- 含蓄のあるローマ史の序章
- シンプルに楽しめる文章、非常に興味深い
- この本を学生時代に読んでいたら歴史が好きになったかも
- おススメ度:★★★★☆
「伊達政宗」の紹介でも書いたが、私は歴史が苦手だ。登場人物が頻繁に変わり、ドラマ性よりも事実が列挙される構成が苦手だ。そんな私は歴史の時間は、本筋の何年に何が起こった、こういう革命にはこんな意味があったということを全て聞き流し、代わりに隅っこの歴史コラム(有名人の隠れたエピソードとか)を読んでいた。この本の存在は発刊当時から知っていたが、そんな下地があるので敢えて読もうとしなかったが、何の気まぐれか手に取って読んでみた。面白い。ちゃんと時系列的に整理された歴史書でありながら、現代に通じるエピソードを実に丹念に語られており、興味が尽きない。「ヒストリエ」などで断片的に知っていた紀元前の欧州の知識が補完されていくようで、実に興味深い本だ。
(概要)紀元前753年に、伝説として語られる一人の若者ロムルスと彼に従うラテン人により、ローマは建国されたという。その後、7代続く王政から、やがて共和政へと移っていく過程を描くこの1の(上)。起源前509年、共和政へ移行し、法制定のためにギリシアへの視察、そして、その周辺のアテネとスパルタのエピソードが語られている。スパルタのエピソードには300人の兵士が戦った記録も登場する。そう、映画・スリーハンドレッド(Ama)のエピソードだ。ペルシア戦役が語られて上巻は終わる。
まず、ローマが日本と同じく、多神教であることに興味を惹かれた。著者も結構な項を割いて、一神教と多神教の価値観の相違を語っている。八百万の神々の国の人間としては、やはり親近感を覚えずにはいられない。ローマ人とは何者なのか? まずは、建国の挿話から神々の定義で読者を引き込んでいく。曰く、
知力では、ギリシア人に劣り、
体力では、ケルト(ガリア)やゲルマンの人々に劣り、
技術では、エルトリア人に劣り、
経済力では、カルタゴ人に劣るのが、
自分たちローマ人であると、少なくない史料が示すように、ローマ人自らが認めていた。(20P)
とある。歴史音痴の私からすると、意外な話なのだが、読み進めていくと少しずつ、ローマの「何が魅力か」が納得できる構成になっている。
まずは、建国から7人の王のエピソードが語られる。最初の王は伝説に近いが、史料によるとあながち空想物語でもないようだ。そして、最初に語られる暦の読み方がいかに現代に影響を与えているかが記されているが、この辺の現代との比較が非常に上手い。歴史マニアが歴史に埋没して語っているのではなく、歴史に興味のない人間にいかにその面白さを伝えられるかに、心を砕かれているのが良く分かり、好感が持てる。
この史実に忠実でありながら、分かりやすく、かつ、面白く歴史を伝えるのは至難の技だと思う。なぜかというと、歴史というのは結論が先にあるからである。私のような門外漢でもローマに関する断片的な知識は持っている。そういう「ネタバレ」状態からいかに読者を引き込んでいくか。多くの歴史書はそれをディティールで成し遂げようとするが本書は違う。ディティールは確かだが、上記の「コラム」や現代との比較など、読み物としての面白さも追及しているのだ。
ソクラテスやアリストテレスは知っていても、彼らが法に殉じて死んだか、それに抗って逃亡したかは知らなかった。これだけでも、読んだ価値があると思う。私は歴史嫌いだが、たぶん、面白いジャンルだという認識はある。ただ、自分が嫌いな食材を使った料理を眺める様で、指をくわえてみていたのだが、そういう「嫌いな食材」感を出さず、一般小説へと昇華させている辺りが、ベストセラーになった要因だろうと思う。
とはいえ、政治や経済について語られ始めると、興味が薄れるのも事実。そこで、ローマだけでなく、ペルシア戦役の顛末を後半に持ってくる構成もうまい。アテネとスパルタの差も良く分かった。今の教科書はどうなっているのかは知らないが、こういう本なら多分、歴史の授業も大好きになっていたに違いない。要はストーリーを圧縮しすぎると、ダイジェスト版になってしまい、物語を楽しめないのだ。
歴史は読み物ではないが、物語ではあると思う。そういう人間にとって、本書は素晴らしい入門書と言えるだろう。早く続きが読みたいと思うが、目の前には未読のホラーが10冊ほど……。いつになるかは分からないが、続きもぜひ紹介してみたい。
ちなみに、恐怖要素は全くない。戦争の描写はあるが、残虐な戦闘の描写もない。柔らかい文章で、明瞭で明るい。ローマに対する愛情が文章からも伝わってくる。食わず嫌いは損をすると、改めて思った。
因みに私はいまだに胡瓜だけは苦手だ。牡蠣と塩辛は克服した。全く関係ないが、ひょっとしたら胡瓜も料理の仕様ではうまいのかも知れないと思った。かと言って、歴史書を買ってきたり、モロキュウを酒のあてにしようとは思わないが。
(きうら)