のスーパーのバイトで一緒になった女性が「自分は津(三重県の県庁所在地・海辺の町)で育ったので、空が狭くて圧迫感を覚える。このままいたらおかしくなりそう」と、言われたのが印象的だ。そうか、そういうものかもしれない、と、当時は思った記憶がある。山というものは、そこに住む者にはわからないが、やはり「圧迫感」を伴って迫ってくるもののようだ。
そういった「山」をモチーフにした高村薫の本作。あらすじというか、導入はこんな感じ。幼いころ、犯人はある強烈なトラウマを負い、その後の人生に多大な影響を及ぼす。それは時を経て、連続殺人事件へとつながっていく。その事件とは、南アルプスで発見された白骨死体や、三年後に東京で発生した、アウトローと検事の連続殺人など。都会で暮らすある青年の心の中には、ある種の闇が潜んでいた。主人公である、警視庁捜査一課・合田雄一郎警部補の眼前に立ちふさがる、一見関連のない連続殺人事件の裏にある真相とは?
構成としては、章立てにはなっているが、その中で細かく日付、例えば(昭和51年秋)などと記されていて、事件の真相をほのめかせながら、警察が必死に捜査する様子が描かれる。硬質な文章は上質な警察小説としても成立している。合田雄一郎警部補をはじめ、刑事たちは、小説の中で互いに憎んだり争ったりしながら、事件の真相へと迫っていく。
私自身「警察小説」というジャンルが結構好きだ。その理由ははっきりしていて、私は「真剣に働く男」にかなりの好感を持っているからだ。警察に限らず、コンビニに荷物を下ろす運送業者の人、必死にペンキを塗っている外装職人の方、鋭い営業を繰り返す営業マン、命を削って働く男は例え、はた目からはブザマに見えてもその心根はかっこいい。街で見かけると思わず応援したくなる。
閑話休題。そういった警察小説的側面と、犯人捜しのミステリが融合し、もともと高い筆力で書かれているので、少々読みにくい感じはあるが、十分上質な小説の類に入るだろう。犯人のオチや行動理由には若干の疑問も感じるか、そこまで大きな瑕疵ではない。かなりの長編小説なので、じっくり腰を据えて読まれてはどうだろうか。
(きうら)