- 高名な伊達政宗の誕生から最初の挫折まで
- 読みやすく、かつ、中身が深い
- 読み物として単純に面白い
- おススメ度:★★★★★
まず、言い訳がある。言い訳なので、回りくどいのが嫌な方はこの段落は飛ばして欲しい。……私は生来のコンピューターゲーム好きで、三歳にして「将来必ずゲームに溺れる」と、当時のゲームマニアに断ぜられた(らしい)。而して、こうして中年になっても夜な夜なゲームに現を抜かす戯け者である。今遊んでいるのは以前、旧サイトで紹介した「仁王」という和風RPGで、細かい説明はそちらをご覧頂くとして、肝要なことは、これが戦国時代を舞台にしたゲームで、実在の武人が多数登場するという内容である。ここらで底が見えたと思うが、要は伊達政宗が、そのゲームに登場していたので、俄かに本棚に打っ遣って置いた山岡荘八の「伊達政宗」を読み始めたのである。過去のログを見て頂ければお分かりいただけると思うが、私は歴史小説は苦手だ。ほとんど読んでいないに等しい。それでも、リアルタイムで観て面白かったNHKの大河ドラマの影響で「伊達政宗」だけは、買ってあった(当時4巻まで読んで挫折している)。そんな歴史嫌いであるが、読んでみた。これが面白い。面白いので、怖い本ではないが、おススメしたくなった、という次第だ。
(あらすじ)1567年に生まれた伊達政宗。時は織田信長によって、戦乱が収まりつつある戦国末期であった。実母に疎まれ、片目を失う大病を患いながらも、この英雄は幼少時から幾多の出会いを重ね「独眼竜」として開眼するに至る。第1巻は、誕生から最初の挫折ともいえる「人取り橋」の戦いを描いている。
実在の伊達政宗がどのような生涯を送ったのかは、もちろん正確には分からないだろう。ただ、山岡荘八が描く伊達政宗は頗る魅力的な人物だ。知略に長け、武勇に優れ、その英知で若くして、人々の上に立つ。彼の父は、慈愛の心を持った人物として描かれているが、政宗は若くして天下を狙う「竜」として描かれている。その逸話がいちいち面白く、彼の師である虎哉禅師とのやり取りだけでも十分面白い。政宗の豪快な人生を鮮やかに描きつつ、常に人間とは何かを問い続ける筆致は見事だ。
私が歴史小説が苦手なのは、史実が列挙されているだけで、登場人物の心情が不明なことが多い事だ。この本も再読するまではそうした先入観を持っていた。しかし、本書は魅力的なエピソードを連続させ、政宗はじめ主要登場人物の人間性を浮き上がらせている。思わずうならされる知略のシーンもある、血煙上がる合戦のシーンもある。しかし、筆の運びは滑らかで、歴史の教科書を読むような虚しさはない。
ゲームの中では、ステレオタイプな独眼竜政宗であったが、こうして足跡を追ってみると非常に興味深い。天下を取る度量を持ちながら、生まれがほんの少し遅れただけで、秀吉や家康の後塵を拝した政宗の気持ちはいかばかりであったか。大それたことに、そんなことを考えてしまった。ただ、歴史の英雄と一体化できるのが歴史小説の醍醐味かもしれないと初めて思えたのも確かだ。
怖いか怖くないかは、ホラー小説ではないので、怖くないと言えるが、人間の業が渦巻く戦国時代末期は、人生の深淵を覗くような、そんな空恐ろしさがある。そして単純に面白い。動機は不純だったが、ぜひ、先入観は無しでお勧めしたい一冊だ。ただ、まだ、歴史小説への恐れのようなものはあるが……。
(きうら)