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三本枝のかみそり狐(まんが日本昔ばなしより)~話の全容(ネタバレ)と感想

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  • これほどまでに痛みを感じさせることができるとは
  • 狐に化かされるという笑い話でこの戦慄感
  • キャラクターデザインが尖りすぎている
  • おススメ度:★★★★☆

はじめに

これまで「まんが日本昔ばなし」のホラー要素の強いエピソードをいくつか紹介してきた。このサイトだけみると、まるで怪奇アニメのようだが、実際は子供向けの楽しい物語がほとんどだった。10分強の時間に様々なストーリーテーリングとアニメーションの技法を駆使し、たった二人の声優で全部を表現するというある唯一無二な作品だった。1975年に始まり、1994年の3月にテレビでのレギュラー放送が終了しているので、30年近く前に私はリアルタイムの視聴を終えている。それでも今なお記憶に残る映像とエピソード。ホラーに限れば、あと2作紹介したい話ががある。本作はその一つだ。
※2022年3月現在、正規ルートではこのお話は観られないことはご了承のほど。いつかその価値に相応しい金額で「まんが日本昔ばなし」が全話視聴できる日が来ることを願って止まない。

あらすじ(話の全容)

虫の鳴き声の中、森の中に正体不明の音が響く。村の寄り合い。三本枝という竹林に人を化かす狐がいるという。実際に被害にあった人もいて、村人はみな恐れている。血気盛んな若者である「ひこべえ」はその噂を信じず、狐汁にして返討にしてやると息巻き、夕暮れに三本枝の竹林に単身で向かう。その奥で出会ったのは、赤ん坊を背負った娘だった。ひこべえはその娘を狐と決めつけ、その後をつけて成敗することを決心する。その瞬間、得体の知れないバケモノがカットインする。獲物を捕らえた捕食者のように見える。
山を下り、あばら家に入った娘はどうやら母親を訪ねてきたようだ。ひこべえは、それを「狐がばあ様を騙そうとしている」と考え、その家に乱入する。赤ん坊を「畑の赤かぶ」と断言し、嘘を暴こうとやっきになる。しかし、ばあ様は反対にひこべえを不審者扱いして追い返そうとする。感情的になったひこべえは自分の「赤かぶ」説を証明するために、赤ん坊を囲炉裏の炎の中に落とす。実際は赤ん坊の衣服が焼け、肉が溶け、骨となっていくリアルな姿が映し出される。
「俺は赤ん坊を殺してしまった」という恐怖と後悔にかられ、ひこべえは逃げ出す。一方、孫を殺されたばあ様は、復讐心に燃え、鬼婆のような姿に豹変し、ひこべえを追跡する。この変身後の婆さまのデザインはシュールレアリズムで描かれた人物が動き出したような異様すぎる姿だ。眼の色が絶えず変色するのが怖い。ひこべえは逃走中、山寺を見つけ、そこへ逃げ込む。そこには長身の和尚がいて婆さまから助けてくれるという。この和尚、最後まで目が描かれない。寺に乗りこんだばあ様と和尚は問答を繰り返し、婆さまは和尚に復讐を託す。「たのんだぞ和尚」
ここからがクライマックスとなる。和尚は命を救ってやったひこべえにこう言う。
「人を殺したのだから坊主になるべきだ」
ここでタイトルのかみそりが出てくる。虫の声だけのエフェクトの中、静かに研がれるかみそりの音。そして、ひこべえは髪の毛を落とされること――坊主頭になる――のだが、それが異常に痛そうなのだ。ぞりっぞりっという音が聞こえるたび、ひこべえは苦痛に呻く。真っ黒な画面でかみそりが上下する。数十秒のシーンだが、永遠に髪の毛ごと頭の皮膚を削られているような痛みが伝わってくる。坊様は相変わらず目を見せず、人を殺したのだからその痛みに耐えろ、ただしもう終わったから安心しろと告げる。かみそりを拭った布には真っ赤な血痕が残っている。
ひこべえは本堂で寝かされるが、暗転した後、目を覚ました彼はやぶの中で葉っぱをかぶせられていただけだった。そこで娘、婆さま、和尚全てが狐の仕業だったことに気づく。ひこべえが頭に手をやると、血だらけだった。実は狐は髪の毛をむしり取っていたのだった。ひこべえは、改心し殊勝な若者になったことがナレーションで告げられる。巨大なな狐が人を嘲るようなカットで終幕。

怖さのポイント

これまで紹介したエピソードに比べると話の構造は類型的で単純だ。夢落ちに通じる狐に化かされる若者の話である。
とはいえ、かみそりで髪を落とすシーンをこれほど丁寧に、かつ、じっくり描く必要があったのか。監督は小原秀一氏でナウシカの原画や大友克洋の「大砲の街」のキャラクターデザインに参加している実力派。40年の時を超えて、未だにかみそりの数十秒のシーンは空で思い出せる。土曜日の夜7時。最高にハッピーな時間帯にさりげなく送り込まれたとんでもない猟奇的描写だった。スローモーションに見えるほどじっくりと描かれる剃髪シーンとその後の鮮血の描写は、銃で撃たれたり包丁で刺されたりする様子よりも遥かに痛みを感じる。子どもでも何十年に渡って記憶できる痛みの描写をクライマックスに持ってくるセンスが異色すぎる。

ユーモアだろうか

本作では死んだ人間はいないのである。ところが(おそらく狐の幻術である)中盤の赤ん坊の絶命シーンは炎に焼かれて骸骨となって消滅するというリアルな映像的表現になっている。その後、豹変する老婆は顔のパーツや色彩と動きが明らかにおかしい。そして眼を見せない和尚など、実に丁寧にホラー的描写が続く。最後は巨大な狐が笑っているので、笑い話あるいは訓話として描かれているのかもしれない。若者は無鉄砲なのは分かるが、大人の言うことを聞かずに危険に飛び込むと大けがをするぞ、という一般的な結論だが、その普遍論を述べるために、髪の毛を頭皮ごと削り取る(実際はむしり取る)描写が本当に必要だったのだろうか。ちょっと狂っている。
「まんが日本昔ばなし」は多くのアニメーターが参加しているが、桃太郎や一寸法師などの王道路線から、ちょっとお色気要素があるものや、下品な話、そして本作のようなホラー要素の強い話など実に自由に製作されていた。昭和という時代が許したのかも知れないが、ゴールデンタイムに放送されるアニメーションとしては異色の作品、かつ、長く続いた傑作群であったと思う。
本作はプロットだけならユーモアに近いのだが「かみそり」=「痛み」を描いたアニメーションとしては、最も生々しい。誰も死なないありきたりなプロットだけで最大級に厭な気分を味わえる。かみそり、うめき声、真っ赤な血の付いた白い布。和尚の口元は一瞬、満足そうにゆがむのであった。

(きうら)



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