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★★★☆☆

事故物件7日間監視レポート(岩城裕明/角川ホラー文庫)

投稿日:2020年4月20日 更新日:

  • 手堅い作りのJホラー
  • タイトルまんまの内容
  • オチはイマイチ
  • おススメ度:★★★☆☆

為になる小説とそうでない小説は確かにある。その基準ははやり、大多数の人の評価だろう。そして、読みたい作品≠為になる作品でないことも明らかである。何が言いたいかというと、私はこの本のタイトルと冒頭の数ページで、人によっては人生の浪費と思われても仕方のない読書を決心したということである。つまり、いつもお馴染みの現代怪談ホラー様である。

本書は一種の企画もの、ジャンル小説として捉えることが出来る。新しい怪談を模索するのではなく、既存の設定を利用して、その中に読者を裏切る要素を入れて楽しませる。パロディとまでは言わないが、いつもの怪談をどう料理するかを楽しむタイプだ。

内容はごくシンプル。フリーランスの主人公・穂柄(ほがら)は、不動産会社に勤める友人から、事故物件に7日間泊まってレポートして欲しいとの依頼を引き受ける。理由は依頼料がよく、また出産が近い妻がいると言うことで、お金が必要だったのである。

その事故物件はマンションの9階、909号室である。曰く、妊婦が「腹を包丁で刺して」自殺したという。以来、住人が居つかないどころか、9階全部が空き部屋になった。他の階はそうでもないので、影響はこの9階だけに及んでいる。

穂柄は、ヒマな大学生・優馬(ゆうま)をパートナーにし、この男を909号室に「軟禁」し、自分はカメラで管理人室からカメラで監視するという方法を取った。風呂以外は外出できない。もちろん、双方合意の上なので、優馬に緊張感は無いし、穂柄も嫌な予感程度しか感じなかった……で、あるが。

というのが、導入だ。1日目、2日目と章立てになっているのもいつもの手法。だいたい、自殺した部屋に「何か」が出て、人が居つかないというのは定番中の定番である。本作はそれを可能な限り、リアリティを崩さずにホラーに持っていくということにチャレンジしている。

当然読者は何が出るかを予想しながら読み進めるのだが、事故物件に泊まる二人はどこかユーモラスで、あまり緊張感がない。特に当事者の優馬は、怯えたりすることもなく、怖いもの知らずの若手芸人のようだ。ただ、ここはいい。変にシリアスにやられると、設定が平凡なだけに絶対に飽きる。そんな訳で、穂柄は少しずつ違和感を感じるようになっていくのだが、あくまで理屈で割り切れる範疇で、怪異が起こる。この点も、いきなりスーパーナチュラル要素に逃げずに頑張っていると思う。という訳で、この手の話がお好きなら中盤までは非常に楽しく読める。発売日も今年令和2年2月なので年代のギャップも少ない。

問題があるとすれば、やはりオチの出来栄えだろう。ネタバレしないように書くと、非常にリアリティにこだわっているにも関わらず、結末の本質は超絶に不自然かつ不合理である。俗に妊婦ものという怪談の区分けが私の中にあるが、そういう要素が混ざり始めてから、嫌な予感はしていた。性的要素も出てくる。それはいいのだが、前半の男同士の馬鹿馬鹿しいやりとりが楽しかったので、後半の突然の隠微な展開は要らなかったな、と思う。

現在進行中の疫病問題の本質は、解決策が見えないことにあると思う。今のところ、どこまで落ちていくか予測がつかない。絶対に座れなかった通勤時間帯の電車に悠々と座れるのは不安以外の何者でもなく、この不安こそ恐怖の生みの親だろう。本書のような誰もが知ってる設定で始まる物語は、とにかく、期待を裏切り続け、不安感を維持しないと成立しない。途中まではうまくいっていると思うが、やはり落とし切れ無かった感がある。先日読んだボーダーほどで無いにせよ、そういった「怪物がいる世界」に持っていかれると興醒めする。縮小版キングがラブクラフトと言おうか、まあ、そんなところが不安感である。

リアリティのある不安感を適度に煽るという意味で、今の日本の政府の行動はほぼ完璧な医療ホラーとして成立すると思う。一見ストイックなインテリで冷静な男の実像が「私欲は守る。行動は制限するが保証はしない。責任も取らない。正常性バイアスも維持される」と怪物的なのも、ホラー小説の主役としては完璧だ。取り巻きの厭な俗物なども適度にキャラが立っていて中々盛り上げてくれる。それはいいのだが、さすがにそんな小説の登場人物にはなりたく無い。8連休に家にいろ(というか居ざるを得ない)とは恐れ入った。

などと、皮肉も言いつつ、非日常はあくまでも小説で味わいたいと思うのであった。とにかく皆さんのご無事を祈って今回はこの辺で。

(きうら)

2020/05/04追記 上記の文章に保証はしないと書いているが、5/1より、特別給付金及び持続化給付金、新型コロナウイルス感染症特別貸付などの施策は実施されている。家族4人で40万、夫婦で20万、独身で10万。これで凌げるのは、良くて一ヵ月。持続化給付金も企業200万、フリーランス100万とあるが、これももって一月。保証と制限の順序が逆ならまだ分かるが、先に制限が来たので、今日、緊急事態宣言延長が少なくとも5/14まで決まったいま、助かるところはあるのだろうか。ないよりはマシだけど、まさに焼け石に水。200万の純利益で3ヵ月持つ企業って、一部の小規模企業のみ。

街角で居酒屋さんや焼肉屋さんが、弁当を販売しているが、あれで通常売り上げ分を補えるとは思えない。まさに進退窮まれり。コロナで死ぬか、経済で死ぬか。諦観しているわけではないが、トルストイも「死ぬのと、眠るのと区別する自信ある?(意訳)」と言っているわけで、もう怖がっても仕方ない。他人に迷惑を掛けずにしぶとく生きる道を模索するしかない。

不謹慎を承知で、書くが

Take it easy!

-★★★☆☆
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