3行で探せる本当に怖い本

ホラーを中心に様々な作品を紹介します

★★★★☆

人間椅子 江戸川乱歩ベストセレクション(1) (江戸川乱歩/角川ホラー文庫)

投稿日:2017年12月3日 更新日:

  • 乱歩入門に最適な怪奇短編集
  • ありそうでない、古そうで古くない
  • 有体に言えば乱歩はすごく有能な変態
  • おススメ度:★★★★☆

全然関係ない話から始めてしまうのだが、江戸川乱歩は私の同郷の文人である。同郷と言っても生まれた町が同じというだけだが、私が生まれた産婦人科から歩いて5分ほどの所に乱歩の生家跡がある。笑ってしまうくらい地味な路地裏に、それはぽつねんと記念碑が立っている。何度か見に行ったが、特別何も感じない。生家とはそういうものだろう。ただそのゆかりで、高校生の頃、江戸川乱歩賞にまつわるイベントがあり、過去の受賞者の栗本薫氏に直接会ったのは印象深い思い出だ。共同運営者の成城比丘太郎氏も一緒だったように思う。因みに受賞作品は1978年で、「ぼくらの時代」という当時の最先端の推理小説。

そんな訳で、ちょっとした親近感を持って改めて短編集を読んでみた。表題作以外は、ちゃんと読むのは初めてだった。率直な感想は、すごくよくできた「変態」作家であるということ。よくもまあ、こんな古い時代に変わったことを考えたものだ。この種の実感は、オランダの誇る変態「紳士」映画監督ポール・バーホーベンに感じるものと近いものがある。つまり、凡人が無理して奇想しているのではなく、一生懸命創作に打ち込んだ結果、実に変な(でも面白い)小説が出来上がった感じだ。

(あらすじ)
「人間椅子」ある閨秀作家(女性作家)の人妻に一通の手紙が届く。その内容は、ある家具職人からの衝撃の告白だった。それは果たして真実なのだろうか? 有名な表題作の他、「目羅博士の不思議な犯罪」「断崖」「妻に失恋した男」「お勢登場」「二廢人」「鏡地獄」「押絵と旅する男」の7編を収録。何れ劣らぬ乱歩の奇想天外な短編が楽しめる。

人間椅子などは、表題そのままの内容なのだが、普通に読むと性的異常者の告白ものという実に陳腐なテーマなのだが、乱歩の素晴らしい所は、これをホラーにも、エロスにも、推理にも振り切ってしまわず、実に独特な曖昧さで締めくくるところである。ふつうの人間が同じようなことを考えても、ここまで不可解な読後感を残す作品は書けないだろう。最期の一文も効果的で、ただの悪趣味小説から、深い余韻を残す鋭い短編へと昇華させていると思う。

続く「目羅博士の不思議な犯罪」も、「よくこんなことを考えたな」というような内容だ。ただ、このネタは実は私の記憶が確かなら、魔夜峰央の「妖怪始末人トラウマ」の「塗仏」の回で読んだことがある。時系列から言えば魔夜峰央はこの内容を知っていたのだろうか。パクリとは言わないが、主な着想がそっくりだ。偶然の一致かも知れないが、もし、影響を与えていたのなら、知らない間に乱歩の著作に触れていたことになる。これはこれで凄いことだ。

この中で私のベストセレクションは「鏡地獄」。レンズに憑りつかれた男の狂気の結末を描くが、これも同じく、そのストーリーの展開の意外さに、素直に感心した。随分ホラーは読んだが、一見、誰でも思いつく原案から飛躍するラストのイマジネーションは凄まじい威力を感じる。いやはや、さすがに「賞」が作られるだけのことはあると感じた。

もちろん、「押絵と旅する男」の味わい深いストーリーも代表作と言われるだけのことはある。京極夏彦の「魍魎の匣」のある登場人物にも、影響が感じられる。多分、何らかのインスピレーションは受けていると思う。

その他の作品も推理物として楽しめる「妻に失恋した男」「断崖」や姦婦とその夫の数奇な運命を綴る「お勢登場」、など、次から次へと違う角度から人間の暗部を描く乱歩の筆致は見事だ。時に時代を感じることもあるが、それをひっくるめても著者の奇想は古びていない。もし、名前だけ知っていて読まれたことがないなら、こういった短編集から読まれてみるのもいいのではないだろうか。

(きうら)


-★★★★☆
-, , ,

執筆者:

関連記事

春休みにオススメするホラー(2)〜「成城のコラム(97)」

「コラム097」 英国怪奇幻想作家の紹介。 イギリス怪奇幻想小説のオススメ。 オススメ度:★★★★☆ 【近況〜最近読んだ本】 ・南條竹則『怪奇三昧』(小学館) 上記の本を図書館で借りてきて読みました。 …

キラー・ファイト(阿木慎太郎/徳間文庫)※改題前は「闇のファイター 喧嘩道」

クールな傭兵の正統派格闘小説 人物の構図はまんまジョー 古いけど楽しめる内容だと思う おススメ度:★★★★☆ 紹介文を見て、ピンとくる本というものがある。本読みの勘というか、今読みたいと思わせるフレー …

【再読】自分の中に毒を持て(岡本太郎・青春文庫)

ある種の人間にはまるでバイブル 実際に道を踏み外し(踏み出し)た人も 全ての満足できない「今」を持つ人に おススメ度:★★★★☆ このサイトでわざわざ再読と記して同じ本を紹介するのは初めてだ。それには …

黒い森の記憶(赤川次郎/角川ホラー文庫)

田舎に隠棲した元医者と少女連続殺人事件 老人の謎めいた過去と行動 ミステリよりもサイコホラーっぽい おススメ度:★★★★☆ 時代は昭和50年前後。元医者の老人は、娘婿夫婦に病院を任せ、田舎に質素なコテ …

ロマン【1・2】(ウラジーミル・ソローキン、望月哲男[訳]/国書刊行会-文学の冒険シリーズ)

  ソローキンの傑作 前半は、ロシア文学の系譜に連なるロマン 後半は、すべてが解体されていく おススメ度:★★★★☆ 【はじめに】 ソローキンの『ロマン(POMAH)』は、傑作(怪作・快作)ですので、 …

アーカイブ